第四話
「予定がずれてるから今日は飛ばしていかないとな」
「まあうんしっかりついてきてるな」
歯と首を食いしばっているツバキの後方を目下悩みの種であるイーグルが後をついてきている。
悩みの種の原因を作ったツバキはシートのお蔭で胴が完全固定されているので必死でこらえる必要が無くて楽なのか、シートで上体が上がってしまっているので慣性をもろに受けてしまって辛いのかと考え続けていた。
昨日、予定を切り上げイーグルの看病に専念したところ、さすが
「ついて行きたいって言ってます」
「いや野生に帰れよ。人が鞍外そうとしたらひっぱたきやがって」
額にこぶを作ったデュランが半目になってイーグルを睨む。
「そうですよ、どうして叩いたんですか?」
死にそうだった風に翼を開いて倒れていたのが、今や綺麗に翼を畳み力強く二足の足で立ったイーグルが小さく囁くように鳴きながら首を振る。
「えぇと、人間の分際で気安く触るなだそうですけど……」
「おいそう言いつつツバキにぴっちりくっついてるじゃねえか」
「あったしかに、モフモフですね」
ツバキが羽毛を触っていると見下すように嘴を上にあげながら金環の瞳をデュランに向けてくる。なんとなく馬鹿にされている気がする。
「おい気を付けろツバキ、イーグルの羽衣は
「え? とってもやわらかいですよ?」
グワッグワッという元気な鳴き声は、昨日まで消え入りそうだったあの声が嘘のようだ。
「何て言ってんだ?」
ツバキが少し言うのをためらっているとウェルズが咆哮を上げた。イーグルは顔をプイッとそらすと地面に座り込む。
「そうです! デュランさんを馬鹿にしちゃだめですよ!」
「なんだ? どうしたんだウェルズ」
「その、命の恩人とへなちょこな人間は違うって言ってたんですがへなちょこって言ったところでウェルズが馬鹿にするな! って怒ったみたいで」
「ウェルズ、ベネアに帰ったらベティ印の肉たらふく食わせてやるからな」
怒って当然、と言わんばかりにウェルズは小さく火を吐いた。
「めっですよ」
ツバキの手がイーグルの頭をポンポン叩いているが嫌がるそぶりは見せない。しかし、さっきの翼での引っぱたきをツバキになんてしようものなら締上げてウェルズの餌にしてやるとデュランは心の中で誓った。
「というかこう、ツバキやけにそいつに優しくないか? 心が広く雄大なデュラン君もさすがに拗ねるぞ」
叩かれた後頭を撫でられてご満悦な様子のイーグルを尻目にツバキが困ったように笑う。
「あ、デュランさんは聞こえてないんですもんね。その、ウェルズが凛々しいお姉さんの声とするとこの子の声は舌足らずで小っちゃい子が喋ってるみたいな感じなんですよ」
「ああ、幼子と大の大人じゃ幼子の肩持つよな確かに」
言われてみればイーグルはもっと巨大だと聞いたことがデュランにはあった。このイーグルはウェルズに比べれば二回り以上小さい。
鞍を着けているがデュランが乗ると飛ぶのにかなり不便するのではないだろうか。ツバキなら丁度いいくらいだろう。
「それで、助けを求めてるのを聞いて放っておけなくって……」
「ああ……なるほど」
幼いまま孤独になっているというのはツバキ自身の境遇に通じるものがあった。
ツバキは助けてもらった。助けてもらった者は他の者を助けたくなるものなのだ。
「それで、デュランさん、飼っちゃダメですか?」
「野生に返してあげなさいと言いたいんだが、まあいいだろう」
そもデュランは保護者ではないので実際ツバキの島に着いてみないとわからないと苦笑した。
「とりあえず紅玉帯を抜けるからな、ツバキちゃんとベルト締めておけよ」
そうして飛び立って今に至る。幼いとはいえさすがはイーグルというだけあり、徐々に加速するウェルズの後をしっかりと追従しゴールデンロードを飛ぶ。
一方ツバキは心なしか周囲の岩が赤黒く染まっているような気がして恐怖心を駆りたてられていた。
