第五話

 東方の入口、マゴイ。中央の島は斜めに切り立た坂のみで形成されており、上層は島の上流階級が住む領域となっている。そんな中飛龍ヴルムが停泊できるのは中層付近に建てられた宿場エリアか、中から下層の両端に設けられた龍着き場だ。

 デュランは飛び交う飛龍達に注意しながら宿場エリアに翼を進める。あそこが大衆浴場に一番近いからだ。


「なんだか注目されてますね」


「ウェルズはかっこいいからな」


 円の書かれた板の上に着陸し、ウェルズが二人を背に乗せたままのしのしと停龍用のエリアに移動していく。サザンカも小声の指示をしっかりと聞き、後ろをのそのそと着いてくる。空では機敏な二匹も島に降りるとノロいのである。


「思ったよりはサザンカには注目されてなくてよかったが、やっぱりウェルズが目立ってるな」


 希少な鳥龍ククルカンであるサザンカだが、希少すぎて人の目に触れることがほとんどない故か、その希少性に起因した注目はされていない。

 しかし、翼龍好きなら誰もが絶賛する美しさウェルズと一緒にいることによりデュラン達は周囲の目をかなり引いている。

 こうも注目されていると、普段こちらに来たときに使う大衆浴場に連れて行くのも少し気が引けた。


「……浴場は歩いて三十分は掛かるが、駄目そうか」


 ウェルズの手綱を杭に括り付け、サザンカは手綱がついてないのでウェルズの翼の脇に入ってもらい保護状態であることを示しておく。

 周囲の好奇の目を流しながら辺りを見渡していると龍着き場近くにある上等な宿を見つけた。


「じゃツバキ、すぐそこの宿で風呂借りてやるから入ってきな。その間に色々買い足しとかしておくから」


「えっ大衆浴場で一緒にお風呂じゃないんですか?」


 小奇麗にされた扉をくぐり中の恰幅のいい女将に貸し切るための結構な量のガルド金貨を差し出す。気にされると嫌なのでツバキからは見えない様にではあるが。

 中は東方系の障子や木材を多用しているが、所々に西洋系の金属装飾が光る東西折衷された落ち着いた内装となっている。東方の入口マゴイらしいと言えた。


「予定変更だ。というか大衆浴場は男女別だ普通に考えて。じゃ女将さんうちのを頼む」


「ご利用ありがとうございます」


「貸切で料金は?」


「貸切なら五千ガルドだよ」


「いろいろすごい自慢の娘だ、なにかあったらここ焼き討ちにするからな」


「おお、怖い怖い。ではしっかりと面倒を見ませんとね」


 提示された金額より多めにガルド金貨を渡す。 


「えへへ、そんな娘だなん―――」


「ところで、女将さん、龍具屋のオススメはあるか?」


 ツバキがヘニョヘニョしているのを押して移動を促す女将は帽子を外してその髪の長さに驚きつつ答えた。


「それなら下層のゼピオが良いよ、一番下のパール側の龍付き場のすぐ近くだ」


「あっデュランさん! 色のついた糸を6本と、丸くてこれくらいの木の板も買ってくれませんか?」


 ハッとして女将さんの手を抜けると駆け寄ってきたツバキはこれくらい、と小さな手で丸を作ったのでデュランはそのサイズを頭の隅に入れつつ手を差し出した。


「分かった、じゃあ良い子にしてろよ」


 安心させるように頭を撫でる。ここ数日は濡れたタオルで拭くだけだった髪だが艶やかでさわり心地は良かった。


「……なんか人が集まってきてるな」


 宿から出てくると、龍付き場は先ほどより多くの飛龍乗りが着陸していた。

 そのごった返す中でも人が集まって来ている場所があった。空へ飛び立っていく飛龍に乗る者や着陸姿勢の人もそちらが気になるようでチラチラ目線を送っている様だった。飛び立つ際のよそ見飛行は衝突事故の元となるので龍付き場付近ではやめてほしいというのが心境だ。


「まあうん知ってたぞ、ホレ、これから出るから散ってくれ」


 興味深げに観察する人々の間を抜けるとやはりというかサザンカを小脇に包んだウェルズが周りを気にする素振りもなくのほほんとしている。対してサザンカは周りの人を警戒して羽衣を少し逆立てている。今にも暴れ出しそうだがウェルズの翼で包まれているので身動きが取れていない様だった。

 デュランの一声で目線は向けつつも散っていく


 「すげえのに乗ってるな兄ちゃん」


 散っていく周囲の飛龍乗りを尻目に、隣で腕龍ドラゴンを休ませている厳つく髭を生やした親父がキラキラとした目でウェルズを見ていた。

 休ませている腕龍を見れば濃緑の鱗が丁寧に磨かれ、使い古された鞍と合わせとても渋いカッコよさを持っていた。


「普段ならそこまで注目されないんだが、二匹抱き合わせにしてるせいかな? そっちこそ、かなりの飛龍好きみたいだな」


「翼龍と鳥龍がくっ付いているなんて珍しからな、普段はここで竜騎士リンドヴルムをやってるんだ。兄ちゃんもなんかあれば言ってくれよな」


「ああ、じゃあ何かあれば頼むよ、正直何か起きそうな気がして仕方ない」


 手綱を外し、ウェルズに飛び乗るときょろきょろ周囲を威嚇しているサザンカをウェルズがなだめながら空へ飛び立つ。

 なだらかに無駄なく飛び立つウェルズと力強くキレのあるサザンカの離陸にギャラリーたちが小さな感嘆を洩らした。飛んでいくウェルズの後ろを一回転スピンしてからサザンカも追従していく。

