第五話
北東に向け太陽と進路を照らし合わせながら進行する。徐々に右手の
中々に締まらない一日の始めがくる地域だな、等とデュランは常々思っている。未だに龍騎士の巡回領域を飛んでいるが領域外に出てからサザンカを横付けして乗換させるわけにはいかない為少し手前の小島で昼飯を取りつつ乗り替えた。空中で静止できる
不満そうにサザンカが嘴をカチカチさせている。ツバキもその様子を見て苦笑いしているので実際に不満の声が聞こえているのだろう。
「サザンカはなんて?」
「自分を子供扱いしているのか、って不満そうです」
「いや子供だったろ」
如何に
そうして飛べば目的の島が見えてくる。付近の断空のせいで小石のように小さく見えるが、なかなか近づいてこないことから意外にもそこそこの広さがある。
断空の影響で発生している乱気流のせいで着地するのが少し難しく、ドスンと衝撃を発生させながら島上に着地する。風が強いせいか高い木はない草原が広がっていた。
「確かに、飛龍が着陸していた痕跡はあるな」
降りて確かめてみれば草原の一部が不自然に土を晒している。乱気流の影響で先ほどのように着陸するしかない関係上長龍以外の飛龍が着地した場所が踏み固められて禿ているのだ。そこにも少しずつ草が生えてきていることから、最近は使われていないことも推察できた。だが、それだけである。何か指標になるものがあるのかと言われれば無い。
「ああ、そういえばツバキ」
デュランは一つ思い出したので聞いてみる事にした。
「日の出は見たことあるか?」
「? 見たことはありますよ?」
ツバキが意図を読めないのかサザンカを撫でながら首を傾げたが、パッと顔に笑顔が咲いた。
「でもウェルズの背中から見た日の出は別格でしたよ! それまではただ朝を知らせるだけだった朝日があの時は先に進む道しるべに見えたんです」
サザンカを撫でながら目を細めて思い出す様に微笑を作るツバキの様子は芸術的な美しさがあったが、デュランとしては別の問題が発覚する。そうここ東の空では日の出を拝むことができないのだ。
ツバキの言い回しからして、普段から日の出を見ていたことは明らかだが、ここの空理条件には当てはまらない。
(あの婆さん……なにか訳アリってことか)
「あ、あのデュランさん?」
「ああ、いや悪いな。変なこと聞いてしまって。あの朝日の綺麗さはツバキの幸先の良さを表してると俺も思う。だから安心してくれ」
いつの間にかデュランが険しい顔になっていることに気付き、眉尻をさげて不安そうにしていたツバキを見てハッとした様子で彼は眉間を揉んでから頭を掻いた。
とはいっても現状手がかりは無い。あの婆さんへもう一度、今度はツバキを連れて話を聞きに行ってみるかと思案しながらとりあえずここで昼飯にでもするかとウェルズに括り付けた鞄を開く。
「……風が強いな、ウェルズ、風よけやってもらってもいいか?」
ヴォッとウェルズが鳴くと、あれだけ無秩序に吹いていた風がウエルズの側だけ止む。飛行中に無風の空間を作り出している風の魔法を使っているのだ。高速飛行中の暴風に比べれば今の風など簡単に防げる。
「よおし、いいぞウェルズ。ツバキ、とりあえず飯に……ツバキ?」
ツバキが断空を見つめている。その表情はなにか見えないものを見るように目が細めらている。いや、聞こえにくい音を聞くため視覚を絞って集中しているようにも見えた。続いて、ウェルズがヴォ、と小さく鳴き風の結界を解除する。ただ事ではないと大慌てで鞄のベルトを締めボウガンを取り出してウェルズの背に跨った。
最後にサザンカが警戒するように羽毛を逆立てた。
「……翼龍?」
それは翼龍であった。首には木造であっだろうランタンをつけているが、それは破れ半ば燃え尽きていた。ふらふらと気流に流され気味に飛ぶ様は明らかに弱っている。よく見れば鞍はついているものの誰も乗っておらず、頑強な甲殻には何本も矢が突き刺さっていた。
その翼龍は島に着地することもなくこちらを一瞥すると、またフラフラと断空に向かって飛んでいく。そこには確かな意図を感じられた。
「おいおいどういうことだ?」
「我、主の道しるべ、と言ってます」
ひどく聞き辛らそうに耳を澄ますツバキを引っ張り上げて後ろの鞍に乗せた。
「乗り手が怪我してるってことか? ツバキ、ベルトはちゃんとつけろよ」
