第四章 ネクスト・オブ・ジ・エンド
第一話
目に差し込むのは、日の光であった。
「ツバキ、もう頭起して大丈夫だ。よく頑張った」
前方には変わらず傷ついた
前方には刺の雲海が盛り上がった雲丘ができており、デュラン達は高度を上げて回避する。
「あの、あなたは一体」
膝で頭を抱えていた為振動で擦れ、赤くなった頬をさすりながらツバキが並び飛ぶ翼龍に声をかけた。飛龍は小さく、掠れるように鳴く。
「え、待ってください! もう少しなんですよね!? 頑張って!! デュランさん! ウェルズ! 彼を掴んでください!!」
「ッ!」
いけるか? とデュランは逡巡した。ウェルズも小さく鳴き危険だとこちらに告げている。地上から持ち上げて飛ぶ分には問題ないだろうが、飛行中に掴んで持つというのは互いに非常に危険が伴うのだ。
特に断空という最大級の危険を越えた今だからこそ少し二人は悩んでしまった。それでも決心し行こうとした二人に向け飛龍は大きく鳴いた。ウェルズがそれを聞いて距離を詰めるのをやめると一瞥するように首を振り、羽ばたくのをやめた。
「待って! ダメ!!」
ツバキが手を伸ばすが、そのまま翼龍は雲丘に沈んでいく。不快な金属音を鳴らしながらその翼龍は雲丘の内へ消えていった。
ウェルズが弔うかのように鳴く。
「……あの翼龍はなんて?」
「道しるべの役割終えたり……って」
「……そうか」
つまり、彼はツバキの道しるべであったということだろうか。とデュランは向き直りながら考えた。ツバキの最初の格好は蜀剣の基準で考えてもかなり豪華な着物だ。髪飾りだけでもその価値は計り知れない。高貴な者であるというのはテプール商会も予測していることだ。でなければわざわざ高い金を払ってデュランを使う筈がない。
雲丘を越え、視界が開けたところでデュランは目を見張った。島だ。大きな島が海の上寸前に浮いているのである。所々を雲に覆われているが、建物も存在している。遠目からではわかりにくいが、蜀剣と似た木造様式に見える。
だが、だがなぜあんなにボロボロだったのか、唯一それが不安を齎す。断空の中では矢が飛んでくる謎の危険地帯だというならば納得できるがさすがにあり得ない。自然の暴威の中で人工物の矢が飛んでくる訳がないのだから。
どこか龍付き場はないかと旋回する。
「……誰か飛んできたな」
すると地上から
飛んできたそれは、蜀剣とはかなり印象の違う重甲冑を着た龍騎士であった。古めかしい西方の竜騎士が持つのとは違うが、かなり長い槍を携えている。これが旗としても機能するようだ。
「ナニモノダ! ヘダリカラクルトハマレビトカ!?」
旋回に合わせて並走する龍騎士が叫ぶ。
言葉の発音も西方訛りとも東方訛りとも違う。印象としては東方訛りをより強くしたようにデュランは感じた。
「俺たちは―――」
「あの! コトワリ様へお繋ぎをお願いします!」
デュランに先んじたツバキの言葉に僅かに龍の動きが乱れた。乗り手の動揺が伝わったのか、見た目は立派だがまだ経験が浅いのかもしれない。表情は残念ながら兜の下にさらに仮面のようなものをかぶっているので伺い知れなかったが。
「ナゼシッテイルカハ、トハナイデオコウ。シカシコトワリサマニマカセルノガタダシイダロウ。ツイテコイ!」
「わかった従うよ」
辛うじてついてこいとは聞こえたのでそれに従う。右斜め前と左斜め後ろにそれぞれ鳥龍と長龍がデュラン達を挟むように飛んで行く。
龍騎士は同じ種類の
もしくはそういうことを気にしなくていいような土地柄なのかもしれない。
「ツバキ、コトワリ様っていうのは?」
「華火の外に関わることを司ってる方です」
「交渉人みたいなものか」
大きな島だとそういうことをする人間いるのが常である。ベネアや蜀剣のような交易をおこなう島では商会がそれを担っていることも多く、前方の華火と思われる島も大きいので違和感はない。だが今この飛行経路ではあの島に着陸するように思えなかった。
むしろ高度をどんどんと上げている。
「ヨシ、ココデトマレ!」
しばらく飛んでいると何もない高空で止められる。周りに島はなく雲海が多く存在するだけだ。暗殺でもされるのではとデュランは警戒度を高めた。
「ココナラコトワリサマガトオラレル、ワレワレニシタガウヨウニ」
「なんだって?」
「コトワリ様がここに来てくれるみたいです」
訛りが強すぎてよく聞いても何を言っているか分からないことがあるが、ツバキは華火の人間なだけあって平気なようであった。
「偉い奴がこっちに出向いてくるなんて珍しいな」
「コトワリ様は色々な場所を行き来するとは聞いてます」
「へえ、じゃあ飛龍に乗って仕事でもしてるんかね」
「慈悲深い方とも聞いているので、安心して会えると思います!」
それはよかったよかった。で済めばいいなと楽観的には言える。少なくともツバキは問題なく家に帰れることだろう。
すると問題は帰り道どうやって帰るか、となってくるので微妙にデュランは頭が痛くなってきた。まあ来れたのだから帰りも何とかなるとは思いたかった。
「それでも、漸く家に帰れるな。ツバキ」
「あ、そうですね! デュランさん! 本当にありがとうございました!!」
「おいおいまだ気が早いぞ。まずはコトワリ様が来てからだ」
「あ、そうか……デュランさん、私が家に帰っても、また会いに来てくれますか?」
「なに、またその時は来るさ。ベネアとも交易が結ばれたら手紙でも送ってもらえれば会いに来るよ」
ツバキは伏せていた目を輝かせてデュランを見る。デュランとしてはすこし年の離れた従妹でも持った気分になった。
すると、空全体に響くような甲高い音が聞こえてくる。
「コトワリサマノオナリダ!」
「おいおいマジかよ」
雲海を突き破るように超巨大な、デュランでも見たことがない巨大な飛龍が姿を現した。円形の甲殻は島ほどもあり、その背に屋敷が立っている。巨大な四つの翼が空を掻いて飛んでいた。屋敷の周りは刺の雲海の影響がないようで、ウェルズと同じように風の結界で覆われているのは明らかだった。
「デハマレビトヨツイテコイ!!」
二人の龍騎士に促されデュラン達は島のような飛龍に向け、驚きを隠せないまま飛んで行くのだった。
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