第四話

 鐘の音が聞こえる。一発頭をはたいてデュランが目を開けてみれば外は明るくなっていた。水を出して一杯のみ干すと歯ブラシを取り出して口の中を磨く。

 磨き終えて欠伸をしながら朝のコーヒーを淹れる準備をする。とりあえず水を用意して火の魔石を突っ込もうかという所で大切なことを思い出した


「……しまった、ウェルズの飯買ってなかった」


 ふと思い一応食糧棚を開けてみると、日持ちする物だけだが食べ物が入れられている。さすがに青物は無かったが、飛龍ヴルム用の餌も入っていた。どの龍でも食べられるよう、粉末を水に混ぜて栄養補給のみを主眼に置いたタイプで、日持ち・腹持ち・栄養豊富と三点揃った良い品である。

 欠点と言えば不味いこととウェルズがこれを嫌いなことである。


「ウェルズーウェルズー、これじゃダメか?」


 大きめの紙袋を持っていって龍小屋で寝ているウェルズの前でちらつかせてみるが袋をみるやぱくりと銜えた。


「おい? 食ってくれるのは嬉しいが水で溶かないと―――」


 そして龍小屋から首を出して上を向くとそのまま口から火を噴いた。あらゆるものを焼き尽くす火炎が空へ柱を伸ばし跡形もなく餌が滅却される。本気でやったわけではないので蒼穹に火柱が立つことは無かったがそれでもやり過ぎである。


「おいゴルァ!? ウェルズ!? 嫌いなのは知ってるがそこまですることはねえだろ!? みろサザンカがビビってるじゃねえか!!」


 朝日に匹敵する光源と熱量が至近で発生してサザンカが羽毛を逆立てて端っこに寄っている。周りは騒ぎになっていないのでデュランは胸をなでおろす。

 満足そうに一度鼻息を吐くとウェルズはビビるサザンカの背を器用に顎で撫でて落ち着かせていた。自分が驚かせたんだろうという野暮なツッコミはデュランはせず家に戻る。

 戻るとツバキがテーブル上のコップやら道具を期待した眼差しで見つめていた。


「おはようツバキ。よく眠れたか?」


「ほわっ!? はい、よく眠れましたよ。ただ、あの、ウェルズとサザンカの叫び声が聞こえてきたんですが……」


「気にするな、大体ウェルズが悪いが問題ない」


 デュランが遠い目をしたのでツバキは言及しないことにした。


「ところでツバキ、コーヒーは飲むか」


「やった、飲みます!」


 朝や休憩にコーヒーがもう習慣と化したツバキが嬉しそうに微笑む。そうして準備を再開したデュランを見ながら何かを思い出したようにハッとした。

 視界の端でなんかが動いたのでデュランが目をやれば、ツバキがなんだかもじもじしている。


「あ、ここなら残量を気にする必要は無いからなー、好きなだけ蜂蜜入れていいぞ!」


デュランは察して蜂蜜瓶を出した。ツバキの顔が外の朝日のように輝く笑顔になるが、再びハッとして頭を振った。


「違います! 違うんです! それもすごい嬉しいんですけれど!」


「ん? そうか牛乳が無いな、ちょっと待っててくれるなら今から市場にでも買いにっとこれは?」


 テーブル越しに差し出されたツバキの手の中に一品、赤色の組まれた紐が乗っている。


「こっちです! 私の所では組紐って言って厄除けとか幸運のお守りなんですよ。是非受け取ってください」


 受け取ったデュランは両端を持ってしげしげと眺めた。その様子を少し不安そうに見つめるツバキの頭にデュランの手が置かれた。


「ありがとう、大切にする」


 ツバキの頭をワシャワシャと撫でる。彼女はホッと息を吐いて嬉しそうに微笑んだ。その様子が可愛らしくてしばらくの間撫で続けた。


「ところでこれどうつければいい?」


 デュランが自分の髪をかき上げる。アッシュグレイの髪に赤い組紐は良く合うだろうが、結んで使うにしてはデュラン自体の髪が短すぎる。結うと頭皮が限界を超えて引っ張られて毛が持っていかれるだろう。


