第二話 

「で、なんで俺は商会に呼ばれてるんですかね?」


 昨日、男を縛り上げて少女と一緒に抱えてテプール商会前広場に着地した後、デュランは今日の夜までの待機料金を渡され、一日中暇を持て余していた。

 待機料金はその名の通り中飛を指定の時間まで待たせておく際に必要なものだ。知人でもない限り待機料金を払わず口約束で待ってくれと言っても大体の中飛は待ってくれない。彼らも飛龍ヴルムによる運送業を仕事にしているのだから、お金が第一である。

 今回は飛龍二種ヴルムパスを発行している商会からの待機依頼であり、断ることはできないので、デュランは停泊用の第二分島にウェルズを移動させ、買ってきた水の魔石を木桶に放り込み水を湧かせた。

 水をかけてブラシで鱗の隙間の汚れを洗い流したり、爪研ぎをしたりして一日を潰した。特に空の裂け目ガガプに接近し過ぎた翼端に小さな傷が多かった。労わりつつ砥いで綺麗にしてやるとウェルズはご機嫌に尻尾を振って、先に付けられたランタンをカランカランと鳴らした。全身を磨き上げ、疲れたデュランも大あくびをかましてウェルズの翼膜下に潜り込んで夜を明かした。

 そうして本日、約束の時間になり商会にやってくると案内されたのは殺風景な部屋だった、交易島として非常ににぎやかなベネアの中心地にあって、外の喧騒が一切聞こえない防音が非常にしっかりした部屋だ。


「一日待機なんて、前にギーシャに大品物を納品するときの護衛の時以来なんだが」


 出された茶と焼き菓子をつまみながらデュランは、後方の扉前で腕を組んでいる顔なじみの警備員、ダチャルに声をかけた。

 この男ダチャル、細めながらしっかりと筋肉の付いた体格のデュランに比べれば細く、頼りない印象があった。歳もそれなりにとっており、こけた頬と白髪の混ざる金髪が万人に弱そうな印象を抱かせる警備員というにはすこし頼りない見た目をした男だ。

 中飛なだけあり腕力だけで言えばデュランの方がよっぽど強いのだが、彼はとても体の使い方がうまく、飛龍二種を取得する際の試験前講習では、舐めてかかったデュランも投げ飛ばされてよく地面にめり込んだ。


「たしかに、デュランを一日待機させるんなんてよっぽどのことなんでしょうな」


 飛龍二種免許を習得している中飛は希少である。これを習得していないとベネアでは降りられない分島の発着場もある。ウェルズが休んでいる第二分島も二種持ち限定の休憩場だ。

 そんな中飛を待たせるのだから、それなりの理由はあるだろう。

 デュランの言うギーシャへ品物を輸送する腕龍ドラゴンを護衛したというのは、他の二種持ち複数と建前は腕龍と一緒にギーシャに人員を輸送しているという体で護衛したりした時のことだ。基本自由に飛び回る中飛を揃える為にテプールは良く待機を使う。

 

「バルドのオヤジのことだから、あーどうせ面倒事なんだろうなぁ……」


「まあ、その分の料金はしっかり払いますので」


 テーブルに手をついて黄昏る。ギーシャの時は十頭以上の数をそろえた盗賊団に襲われて面倒であった。腕龍が荷物を抱えていて速度が出ないため単独の時と違い逃げきれないのである。

 コン、とドアが一度ノックされた。ダチャルがドアを開けると、恰幅の良いスキンヘッドの男が床を少し軋ませながらゆったりと中に入ってくる。デュランも椅子から慌てて立ち上がって会釈をした。


