第13話 結婚相手は未来の帝 其の十一

「……んなもん、覆せばよか」

「え?」

 御帳台から飛び出すと、雲雀は鈴鳴のほうつかんで、顔を近づける。

「暮明よりも己のほうが優れていると、帝として相応ふさわしいと認めさせればよかたい! 周りの人間にも、自分自身にも!」

 そう、見返すのだ。

 自分を女だと侮って、敵に売り渡した武家も。

 鬼姫だ、仮初めの東宮のきさきだと笑っているも。

 あとは、どうすれば一泡吹かせることができるか、そのひらめきだけ。

 天啓をもたらしたのは、間近にある鈴鳴のひとみである。

 雲雀はまじまじと見つめ、その瞳の奥底を探った。

 彼の瞳は、うっすらと青みがかった、良い色をしていた。

 まだ、何物にも染められていない、な瞳である。

 彼の性格は、口から出る言葉ほどにはひねくれていないのではないか、と雲雀は思った。

 そして、決して弱くもないのでは、と。

 通常、元服の儀は十五、六で行うものだ。それを鈴鳴は、雲雀と結婚するだけのために十二で終わらせたのである。

 雄成岳では同じような年頃の子供と触れ合う機会がなかったが、本来ならば、もっと幼く感じてもおかしくない歳のはず。

「何?」

 あまりにじっくりと眺めていたせいか、鈴鳴が照れたように顔を背けた。

 生意気の正体が幼さと分かれば、その仕草すら妙に可愛らしく思えてくる。

「うん、決めたわ」

 雲雀はせつの決意を、失わないように言葉にして紡ぐ。

「うちがお前を、一人前の男にしたる。一年で誰もが認める東宮に、そんで五年後には誰もが夫に欲しがるような男にな」

「は、はあ?」

 素っとんきような声を上げる鈴鳴の反応がおかしくて、雲雀はにっこりと微笑み返す。

「そしてきさんが、次の帝となるたい」

「はああああ?」

 今の境遇を受け入れていた鈴鳴にとっては、あまりに突拍子もない考えだったはずだ。

 だが、雲雀の中ではもう決まっていた。これしかないと思うほどに。

「こげん簡単なことに今頃気づくとは、いやはや、うちはどうやら八雲京の慣れない空気に毒されとったようたいね。見ちょらせ父者め、有宗め、あん女房どもめ。晴れてうちが中宮になった暁には、思い知らせてやるけんね」

 考えれば考えるほど、上手うまくいく気がしてきて、雲雀は高笑いした。

 何せ、鈴鳴はもう東宮なのだ。今からその地位を奪わなければならないわけではなく、ただ降りなければいいだけ。

 さらに陽渡帝が亡くなり、鈴鳴が帝となれば、雲雀が武家を血を流すことなく、平和的に乗っ取ってやる。あの風御門──おんみようの力を借りるのも良い。

 武公は争うことなく、一つにまとまるのだ。良いことずくめではないか。

「ま、待って。一人で勝手に盛り上がらないでくれ」

 慌てる鈴鳴に水を差されて、上機嫌だった雲雀は口をとがらせる。

「なんたいね。良い考えだと思わん?」

「そんなこと、できるわけない」

「なして」

「だって、僕が帝になるには、暮明よりも認められなきゃならない。そんなの、無理だ。絶対に勝てっこない」

「そんなん、やってみなけりゃ分からん」

「やってみたんだよ、これまで何度も」

 鈴鳴は自らの手のひらを、雲雀の前に差し出した。

 予想外に、その手は武士のように固くなっていた。

 毎日刀を振り続け、何度もマメをつぶし、皮をいた証拠だ。

「でも僕は──暮明に何一つとして勝てないんだ。年の差の問題じゃない。十二の頃の暮明と比較されて、それでも劣ってると言われるんだ。なのに今の暮明と勝負するなんて、馬鹿げてる」

 そうか。

 雲雀は、己と鈴鳴との決定的な違いに気づく。

 鈴鳴の自嘲や諦観の根幹は、劣等感だった。

 無理もない。すぐそばにあの天才がいて、常に比べられて生きてきたのだから。

 それでも、暮明に勝てなければ、少なくとも互角にしのぎを削り合える男になれなければ、帝になるなど夢のまた夢。

 気持ちで負けていては、始まりさえしない。

「暮明に勝ちたくないんか」

 だから、雲雀はけしかける。それが、少年を追い込むことになろうとも。

「何でもいい、一つでも勝ってやろうとは思わんのか」

「それは──」

 きっ、とにらみ返してきた目には、涙があふれていた。

 だが、そのれた瞳の奥には消えない炎が揺らめいていた。

 当たり前のことを聞くな。

 勝ちたいに決まっている。

 そう痛いほど訴えかけてくる。

 それでほんの少し、雲雀は鈴鳴を見直したのだった。

 もしかしたら惨めな境遇に追いやられた少年への同情だったのかもしれない。

 あるいは、わなにはめられた者同士の慰めか。

 しかし、それでも雲雀は、鈴鳴の小さな身体を抱きしめた。

「泣けるんは、負けん気がある証拠たい」

 この少年のことをいとおしく思う気持ちが、わずかながら芽生えたように思えた。

 風が吹けば折れてしまうほどの、わずかな芽ではあったが。

「僕が帝になったら、武家と争う気はないぞ。平和のために、貴女も尽力してくれるか」

「そんなの、思いのままたい。武家も乗っ取るのに、力を貸してさえくれれば」

「思っていたよりはるかに壮大な野望だな、鬼姫」

 鈴鳴は涙をき、にやりと笑った。

「決まりじゃ。これからうちらは同志」

 雲雀もまた微笑み返し、そして生意気な夫の額を小突いた。

「あとな、妻を鬼姫とは何事たい。うちのことは雲雀と呼べ」

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