六ノ巻  清姫、出陣(三)


 時間は、裕飛が憑鉧神を倒す少し前に遡る。


 ヨリミツはマジンナリィ・バイクを走らせていた。

 目指すは式神殿だ。

 バイクを式符に戻す時間も惜しいとばかりに乗り捨て、扉をくぐる。

 ミソギ・ゲートを強引に突破するのは、キョートピア人としてひどく後ろめたい気持ちになったが――今は緊急事態だ。


「頼もう!」

「よ、ヨリミツ様?」

「ヨリミツさん!」

「yksokn」


 ハルアキラ、逸花、そして将吾郎が驚いた声をあげるのをヨリミツは聞く。


「無礼は許していただきたい。今使えるMFはあるか」

「おやめください、ヨリミツ様。あなた様にもしものことがあれば、ゲンジ・クランは……」

「主1人が失せたくらいで潰えるほど、我が氏族クランは弱くはない! 異界の者が我らが国のために戦っているのを、見殺しになどできようか!」

「ですが……」


 その時だった。

 通信機から、裕飛勝利の報が告げられたのは。

 波が引くように、張り詰めていた空気が揺らいでいく。


「……よかった……」


 逸花が壁に背をこすりつけるようにして、ぺたんと座る。

 その姿にヨリミツは罪悪感を抱いた。

 仲間が死にかけるのを見ているしかできない――年齢に比してやや幼い彼女にとって、どれほどの負担であったことか。


「……すまなかったな、イチカ殿。ショウゴロウ殿もだ」

「いえ……。むしろありがとうございます」

「ありがとう?」

「ヨリミツさん、ユウのために出撃しようとしてくれたんですよね。うれしかったです」


 逸花には、裕飛が不当に働かされているようにしか思えないでいた。


 ――本当は、ちゃんと戦える人がいるんじゃないの?

 ――よその世界の人間だからって、軽くこき使ってくれてるんじゃないの?


 だからヨリミツが駆けつけようとしてくれたことに、逸花は救われたような気持ちになったのだった。


 しかし将吾郎はまだ納得していない。


「裕飛が来るまではどうしてたんですか? あなた以外にだって戦える人くらい、他にいるでしょう? たとえば……ツナ・ノ・ワタナベとかは?」

「――キョートピアは広大でな。各エリアを2、3人で守っている状態なのだ」


 逸花に通訳してもらい、ヨリミツは将吾郎に弁明する。

 もっとも彼にとっては言い訳にしか聞こえないだろう、と思いながら。


「縁起力がどうであれ、裕飛は素人ですよ。1人でとか無茶です」

「本来ならば君の言うように、ツナ・ノ・ワタナベがユウヒのサポートにまわるはずだった。だが彼女は今、モノイミ中でね」

「モノイミ……?」


 その単語は将吾郎にも聞き覚えがある。

 物忌ものいみ。家に引きこもって災厄をやり過ごすという、平安時代の風習だ。

 キョートピアでもだいたい同じ意味らしかった。


「ツナは鬼の腕をとった。戦場いくさばで武勲を上げることは誉れではあるが、敵からの怨みを負うということでもある。よって数日間、自宅にて斎戒さいかいし呪いをやり過ごさねばならない」


 そんな迷信じみた決まりで、と将吾郎は吐き捨てたが、元の世界だって合理性ばかりで進むわけではないことを考えると、受けいれるしかなかった。


「……ツナ……鬼の腕……」


 ぽつりと、逸花が呟く。


「どうかしたか、イチカ殿?」

「いえ、なんでも……。もしかしたらツナさんのところに、鬼が腕を取り返しに来るかもって」

「それはなかろう」


 ヨリミツは一笑に伏す。


「たかだかMFの腕を取り戻すためにキョートピアに攻め入ってくるような者がいたら、よほどのうつけか大物であろうよ」

「ですよね」


 逸花は恥ずかしそうにうつむく。

 どういうこと、と将吾郎は小声で尋ねた。

 

「ユカリが教えてくれた話に、そういうのがあったんだ。渡辺綱って侍が鬼の腕を斬り取って、家に閉じこもるんだけど、鬼がやってきて腕を取り返されちゃう。そういう話」


 その間にも、ハルアキラは忙しく働いていた。

 知的好奇心で覗き込むと、視線に気づいたハルアキラはうれしそうに目を輝かせた。


「ボクの仕事に興味がおありで? それともMFに関してですかな。よろしい、特別に教えてさしあげましょう」


 ハルアキラはタイヤのついたテーブルを一同の前に引っ張ってきた。

 その上には木製の小さな人形と、それが収まる程度の箱が、2つ並んでいる。

 人形の各関節は糸で繋げられており、ハルアキラがつまみ上げると、人形はプラプラ揺れた。


「これは禊祓みそぎはらいを行った神木で作られたものです。そしてこれを清めた水に沈める」


 ハルアキラは両方の箱に水を流し込むと、人形を一方に浸けた。


「そしてこれが、同じ木を焼いて作った灰であります」


 人形を入れたほうの箱に灰が投入される。

 灰はたちまち水を吸い、箱の中は泥で埋まった。


「水は木を生かし、木は火を生じ、火は土を生ず。そして土は水にち、金を生ず……」


 印を組み、ブツブツと呪文を唱えるハルアキラ。

 うだつの上がらないぼんやりとした中年という印象のハルアキラだが、この時ばかりはその表情に周囲を圧倒するような気迫がみなぎる。


 箱から湯気が上がりだした。

 泥が固まっていき、その裂け目からオレンジ色の光が漏れる。

 肌を炙られるような熱に、将吾郎たちは数歩後退した。


「ハアアッ!」


 剣に見立てた指で空を切ったハルアキラは、気合とともに泥の中から木人形を引きずり出した。

 すぐさま水だけが入った箱に投げ入れる。

 じゅう、と音がして蒸気が立ち上った。


「ふんっ!」


 適度に冷えたのを見計らい、ハルアキラは人形を取り出すと表面を覆った土を払う。

 逸花があっと声をあげる。


 そこから出てきたのはあの木人形ではなかった。

 黒光りする、金属の人形だ。

 将吾郎は蒸気で曇った眼鏡を拭って見返したが、やはりそれは木製には見えなかった。


「この世界の大気にはシャーマニュウムが含まれているのは御存知ですな? そして、その『意思を伝える』効果を応用して、こういうことができるのですよ」


 ハルアキラが指を組み、唸る。

 すると異変が起きた。

 金属に変わった人形がひとりでに起き上がり、ダンスを始める。


「植物は二酸化炭素と一緒にシャーマニュウムを吸収しますが、光合成などに利用されることなく蓄積されていく。つまり植物には高濃度のシャーマニュウムが貯め込まれていて、思念に対し鋭敏に反応する。噛み砕いていうとですな、ある程度の可動性さえ与えてやれば人の意思に従って動かせるのですよ。理屈的には憑鉧神と同じですな」


 式符だけでなく、式神そのものも木からできていた。

 エルフが反発するわけだと、将吾郎は思う。


「じゃあ、あれも?」


 壁際に立つ3体の泥人形を、逸花が仰ぎ見る。


「そう。泥を落とし、装甲を被せ、武装すれば完成ですぞ。せっかくだから今、仕上げてしまいましょう」


 この時まだ裕飛は鬼と遭遇していなかったが、街が眠るにはまだ早いことを、ハルアキラは知っていた。



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