第15話 宮中の鬼姫 其の二

「あら、雲雀様。今日は宮中の散策ですか」

 考えごとをしていると、前のほうから見覚えのある二人の女が歩いてきた。

「ああ、きさんらは──」

 暮明の妻、鎬雨の後ろについていた女房達だ。

「申し遅れました。私はたまむし家一の姫、ひがしこと

 もえ色の上衣を着た女房が名乗ると、続けて山吹色の上衣の女房が同じ声で言う。

「二の姫、西にしつづみ

「うん?」

 よく見れば、同じなのは声だけではない。

 扇からかい見える姉妹の顔は、全くと言って良いほどそっくりだった。

 衣の色が違うせいで印象は異なるが、二人は双子らしい。

「二人で、鎬雨様に側仕えしております。以後、お見知りおきくださいませ」

 恭しく頭を下げる二人を、雲雀はあまり快く思えなかった。

 態度がどうにも気にくわない。見るからに、上辺だけ繕って、心中では笑って見下している、そんないんぎん無礼な雰囲気なのである。

「ところで雲雀様、小未苗を少しお借りしてもよろしいですか?」

 そう頼んできたのは、妹の西鼓のほうだ。

「小未苗を?」

「ええ。彼女に頼みたい仕事がありまして」

「で、でも私は今、雲雀様の案内を……」

「それなら、私が代わりにいたしますわ」

 小未苗の反論をぴしゃりと止めたのは、姉の東箏だ。

「雲雀様のご出自はつなつき。武家唯一の十合。ここ八雲京においては一位の藤咲家と同格ですのよ。本来、貴女あなたなどではお目にかかれないほど、高貴なお方なのだから」

「そ、それは、そうなのですけれど……」

 ちらりと、申し訳なさそうに雲雀のほうを見やる小未苗。

「ええよ。うちは東箏に案内してもらうたい」

 ここで拘束しても、彼女の立場を悪くするだけだろう。そう思って解放したのだが、小未苗はがっかりしたように肩を落とす。

 はっきり何を考えているのか言ってくれれば良いのだが、雲雀には彼女が何故、気を落としたのかさっぱりだった。

「では、姉様。あとは頼みましたよ」

 西鼓はそう言って小未苗を引き連れて行き、雲雀と東箏がそこに残された。

「で、うちをどこに案内するつもりね」

 玉虫姉妹の魂胆は、見え透いている。雲雀が八雲流に疎いのをいいことに、笑いものにするつもりなのだ。

 企みが気取られていると知りつつも、東箏は笑みを絶やさない。

「雲雀様、漫然と宮廷を案内されても退屈でしたでしょう。これから午後のうたあわせに参加されてはいかが?」

「歌合」

「はい、ご存じでしょう。これから《垂藤》で行われますから、是非に」

 この様子では歌合とは何なのかと素直に訊ねても、説明してくれそうもない。

「ま、ええか」

 武家には『懐に入らねばはらわたは刺せぬ』ということわざがある。雲雀は早々にあきらめ、東箏について行くことにした。

 しばらく歩くと、宮廷の中でも特に大きな《垂藤の間》へと辿たどり着いた。他の殿舎とは違い、格子には金の装飾が施され、ちように使われた織物には、紫の藤の花があしらわれている。そのいずれもが、藤咲家の権威をこれでもかと殊更に主張していた。

「まあ、雲雀様。歌合にいらしてくださったのですね」

 雲雀を見て嬉しそうに手を合わせたのは、殿舎の主たる鎬雨である。

 殿舎に比例して母屋も大きかったが、そこで待っていたのは、彼女だけではない。

 広い昼の御座に、鎬雨を含む女六人が三対三で向かい合っている。

 その上、彼女らの下座には、いかにもその場に似つかわしくないの男がいた。

まさちか、きさんまでおるんか」

 雲雀はおんみようかざかど雅親をめつける。どうも初めて会ったときから、この男は好かない。さんくささでいえば、八雲に来てから勝る者なしだ。

「昨日はどうも。私はあくまで判者に過ぎませんから、気にしないでください」

 不快の念を込めたまなしを、ひらひらと手に持った扇を揺蕩たゆたわせて受け流す雅親。

 見る者によっては大人びた、みやびなものにとらえられる所作だが、そんな一挙手一投足が雲雀にはいかがわしく思えてしまう。

「雅親様が詠み手に加われば、どうしてもそちらの組が有利になってしまいますからね」

 鎬雨はそんな雲雀の疎ましい気持ちなど露知らず、雅親を褒めたたえる。

「陰陽道だけでなく、歌の才もおありになるのですから、天は二物を与えず、というのは噓ですわね」

「おだてすぎですよ。私など、軒につるされたとうろうの炎のようなものにございます。強く美しい雨に打たれては、その存在などたちまち煙となって消えせてしまうでしょう」

「まあ」

 互いを持ち上げて笑い合う二人。ひどい茶番を見せられて、雲雀は吐き気をこらえるのに必死だった。

「ささ、雲雀様。こちらにお座りになって」

 東箏は雲雀を、わざわざ鎬雨の対面へと案内する。

 よく見れば女は皆、十二ひとえできっちりとまとめていて、略式のうちきを着た雲雀は場違いな気分になる。とはいえ、朝の時点で会に呼ばれることを想定しろと言っても無理なのだから、雲雀が動きやすいようにと小袿を選んだ小未苗を責めるのは酷だ。

 この期に及んでも何が始まるのか、雲雀にはさっぱり分かっていなかったが、敵地へと踏み込んでしまったからには、腹をくくって座らざるを得ない。

 目の前の机に置いてあるのは、すずりと筆、それに何も記されていないまっさらな紙の札。

 墨はすでに摩られており、いつでも書ける準備が出来ている。

「本日の詩題は《日頃気づかぬものに気づく瞬間》としましょうか。皆様、どうぞ」

 詩題とは何だ。日頃気づかぬものに気づく?

 そんなことを考える暇があるのなら、取り残されている武家の女に、今何をすべきかを気づかせてほしいのだが。

 一人取り残された雲雀をよそに、女房達は慣れた様子で一斉に筆を執り、紙の札へさらさらと文字を書き始めた。

「皆様よろしいですか。では、東箏殿から詠んでいただけますかな」

 雲雀と同じく後から入ってきて、一番下座に加わった東箏が、紙の札を片手に、そこに書き上げた文字をりゆうちように、一定の拍子で詠み上げる。

 ああ、これは歌か。

 八雲京に来る前に、家来の武士から教わっていた。

 には短い文を作り、声に出して披露する文化があるのだと。

 何故、目の前にいる相手のために文を作り、しかもそれを読み上げるのか、雲雀にはいまいち理解できなかったし、実際にその場に居合わせてみても理解しがたい。

 女房達は次々と歌を詠んでいき、時には感嘆の声や、雅親による評価が加わる。

 そしてついに、番が回ってきた鎬雨が、朗々と己の歌を詠み上げた。


 初時雨しぐれ 秋果てた夜を らすらむ 思いいづるは 松風の声


「さすがです、鎬雨様」

「素晴らしい」

 東箏を筆頭に、集まった女房達がやたらと歌の出来をもてはやすが、雲雀はそれがどういう歌なのかも読み解けず、居心地は悪くなるばかりだ。

「では、次は雲雀様ですね」

 さも当然とばかりに雅親が言う。

「うち?」

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