「お久しぶりです」


「やあやあ、デュラン君。堅苦しいじゃないか、何時もの感じでいいんだよ?」


「じゃあオヤジ、今日はいったいなんだっていうんだ?」


「まあ待ちたまえ、長話になるだろうから座っていいかな?」


「痩せろオヤジ」


 握手をしつつ、互いに笑いあう。その巨体はまるで羽毛を膨らませた鳥龍ククルカンの様だが、しっかりと重い。

 ダチャルが一旦外に出て、椅子を持って戻ってくる。

 デュランのテーブルの対面に椅子を置く。デュランが座っているのよりかなり太く頑丈に作られたそれは、どう見てもこの恰幅の良すぎる男、バルド専用椅子だった。全体的にでかいが特に腹が大きい。三段腹とかではなく巨大な一段の塊であった。

 すこし小ぶりの椅子も一緒に運ばれてきたが、バルドの巨大な椅子が邪魔でデュランの目線からでは見えていなかった。


「デュラン君、君の実力を見込んでお願いがあるんだ」


 ミシリ、とすこし椅子を軋ませて対面に座ったバルドが、デュランを見据える。ベネアを交易島として発展させた立役者のお願い事など、ロクなことではない気がするデュランだが、その男が自分の実力を認めてくれているというのだから、断るつもりは毛頭なかった。


「なんなりと? ウェルズを売れって言うの以外だったら何なりと聞くぜオヤジ」


「ではね、君には人を送ってもらいたいんだ?」


「昨日捕まえた人売りか?」


 思い当たるのは昨日捕まえたあの人売りだ。裁きの島ティティアにでも連れて行くだろうかと思ったが、ウェルズが翼龍ワイバーンなのでそれは無いか、と心の内では思っていた。犯罪者は腕龍が吊り下げた檻で移動するモノだからだ。


「まあ、言うより見てもらった方が早いかな?」


 ドアがノックもされずゆっくり開けられる。デュランが後ろを見るとその子は居た。

 新月の夜のような黒髪に、その内で輝く北極星のような金の髪飾り。飛龍や自然、草木や花の美しい装飾がなされた着物は、昨日見たばかりの物だ。唯一見たことがなかった瞳は、黒曜石のようであった。美しい、誰もがそう思わせる異島の美がそこにあった。


「こんにちは、ツバキと申します。よろしくお願いします」


 東方ではこちらとはイントネーションが違う訛りがあるのだが、それ一つなくすらりと紡がれた言葉と共にツバキはデュランにペコリと頭を下げた。

 

「俺はデュラン。こちらこそよろしく」


 デュランがカクリと頭を落として会釈を返すとツバキはバルドの脇に置かれていたこじんまりとした椅子に座った。座って初めてデュランは椅子があることに気付いた。ツバキは少し懐疑的な目でデュランを見ていたが、それに気づいたバルドが笑顔を浮かべる。


「ツバキ君、安心したまえ。この男は我々が知る限り最高の飛龍乗りだ。ツバキ君を助けてくれたのもデュラン君だよ」


 それを聞いてツバキは目の色を変えた。尊敬と感謝の眼差しであった。


「その節は真にありがとうございました!」


 やめてくれぇ、そこまで感謝されると悪い気はしないがむず痒いとデュランが愛想笑いをしているとワザとその状況を作ったバルドは笑顔で話を戻す。


「この子を我々としては島へ返してあげたいんだが、場所が要領を得ないんだ」


「格好や髪の色からしてどう見ても東方の島なんだが? テプール商会なら東方で交易してる島のリストそれくらいあるだろ」


「悪かったね、機嫌を直してくれよ」


 バルドがどこからか紙束を取り出す。そこに書かれているのは、東方の島々の名前だ。有名どころの蜀剣しょくけんやマイナーなふうの島の名前まで全てにバツ印がついている


「私の住んでいたのは、華火はなびって名前の島なんですが……」


「我々も聞いたことがない島なんだよね」


 テプール商会が知らない島? とデュランが怪訝な顔をする。東から西まで、古今東西の交易を担ってると言ってもいいベネアのテプールが知らない島があるとは思わなかったのだ。


「彼女から聞いた特徴を言うなら、付近に東の断空イーストエンドが存在していること、日の昇る島と呼ばれていることだ」


 東の断空イーストエンドとは東方の最東端に存在する巨大な空の裂け目ガガプ群のことで、デュランも知っている。空の裂け目ガガプは自然消滅するが東と西に存在するこの断空エンドは絶対に消滅することがなく、その先に何があるのか分かっていない。