「――! ――!」
正面の岩をサイドスリップで避けるとデュランが翼を閉じ海面に向け落下し大きく翼を広げ羽ばたいたかと思うと爆発的に急上昇する。
一歩間違えれば衝突してお陀仏だがこの道の方が紅玉帯の迂回よりはるかに速いのだ。迂回するとなると休憩を一時間挟んだとして五時間近くかかる。そも一度入ってしまったのだから逆走は非常に危険なのだ。
マゴイ側からはまた別のルートでベネア側に抜けることとなる。ゴールデンロード以外にミルラロードと二つ名前がある由来だ。
「――! ――!!?」
後ろでツバキが声にならない悲鳴を上げているが、飛行に集中していたデュランは気づいてなかった。
水平飛行に戻り安定し、一息をついた。
ここからは楽だが油断していると事故する場所である。誰が呼んだか平行穴。
岩の無い空間が直線となり加速していると、サイドロール。
ウェルズの体一つ分位置を左へずらす。先ほどまで真っ直ぐ抜けていた穴の先を雲が覆って隠している。それを横にずれて並んだ穴に入り込んだのだ。
後ろから羽音が消えた気がした。
「よし、着いてきてるな」
後ろを振り向いて見ればしっかりイーグルが着いてきていた。先ほどより少し距離が離れていたが。
感心するようにうんうん頷いていると、ツバキが前を指差して慌てている。
「おっと」
「――!!――!?!?」
次は右にサイドロールを二回転、体二つ分右にずれて雲に覆われた穴を回避する。そのまま直進すると岩礁が薄くなり、ついに広い空に出た。
合計で一時間のアクロバット飛行をようやく終えて安定した飛行に戻ると、ツバキを心配する様にウェルズの右斜め後ろでイーグルが金の瞳で見つめていた。
「今度は迂回しましょう……?」
「イーグルと飛ぶならあんな感じの動きを自分でやらなくちゃいけないぞ?」
「……頑張ります」
そう宣言しつつもツバキが息を大きく吐き出して体を脱力させた。一時間の縦横無尽に動いたものの、そこまで疲れ切った様子は無くデュランは感心した。
単純だ。慣れてきたのである。
吐きそうな様子は無いので安心したデュランが見上げると、上空の高速気流付近に
手を振られたので振りかえしておきつつ、話題を切りだす。
「で、飼うならどうするんだ?」
「……あっエサ代ですか」
「違う、名前だ名前」
「あ、名前! そうですねイーグルは名前じゃないですよね。名前を付けてあげないと!」
「イーグルは鳥龍の中で猛禽って言われる種類の通称だな。上に居る昨日の鳥龍はスワンって呼ばれてるかなり上位種類の鳥龍だ。イーグルからすれば格自体は落ちるが」
鳥龍は見た目の差異がかなり激しく、鳥龍と言う分類の中でさらに種類が分けられていたりする。イーグルはその中でも最高峰の鳥龍とされているのだ。
「それなりにかっこいいな―――」
「じゃあ……ポチなんてどうです?」
「――前を……?」
思わずデュランは後ろを振り向いた。
お前今の話聞いてたのかと言おうか悩んだ。
ふと、その名付けられそうな憐れなイーグルを見やると、ツバキから顔を逸らしており少し羽ばたきに乱れがあった。
ツバキの言ったことが通じているとして、ポチという名称はイーグルの中ではどういう風に解釈されているのかは分からないデュランだったが、その挙動的に鳥龍的にも良くない名称ということは分かる。
「もうちょっと、もうちょっとなんか捻ってやれ、犬に付ける名前じゃないんだから」
憐れ過ぎてイーグルに助け船を出さざるを得なかった。
「うーん…………サザンカ、サザンカなんてどうですか?」
もう一度見ると、ツバキの方をすごい見ていた。言葉が通じないデュランでもわかる。
尊敬の眼差しである。嬉しいのか斜め後ろの編隊飛行からウェルズの周りをコークスクリューしてくるくると飛んでいる。
「わぁ! よかった気に入ってもらえたみたいです!」
「よかったな……」
