第四話
しばらく飛んで、雲が切れ始め、青空が顔を出した。
暗いところに目が慣れていたツバキは日差しに目を細める。
日が傾いてきていて、ちょうど正面斜め上に太陽が浮かんでいた。断空由来の雲海はまだ多く、むしろ断空を抜けてからの方が気流が荒れているようだった。
「エ、断空を抜けましたっねっ」
「おっとツバキまだ口は閉じてたほうがいいぞ」
断空を抜けたはいいものの断空のどのあたりに出たのかが全く分からないので、断空から少し離れた空沿いに太陽の方角を見て合わせながら戻ることになる。
「おっと、あの島は見覚えがあるな」
しばらく飛んでいれば時間的に言えば少し前に見たばかりの平坦な島が浮いていた。アレの位置がわかればもうデュラン達が空に迷うことと言ってもいいだろう。
「とりあえず蜀剣に戻ったらサザンカの機嫌を取ってやるのと、真っ先に剣友会に連絡しに行くぞ」
「どうしてですか?」
「サザンカはうちの飛龍二種の龍としての鞍を着けてるわけなんだが、それが単独で帰ってきちゃ何かあったとしか思えないだろう? 普通に飛龍が単独で帰ってきたぐらいじゃ捜索はないんだが、今回は居なくなったのが俺達だからな。剣友会もベネアに恩を売りたいだろうからとりあえず建前として捜索する事になるからな」
「あ、すぐに連絡しないと翼労を掛けちゃいますね」
「そうそう……ん」
デュランが突然右側を睨んだ。壮大な青空と雲海、切れ目から見える青海が日光を反射しキラキラと輝いている。以外に、ツバキが見つけられるものはなかった。
「……待ち伏せだ!! ツバキしっかり掴んでろ!」
太陽の中に何かを認識したデュランが一発ウェルズの首を叩いてそれに従ってウェルズが大きく羽ばたいた。ツバキが訳も分からず太陽を見れば、焼かれそうになる網膜の中に小さく黒い存在が、大きく羽ばたくのを確認できた。
此方が急加速するとともに雲海の下や陰からうようよと飛龍が姿を現す。特に
「オイオイオイ!!」
一斉に放たれたボウガンの矢を翼をたたんでロールすることで防ぐが、一本が突き抜けウェルズの鱗を貫いて刺さった。ウェルズが苦悶の声を上げる。わずかに噴き出した血が気流に合わせてツバキに降りかかった。矢を見れば、紅玉帯で見た矢とそっくりなモノだった。
変則的な軌道で飛ぶことで何とか射撃機会を与えないようにしているが、逆にこちらが撃ったボウガンも当たらない。今できることは一刻も早く蜀剣の防衛圏内に辿り着くことだ。
複雑な飛行機動を取っているが
「ちぃ!!」
ウェルズの吐いた炎が鳥龍を一匹火達磨にして脱落させる。囲まれそうになればすかさず加速してデュランが射撃をしつつ離脱。シンプルで地味ながら非常に高度な技術と飛龍と乗り手の以心伝心を要求される飛行であった。若輩者であったならば無茶をして隙を晒しそのまま落ちていただろう。
違和感に気づいたのは、その瞬間だ。これが空賊だとすれば、余りに墜とすことに集中しているように見える。どこかの島に強制着陸させようと進路を限定されている様子もない。
「ヴォギャ!!?」
「ウェルズ!!」
デュラン達の回避行動の僅か、隙とすら呼べない数舜の動作の遅滞と同時に、鳥龍を構わず蹴散らして突っ込んできたソレにウェルズの翼が掴まれた。あり得ないほどの急制動によって視界が赤くなり意識が飛ばされかけたデュランが振り返れば、まるで光をすべて吸い込むかのような漆黒の鱗を持った翼龍がその翼でウェルズの翼をつかんでいた。
「ツバキ!!」
ツバキの方を見れば、ぐったりと気を失ってしまっている。安全帯と羽ばたくことなく滑空しているようになっているため落ちる心配はないが、そこへ男が飛び降りてきた。すぐさまツバキの安全帯を切り落として抱え上げる様子が見て取れた。
「ウェルズ!!」
黒龍が首を振ればそれにつながるベルトが勢いよく引っ張り上げられ、男は半回転し黒龍の鞍に着地する。用は済んだといわんばかりに離そうとしたその腕がウェルズの魔法で凍り付いた。
その間にもうデュランは走っていた。安全帯を外し凍結から逃れようと黒龍が暴れ揺れるウェルズの背を駆けナイフを取り出し黒龍の背に跨る男へ向け。
「ツバキを離せ!!」
「ほう、いい腕だ」
厭らしく男は笑みを浮かべた。
「だが無駄だ」
黒龍の口から炎があふれる。意識の回復したツバキがはっきりしない頭で声の方へ視線を向ける。その瞳に映ったのはデュランが火炎を受ける瞬間そのものだった。
「え……? ……いやっ嫌!! デュランさん!! デュラ―――カヒュ!?」
「うるさいから黙ってな」
「アッガッ……!!」
首を絞められながらツバキはその男を睨み続け、力尽き意識を失った。
「いいぞ、仕上げだ」
雑に、まるで小蠅でもはらうように男の手が振られ、黒龍は進路を変えていく。
火炎の余波で凍結が融け落下していくウェルズに無慈悲についでと言わんばかりに囲んでいた空賊達が矢を打ち込み、そのまま飛び去って行くのだった。
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