そうとあればデュランは放ってはおけない。この飛龍社会、特に空において大切なことは相互扶助だ。交易や交通の要所として発展してきたベネア近空で商売をしている人間にはその傾向が強い。デュランもその例からは漏れなかった。
しかし暫く飛んで見ると、デュランでさえ考えを改めねばと思えた。
「きゃっ」
「ちっ」
上空から突如叩きつけるような重圧が押し寄せてきた。ウェルズの高度が突如降下する。上から押さえつけられていると言うのに重力は消失し体が浮き上がるような感覚に囚われる。かと思えばすぐさま上に押し上げられ加重にツバキが鞍に押しつけられる。
先ほどで通った翼龍は何事もなく飛んでいるが、断空に近づいたことでより気流が乱れている。先ほどの強烈な下降気流と上昇気流の連続は並の飛龍では翼骨を骨折し墜落の危険さえある。
「これ以上は無理だ」
幾らなんでも無茶がすぎる。自分単独ならまだしもこれ以上はツバキに、サザンカにも危険が伴う。
ヴォオオン、と高く高く、遠くに届く特殊な鳴き方を先行する飛龍が届けた。ツバキの顔色が変わる。
「いえ、行って下さい! お願いします」
「無理言うな!」
「だって! あの子が、ハナビって!」
なんだって、と思わずデュランは悪態をついた。そうして、ツバキの故郷の位置に目星がついてしまった。
断空の先である。それならば朝日を見たことがあるような事を言うツバキの言葉もおかしくない。蜀剣で存在を把握していないのも当然だ。断空の先へ行く手段など未だ見つかっていない。
あの飛龍が下手をすれば最後の手掛かりだ。
「ツバキ! サザンカに蜀剣に戻るように伝えろ!」
「……はいっ! サザンカ‼︎ 蜀剣の家に戻っキャッ⁉︎」
ツバキは少し茫然としたような様子から立ち直ると、振り向き後方を懸命に飛ぶサザンカに呼びかけた。その瞬間、周囲が暗くなり大量の剣を雪崩にしたような激しい金属音が鼓膜を殴打した。
「悪いツバキ! 雲に引っかかった‼︎ サザンカは⁉︎」
「大丈夫です‼︎ 戻ったみたいです‼︎」
あまりの大音量を突如浴びた為、耳が麻痺し互いに怒鳴り合う。突き抜けた雲の先でサザンカが引き返していくのを見てツバキはほっと胸を撫で下ろした。
「向こうの飛龍が何か言ったらそれだけ伝えてくれ。紅玉帯と違って安全ベルトしかつけてないんだ、しっかり股で鞍を挟んで! 頭は膝のほうにやってしっかり支えろ!」
これ以上ないデュランの真剣な指示をツバキは忠実に守った。不安を打ち消すように。
「くそっどういう飛び方だよあの飛龍は」
ウェルズとの見事な連携で支離滅裂に襲い掛かる乱流をいなし必死に追いすがるが、前方の傷ついた飛龍はまるで凪の空でも飛んでいるかのようだ。でなければあんなにフラフラと飛んでいるのにウェルズが追い付けないわけがない。
すでに指示を出してからはツバキに構う余裕もない。
ギャリッと断空から剥がれた刺の雲海が接触し減速させられ、ウェルズが羽ばたき加速しなおす。ウェルズは気流が翼から剥がれないよう巧みに両腕を操りデュランは飛行経験を活かし最も安全と思われる飛行ルートを選定しウェルズに伝える。人龍一体と言っていい連携の極みがこの困難な空での飛行を可能としていた。
飛龍が断空の領域に突入する。内部では雷光が疎らに輝いていた。
日中の明るさが完全に消えた。刺の雲に突っ込んだ時とは違う硬質な轟音が風の膜を襲う。断空内部は夜のごとく暗く、遮光のついたゴーグルでは見通しが悪い。それでいて突如放たれる雷光は目を瞬間的に焼く。苦肉の策として片目を瞑って保護し雷光の度それを入れ替え、最小限の被害にそれをとどめた。そも中飛はこんな所に入ることを想定していない。
もらった金の分は仕事するというのがデュランのモットーではあるが、この話は誰がどう聞いても口をそろえて"割に合わない"と答えるだろう。
デュランがそこに浪漫を感じなかったといえば嘘になる。だが、一番心を占めたのはその困難な先に家があるというのなら、ツバキを帰してやりたいという思いだった。
ウェルズは良く飛び、デュランは良く手綱を捌いた。ツバキも良く耐えた。
どれだけ飛んだか距離感覚もわからずただ前を行く飛龍を見失わぬよう飛び続け、ある時唐突に風が消え、光が見えた。
前人未踏の領域を、彼らは潜り抜けたのだ。
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