「ど、どうしましたか? 駄目でしたか?」
「いや……まだまだ知らないことがいろいろあるだなって感慨に浸ってた」
言葉が通じるんだから文句があれば言えばいいのではないだろうか。というか言葉が通じるというだけでここまでみた印象がこじれるのかとデュランは頭が痛くなりそうだった。
「私も、みんな飛龍と話せないとは知りませんでした」
「そう言えば、飛龍に乗ったのもこの間が初めてだって言ってたな。じゃあちゃんと飛龍と話したのもあの時が初めてだったのか?」
ツバキは頷いて、イーグル改めサザンカを見やった。喜びのコークスクリューを終えて右側に並んで飛ぶメタリックな茶の羽衣が風を切り、頭の金が靡いている。
その先の空には紅玉帯由来の大量の雲が発生しており、このまま発達していくと乱針雲か
何もなければデュランは手放しに感動できたのだが、いかんせん主役のサザンカが引っぱたいてきたうえにお子様とツバキにさえ形容される鳥龍である。
ツバキはそれを抜きにして勇壮な様に少し見惚れていたようだった。
「そうですね、それまでは空を飛んでいた飛龍達がなにか話しているなと思っていたんですが、家の人たちはそんなのは当たり前だと言ってましたし」
一族全員飛龍と喋れるのか、と世界中の飛龍乗り達が聞いたらとんでもないことになりそうな発言をかまされデュランは悩む。
これ、帰ったら商会に報告するべきか? と。
「それに、デュランさんとウェルズも話が通じているようだったのでみんな話せるのかなあと」
自分が誤解の一端を担っていたとは思いもしなかったデュランは苦笑した。
何をしてほしいかは分かるが言葉は通じているわけではないのだ。
「それは長年の経験の賜物だな。とりあえずこの先、そのことは話すなよ? 確実にトラブルになるからな」
「気を付けます」
飛龍の言語研究してる学者から見れば眉唾物であるし、デュランで思いつくなりに密猟から事故誘発やら誘拐やらいろいろ悪用できる要素が多すぎる。
「……まっさかあの人売り」
聞こえない様に呟いた。あの人売りはツバキの特性を知っていた可能性がある。
「あと、建前上はウェルデール・トランスポーターの飛龍ってことで通しておくから、聞かれたらそう答えてな。鞍の後橋の所にマーク入ってるからそれを見せてもいい」
デュランが座っている鞍の裏側を叩くのでよく見ると『ウェルデール・トランスポーター』としっかり刻印されている。脇には橋をデフォルメしたような印章が刻まれている。
「この橋はなんですか?」
「ああ、ベネアのマークだよ。
その鞍を付けてるサザンカは、見た目はウェルデール・トランスポーターの飛龍ということになるのだ。
「とりあえずマゴイももう見えてきたし、風呂やら消費物手に入れたら今日はまだ飛ぶからな」
「え? わぁ!」
ベネアと比べると非常に大きな島だった。三つの菱形の島があった。中央の島は建物が立ち並び、左右にそれぞれ森と山々の自然にあふれた島、草原と砂丘、その中心に湖を備えた島が扇状に並んでいる。中央の島の上面は斜めに切り取られたようになっており、空からでもたくさんの階段を行きかう人々と飛龍が居ることが分かる。
島同士の隙間は結構大きく、その間を
周囲には巨大な島に相応しく棘の雲海が大発生しているが、発達はしていないので問題なく接近していく。
「真ん中がオール、右がパール、左がザールの三島、合わせてマゴイだ」
「お風呂ですね!」
「ああ、大衆浴場があるからしっかり浸かって来い。ただ、あんまり目立ちすぎることはしちゃだめだぞ?」
「はい!」
元気よく返すツバキに微笑ましく思いつつも、オール島の宿場エリアの広場に向けて進路を取った。
デュランはこの時失念していた。というより慣れ過ぎていた。
そもそも銀に輝く
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