 通れないことを除けば目印エアマークとしてはとても分かりやすい物だった。


「断空に近すぎて確認が取れてない、か?」


「かもしれないね。だからデュラン君へのメインの依頼は最低限、蜀剣に彼女を送り届けること。できるならば華火を発見し、彼女を家に帰してあげてほしい」


 慈善事業ではないことはデュランにも分かっている。未発見の島とこの子を通じて関係を持つことで、交易をおこないたいと考えているのだろう。しかし年端もいかない本人の前で言うほど、デュランもバルドも残酷ではない。


「あの人売りにをしても、この子が、この子が、とだけでなにも分かからなかったよ。中飛板であの人売りを乗せたと思われる奴を探しているが、あの男自体が特徴が薄くて望み薄だ」


 中飛板とはその名の通りベネアに置かれた中飛専用のの掲示板みたいなもので、様々な情報が飛び交っている。ここに質問を張っておけば大体の情報は集まるのだが、今回は上手くいっていない様だった。


「ベネアで大荷物を抱えた客が珍しくないからな。それが悪い方に働いたな」


「まあ、あの人攫いは適と……適切にティティアに送り届けるとしよう。問題はそれよりこの子だ、年端のいかない子をいつまでも見知らぬ異島の地に居させるのも良くない。最低限故郷と似た環境に連れて行ってあげてほしい」


「よろしくお願いします」


「まあ断る気はないんだが……」


 言葉を区切ると予定調和のように体デュランとバルドがずいっと立ち上がり、机の上で頭を寄せると、隣のツバキに聞こえない様耳打ちをした。


「……報酬は?」


 バルドがそれを聞いてにっこりして入れ替わる様に耳打ちする。


「百万ガルド、諸々準備費は別口」


 耳を貸していたデュランが噴き出した。ツバキがそれを見て驚き、喉を潤そうと飲んでいたお茶を誤飲し咽た。

 百万ガルドはウェルデール・トランスポーターの稼ぎ三か月分である。しかも準備費用はテプール商会持ちと破格の待遇。逆に、暗に華火の島絶対に見つけて来いよという意味でもあるが。

 新しい島である華火が発見でき、交流が図れれば非常に質の良い民芸品が手に入る交易になる可能性が高く、間違いなく莫大な利益が発生する。ツバキの服や装飾の質が非常に良かったことが報酬の理由でもあった。


「きゅ、急にどうしたんですか?」


 咳き込むツバキに背をバルドが優しげにさすってあげている。バルドが巨体過ぎて手だけでツバキの背中全体をさすれそうなほどの体格差であった。


「いや悪い悪い。ともかく、任せておけ! 俺が華火ってところまで確実に送り届けてやるよ」


 それを聞いて少女は驚いたように、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がるとデュランの手を勢いよく握る。


「デュランさん! ありがとうございます!」


 笑顔だった。汚い大人の金銭のやり取りのなどない純粋な感謝と尊敬の眼差しがデュランに向けられていた。

 快活な笑顔のツバキがデュランには光って見えた。大人の汚さを照らし出され浄化される様は太陽に焼き尽くされるゾンビが如く。謎の罪悪感がデュランの中で発生する。


「ただ―――」


 気を取り直してデュランがツバキの恰好を見る。東方となると結構な長旅になる。蜀剣に着くだけで安全を取って五日は掛かるだろう。その道中、無人島で泊まることになる可能性が非常に高い。 

 特に美しいものの、今のツバキの裾の長い着物で中飛に乗るのは無理だ。

 長時間の飛行をする為にはウェルズの装備も十分とは言えない。


「まずツバキにも、ウェルズにもいろいろ準備をしないといけないな」


 デュランがバルドに目くばせすると、バルドはスキンヘッドを輝かせながら笑顔でサムズアップするのだった。

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