「あ、だったら」


 撫でられ過ぎてぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えたツバキがデュランの左腕をテーブルの上に引っ張った。そのまま手に乗った組紐を取ると、両端を少し解しだした。

 ほどいた紐を一本一本デュランの手首のサイズに合わせて結んでいく。時間がかかりそうだったので開いている右手でツバキ用のコーヒーの用意を進める。ツバキは結んでいくことに夢中なようでじっとデュランの左手に集中していた。ツバキ用のカップの上に紙を敷いたドロッパーを置いてミルに豆を入れた所で一息置いてツバキの様子をみやる。

 ミルで豆を粉砕するには両手が居るので肘をついて一生懸命紐を結んでいるツバキを眺める。手先が器用なようで手早く丁寧に作業は進んでいき、少しするとツバキが顔を上げた。


「できました! どうですか?」


「大丈夫そうだ。改めてありがとうな、ツバキ」


 左手を広げたり握りこんで力を籠めてみたりするがキツさは無い。紐を引っ張ってもしっかりとしていて相当なことが無ければ外れずに済みそうなことを確認するとその手でもう一度ツバキの頭を撫でた。

 そうしてミルで粉砕された豆から抽出されたコーヒーを蜂蜜のビンと共にツバキに差し出す。

 

「よーしツバキ、コーヒー飲んだら飛行服に着替えてきな、今日は早速試しに行ってみる場所があるんだ。行く途中でどこか飯屋にも寄るから楽しみにしてろよ」


「はい!」


 習慣化したとはいえ、コーヒーの香りは何度嗅いでも飽きることは無い。芳醇な香りを楽しみながら蜂蜜を混ぜて啜るツバキはどこか満足げだ。人間なにか成せると気分が良くなるものなのである。デュランも自分用のコーヒーを注ぎ、のんびりとした朝の時間を過ごした。

 そうしてサザンカを連れて、蜀剣を北東に向け縦断する際に市場主要道付近に着陸する。市場から直通で運ばれた新鮮な食材を利用した屋台が多く立ち並び、多くの人で賑わっていた。

 蜀剣がいくら面積が広いとはいえ、巡航速度で数十分、急げば十分程度で通過してしまう。ウェルズとサザンカが速いというのもあるが、あくまで島は島なのである。

 とりあえず屋台に金を払い朝飯を調達し、飛行中でも食べられるような簡易的な食事と弁当を購入した。ツバキが何を食べたいかの主張があまり強くなかったので、デュランはツバキがジッと見ていた揚げ鳥の焼き串添えを選んだ。


「はい、うち自慢の串鳥だ、熱いから気を付けて」


「ありがとうございます」


 二人が一串ずつ受け取る。揚げたてで熱気を若干持ち手の部分に感じるほどで息を吹きかけて冷ます。 食用の小型の鳥龍を使用しておりボリュームがすごいのでなかなか口を付けられる程冷めない。


「串には刺してませんでしたけど、昔これと似たのを食べたことあるんです」


「やっぱりこの辺りに暮らしてたんだな、ベネアみたいな西の方じゃこういうのはあんまり作らないし」


 ツバキが先端に噛みついた。

 小麦色にムラ無く揚げられた衣はサックリとした食感で、それを突き抜ければ溢れる肉汁が旨みを口の中いっぱいに広げる。


「美味しい! デュランさん美味しいです! 私こんな美味しい揚げ鳥は食べたことないです!」


「良かったな、ツバキ」


 飛行服に身を包んでいるとはいえ美少女が笑顔いっぱいに商品を頬張るのは良い宣伝となっている様で、それを見た通行人が揚げ鳥の屋台に並んでいく。屋台の店主は心の中でツバキに感謝したのであった。

 空腹と格式関係なく自由に食べられる気楽さがアクセントになってとても美味しい朝食となった。腹を満たした上で、市場に向かい、生肉を購入しウェルズとサザンカのお腹も満たされたのだった。

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