 ツバキが湯浴みを終えて宿のロビーの長椅子で茶をすすっていると、デュランが玄関を重そうに開けた。

 それを見て湯呑みを置くと飛び出すようにツバキはデュランのもとに駆けていく。女将の全力の頭髪ケアによりツルツルのサラサラとなった髪が靡き美しく開いた。女将はとても満足そうにうなづいていた。


「おお、綺麗になったな。女将、ありがとう」


「はい! どうですか?」


 頭を差し出してきたので撫でてやると撫で心地が段違いに良い。これを飛行の邪魔とはいえ帽子にしまうのは心苦しいが仕舞わないと邪魔なので仕方がない。


「こっちもじゃじゃ龍だったがなんとか轡つけさせてもらったぞ」


  女将が深々とお辞儀をするのにデュランは手で、ツバキは頭を下げて返し、龍付き場に戻ってくるとツバキが降りた時と違い二つの杭にそれぞれウェルズとサザンカが繋がれていた。


「この先、しばらくは穏やかな空だからサザンカに乗ってみるといい、本当なら手綱を引いた時どう動くかを教え込まないといけないんだが、ツバキならその辺は楽だろう」


 なんせ話ができるのだ。こう動いて、と言いながら手綱を引いていれば容易に手綱の動きと飛龍の動きを連動させられる。最悪ウェルズの後についていってと言えば良いのだ。


「あとほれ、ご注文の品」


 差し出されたのはポーチだ。結構大きめである。


「あれ、木の輪……」


「心配するな、木の輪と紐は中に入ってる。色のついた紐が切らしてたみたいでな、赤一色になったのはすまんが」


 デュランが少しかがんでツバキの腰のベルトにポーチを固定する。鞣し革の色そのままの無骨だが実用性の高いポーチだ。


「トランクの荷物の中に入れとく土産みたいな感じじゃなさそうだからな。ポーチと中のナイフはサービス」


 ベルトで固定されたポーチを少し手間取りながら開けると中には赤色の細い紐の束と指定した大きさとほぼ同じな木の輪、そして小さなナイフが入っていた。

 小ぶりなツバキの手でも握れる小さな柄を握って取り出し、鞘から抜こうと思ったが思いとどまる。市中でナイフを取り出すものではない。


「ありがとうございます、大切にします」


「おお、ぜひ大切にしてくれよ」


 そう言ってポーチに物を仕舞いなおしたのを確認して、ツバキを軽々と抱え上げた。


「鳥龍に乗る時は本当なら台のある場所で乗るのがいいんだ。腕龍とか翼龍と違って伏せにくいからな」


 サザンカも足を広げて伏せているものの、ウェルズのように翼を地面につけられない都合上ベッタリと伏せることはできないのである。


「ほれ、鞍の所のバーを掴んで乗るんだ」


「んしょ……乗れました!」


 デュランがさせたかいもありサザンカに付けられた鞍に乗ることに成功した。手綱を杭から外し、ツバキの手に持たせる。


「あとツバキ、今まで使ってなかったが、しっかりゴーグルを装着するんだ」


「え、何でですか?」


「風がすごいからな。で、しっかり安全ベルトは着けたか? 鐙にしっかり足を通して、股を締めて固定するんだぞ」


 デュランがサザンカの周りを回って、しっかりと安全を確認しておく。安全ベルトさえ着いていれば最悪鞍から滑落しても腰を痛めるだけで死にはしないのだ。


「よし大丈夫だ。飛んでいいぞ」


「や、優しくお願いしますね?」


 少し不安げにツバキが声をかけて背を撫でると、サザンカは任せろと甲高く鳴いた。途轍もなく気合いの入った鳴き声だ。


「えっ違いますそういう意味じゃないで」


 風とデュランを置き去りに、サザンカが大空へと舞い上がった。ツバキの悲鳴を引き連れて、龍付き場にやってくる飛龍達を避けながら安全な高度まで上昇していく。


「ひえー! とまってください!」


 急発進と急上昇、他飛龍を回避する機動で呆けていたツバキが風に頬を打たれて我を取り戻す。

 手綱を引きながらツバキが指示するとサザンはは空中でくるりと宙返りして速度を殺すと、その場でホバリングを始めた。

 宙返りするときに心臓が縮みそうになったツバキは歯を食いしばるほど鐙と内またに力を入れていた。


「活きが良いなサザンカは」


 後から大急ぎで飛び上がってきたデュランは疲弊した様子のツバキを見て苦笑いした。


「ツバキ、サザンカみたいに速く動く飛龍に乗る時は上体を起こさないで手綱を少し短く持ってから前傾姿勢で乗るんだ」


「こ、こうですか?」


 ツバキが言われた通りに姿勢を改める。


「そうそう、それで、旋回するときとかは抵抗せずに体をサザンカに預ければかなり楽になる」


「あ、ありがとうございます」


 とりあえず、とデュランが行き先を指し示す。空の青と青海の青が水平線で分かれていた。


「棘の雲海も薄いししばらくはこのまま行ってみるか。サザンカにウェルズに付いてくるように伝えてくれ」


 ツバキがそのまま伝えると、少し不満げにサザンカが鳴いた。手を挙げて飛行を開始するウェルズはかなりのんびりとした速度で飛び、ツバキを気遣いながらしばらくの間飛んだ。

 結局今日の目的地まで飛び続ける気概をツバキは見せたが、その日はそのまま泥のように眠りに落ちるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る