第二話

 東方最大の交易島、蜀剣。小さな島を繋ぎ合わせた橋をシンボルとした西方最大の交易島ベネアに対しその名の通り剣をシンボルとした島である。

 ベネアと違い広く平坦な島で島中央部に大きな直線の市場通りが作られ人でにぎわっており、空を飛ぶのはベネアと違い大小様々な長龍が多い。これは長龍が東方を原産地とした飛龍だからだ。

 商人たちが集まって生まれたベネアと違い蜀剣は高い軍事力を持った島を前身として空路の安全が保障されている中心地として東方の地で発展してきた。故に武力を示す剣がシンボルとなっていて、それは蜀剣を仕切る団体名の剣友会けんゆうかいにも現れている。

 広い島の上空は運搬やら移動やらで多くの飛龍が飛び交っている。ただベネアと違い面積が大きくい下方は端から端までの移動しかできない為交通量は少ない。

 そのためデュラン達は下側を潜り抜けて反対側に出ると蜀剣を統治する剣友会会館近くの龍着き場に着陸する。重要施設近くの龍着き場なので龍騎士が警備を担当しているがベネアの紹介状と飛龍二種を見せ照会すればすんなりと着陸させてもらえた。


「なあ、あっちの軸の方の空で空賊に襲われたんだが警備はどうなってるんだ?」


「ようこそ……こちらもそれは把握してるんだが、あの空にも関わらず神出鬼没でどうしようもないんだ。無人の島狩りも行なっているが成果なし、龍騎士の方で犠牲者も出てる」


 イントネーションに東方訛りが強い。向こうからするとデュランは西方訛りが強いと思われているが。


「なんでだ? 奴等下方の雲の下に隠れてるだけじゃないか。蜀剣の長龍の龍騎士なら問題なく追い払えるはずだろ?」


 蜀剣の龍騎士が跨るのは小型の長龍だ。それなりに早くそれなりに固く翼に頼らずそれなりの重量を抱えて飛べるため一人乗り用の短い長龍はそれなりに重宝される。一部を除いて雲海を飛べない鳥龍や力強いが大食漢の腕龍に比べ餌代もそこまでかからない為である。

 そんな龍に跨る龍騎士が肩を竦めた。


「まあ西方の奴は知らんかもしれんが、あの雲の下はすぐ青海なんだ。同僚も奴らを追っかけていって一旦雲をぶち抜いてきたよ。乗った飛龍と一緒に半分海龍に食いつかれた状態でな」


 握っている槍と甲冑が軋みを上げる。兜から覗く口から悔しそうに食いしばられていた。


「じゃあ俺たちが無事なのは本当に運が良かったみたいだな……」


 ツバキの手を取って鞍から降りるのを手伝う。着地したツバキがデュランの隣に立って龍騎士とデュランを目線が行ったり来たりしている。

 そんな様子を気にせず龍騎士は耳に入ったデュランの言葉の意味を図りかねる。


「どういうことだ? 見た所お前の飛龍なら空賊ぐらい訳ないだろう」


 そう言われると少し嬉しいのかデュランは少し口角を上げてしまったが、顔を撫でて真面目な顔を作り直す。


「普通の空賊が二、三匹で来るなら訳ないが、鳥龍と翼龍の混成十匹近くに追い回されちゃそうもいかない。単独ならまだしも、この子が居るしな。そうし手逃げ回ってたら上を抑えられて雲海に押し付けようとしてきやがったよ」


「……それでどうして生きてる?」


「一か八か突き抜けて雲海と青海の間の空をしばらく飛んだんだ。俺もいつ海龍が飛び出してくるか戦々恐々だったが何事もなく空に戻れたんだ。……なあ、海龍の出現時間が決まってるみたいなことがあるのか?」


 龍騎士は難しい顔をして少しの間黙り込んだ。その間にウェルズとサザンカの手綱を杭に括りつける。その脇に甲冑を鳴らしながら龍騎士がやってきた。


「……海龍の活動時間、そんな危険な調査を普通できるものではない。海龍に襲われなかったという話も正直信じがたい。だがベネアの二種持ちだ、信用しよう。情報の提供に感謝する」


