五ノ巻  再会、御姉様(三)


 80階フロアの半分がミチナガの『家』だった。

 ビル自体が異様に大きいので、半分といっても充分すぎるほど広い。大邸宅といっていいだろう。


 御簾みすで区切られた畳敷きの部屋に、将吾郎たちは通された。


「よくぞまいった」


 部屋の奥、1段床を高くした場所に平安貴族の衣装をまとった男が座す。

 それがミチナガ・ノ・フジワラだった。

 四十くらいの痩身。物腰は貴族のイメージにふさわしい柔らかさがある。

 だがその一方で、こちらの心の奥を見透かし分析するかのような眼差しは、大企業の重役という肩書き相応の、油断ならなさもまた感じさせた。


 ミチナガを守るように、2人の男が左右に胡座をかいていた。

 1人は首から琥珀の数珠をぶら下げた、たるんだカワウソのような中年。

 もう1人は対照的に見目麗しい、スマートながらしっかりした体格の青年だ。

 その腰には刀が差してあり、武士階級――もっといえばボディーガード的役割と知れた。


「あ、ヨリミツさんだ」


 武士を見て逸花が相好を崩す。既に知り合いらしい。

 なんだかうれしそうな逸花の横顔を見る将吾郎の胸には、危機感に似たものが渦巻いた。


 自分たちの絆を、余所者がしゃしゃり出てバラバラにしようと企んでいる。

 それは将吾郎の被害妄想に過ぎないのだろうか。


 将吾郎たちはミチナガと向き合うように横一列に並ぶ。

 女官たちは退席し、奈々江とテンロウマルはミチナガの隣に腰を下ろした。


わしがミチナガ・ノ・フジワラ――、フジワラ社専務である。もっとも、じきに社長となるやもしれんがな」


 不敵に笑うミチナガに対し、カワウソと武士は目を泳がせ、微妙な表情を浮かべた。


「ユウヒ。先程の憑鉧神撃破、大儀であった」

「おう。任せてくれよ」


 礼儀がなっていないにも程がある裕飛の声。

 胃に穴が空くかと将吾郎は思った。


「……おい、なんでおまえ上司にタメ口なんだよ!」

「いや、別にこれでいいって」

「そんなの、社交辞令に決まってるだろ!」


 バカだとは思っていたが、一般常識までわきまえていないとは。

 こんな調子で1ヶ月よく生きてこられたものである。


「よい、許しておる」


 奈々江から2人の会話を聞いたミチナガは、豪快に笑い飛ばした。


「ユウヒはそれに見合うだけの働きはしている。それにの子はそれくらいの気概こころだましいがあったほうがよい。むしろ心強いくらいじゃ」

「マジか……」

「ほら、言ったろ? さすが偉い人は器がでけえよな」


 ミチナガはカワウソに向かって顎をしゃくった。


「こやつはハルアキラ・ノ・アベ。フジワラ社、いやキョートピア最高の陰陽博士よ」

「ハルアキラ……」

「そうそう、晴明はるあきらだ」


 なぜか、裕飛が笑みを深くする。


安倍晴明あべのせいめいだぜ、スゲーだろ!」

「誰だよ」

「知らねえのかよショウ!? 平安時代の陰陽師だよ!」

「……なんで藤原道長が出て来ないのに、その安倍なんとかはパッと出てくるんだよ」

「だって安倍晴明のほうが有名じゃん」

「そうか……?」

「まあ実際、ハルアキラのおっちゃんはすげーんだ。占いはよく当たるし、言わなくてもこっちのこと、バシバシ当てちまうしよ。ま、陰陽師なのに五芒星ビームとかやってくれないのが残念だけど」

「……そっちの世界の陰陽師観、どうなっているのですかな?」


 今度は武士が名乗りを上げる。


「それがしはヨリミツ・ノ・ミナモト。フジワラ社兵部ひょうぶ第一課KBCの棟梁を務めている」

「ショウ、源頼光みなもとのよりみつは知ってるよな? 頼光らいこうでもいいけど」

「知らない」

「なら教えてやろう、源頼光ってのは……」

「そういう人がいるんだな、もういい、わかった」


 平安時代に存在した人間と、よく似た名前の者がいる。

 ただの偶然か、それともなんらかの因果関係があるのか。

 将吾郎にはわからない。


「渡界人よ、そちたちが我が社で働くならば、このヨリミツの下についてもらうことになる」


 えっ、と逸花が声をあげる。


「あの……働くって……。あたし、元の世界に戻りたいんですけど」

「それは構わんが、一朝一夕に叶うことではないぞ。であれば、その間の衣食住をなんとかせねばなるまい? 我が社の一員として働くならば、日々の雑事に思い煩うこともなく、己が目的に邁進できようぞ」

「まず、どうすれば戻れるんですか?」

「そちたちは、夜倶素通主祭よぐのすどおしぬしさいなる呪法によって呼び込まれた。ナナエと同じように」

「わたくしもリザードマンの王によって召喚された身でした。甘い言葉に乗せられて、体よく鉄砲玉として使われるところを、ミチナガ様に救っていただいたのです」

「そちたちが外つ世に帰るには、呪法を行った術者を倒す必要がある」

「倒すって……」


 もちろん、立っているものを横にするという意味ではあるまい。

 息の根を止める――殺すということだ。


 できるのか?


 能力的な意味でも、精神的な意味でも、自分に人殺しができるとは将吾郎には思えなかった。

 そこまでして元の世界に戻りたいかと訊かれると、正直、即答できない。


「できるわけ、ないじゃないですか」


 逸花の不安げな声に対し、だがミチナガは即座に「できる」と力強く返した。


「世界を越えしそちたちには、類い稀なる縁起力えんぎちからがあるが故に」



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