「もしくは特定の場所は海龍が出ないとかあるのかもしれないな、空賊も雲の下から出てきたわけだし」


 差し出された手と握手をする。


「改めてようこそ蜀剣へ。君たちを歓迎するよ」


 そうして龍付き場にウェルズとサザンカを置いて蜀剣の商会へ向けて歩き出す。一応目的地には到着したということになるのでトランクに入れていたツバキの荷物も運んでいく。


「あの、デュランさん」


「どうした? ツバキ、とりあえずコーヒー入り蜂蜜は商会に手紙を届けてからだぞ」


「それも楽しみなんですが、そう言えば低空飛行しているときも小さく声が聞こえた気がするんです」


 それを聞いてデュランが人差し指を口に当て静かにするようジェスチャーをする。


「ツバキ、もう少し小さい声で。まさか海龍の声まで聞こえたのか?」


「いえ……サザンカの時ほどには聞こえ無かったんですが……何か言っていたような気はします」


 何を言っているのかまでは聞き取れなかった為言うのを迷っていたツバキだが、デュランと先ほどの龍騎士の話を聞いて言ったほうがいいと思ったらしい。


「なにかあの青海には訳がありそうだが、解決するのは俺たちじゃなくて蜀剣の龍騎士たちだ。気にするなよ」


 ツバキが気にするべきは自分の家に帰ることだ。そこをブレさせてはいけない。

 しばらく歩いて商会に近づいていくにつれて人通りが多くなり、最終的に多くの商人たちでごった返している入り口へたどり着く。


「ベネアの商会と違って人がいっぱいですね」


「ここの市場で商売の許可が欲しい連中から移住の申し出、飛龍の所持申し出まで色々だな。ベネアは商会の機能を分散させてるからあまり混んでないがここは全部ここでやる一極集中だからごった返すんだ」


 総面積ではベネアより遥かに大きい為色々サイズが大きいのだ。ベネアは分散させないと場所が確保しきれないという問題もある。

 ごった返しているものの受付の場所はそう混んでいない。木札を手渡して順番待ちをさせているためで、メガホンを持って木札の番号を叫んでいる商工会の人間もいる。

 偶然、開いているカウンターにツバキを連れてデュランが滑り込んだ。


「すいません?」


「お待ちいただくので木札をお取りください」


 にこやかにそう返される。トラブルはつきものなのでこの受付、筋肉がある。


「あー、コレコレ」


 受付の男の目が見開かれた。その目線はデュランが持つベネアの紹介状に注がれている。受付の人間というのは非常に高度な技能を取得していて、特に重要なのは紋章学で各交易のある商会の紋章を完全把握し鑑定することだ。

 その知識を元にその紹介状と封蝋の紋章が西方最大交易島ベネアのテプール商会の物であると導き出したのである。


「失礼しました、少々お待ちください」


 紹介状と手紙を受け取って大急ぎで奥へ消えていく受付を見送る。そう時間は掛からずすぐに受付が戻ってきた。


「お待たせしました。リュウが担当いたしますのでこちらの部屋へどうぞ」


「どうも」


「ありがとうございます」


 通されたのは西方造りのベネアの建築と同じ様式で作られた部屋だった。ただ壁に飾られる絵画は断空を登る輝く長龍といった東方風のものだ。


「初めまして、剣友会のガイエン・リュウと申します」


 初老の男性は頭を下げ挨拶をした。デュランもお辞儀を返しツバキもそれに習ってお辞儀する。わざわざ西方訛りで話してくれるのは向こうの気遣いか。


「ご丁寧にどうも。ベネア飛龍二種、ウェルデールトランスポーターのデュラン・ディルだ。この子がツバキ・コトワリ」


 今度はデュランが手を差し出しガイエンもそれを受けてデュラン、ツバキと続けて握手する。東方西方で挨拶の仕方が違うので互いが互いの挨拶を返すのがマナーなのだ。

 

「テプール商会からの手紙を読ませていただきました。まずは東方の民をお助けいただき誠にありがとうございます」


 促されるまま椅子に座るとガイエンはそう切り出した。デュランは笑みを貼り付けて謝意を受け取る。

 この蜀剣において奴隷商は推奨こそされないものの禁止ではないからだ。表立ってやっている者は居ないが裏で堂々と行なっている。


「手紙にあった華火と呼ばれる島、我々としても非常に興味深いものです。ベネアとの交易なども考えればぜひとも交流を持ちたい。故に」


 テーブルの上を滑る様に差し出されたのは、鍵と書類だ。


「捜索するにあたっての拠点の鍵と蜀剣におけるベネア飛龍二種に相当する許可書です。是非ご活用ください」


 溜息を一度吐いてデュランが鍵を受け取る。


「ご自慢の蜀剣の龍騎士は手伝ってくれないのか?」


「申し訳ない、今は新手の大規模な空賊団に空路を脅かされていてそれどころではないんだ」


 蜀剣は空路の安全が第一で、それは沽券に関わる問題だ。龍着き場に居た龍騎士の話を聞いていたのでデュランは大人しく引き下がる。

 必要なのは情報だ。ここ蜀剣は東方の一大交易島、東方のあらゆる情報が集まってくる場所だ。


「じゃあこっちからお願いすることは一つだな」


 黙って聞いていたツバキがデュランの方を見る。ツバキにかっこつけるように決めた顔をしていた。


「とりあえず龍乗りの良く集まるいい酒場知らないか?」


 それは隣に酒も飲めない年齢の子供が居る前で言うセリフではなかった。

 

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