第一章 誘拐幇助は厳禁です
第一話
ベネアは本島と呼ばれる大型の島、分島と呼ばれる中、小型の島を橋で繋ぎ合わせた交易都市である。ベネアで見つからないものは無い、と言われるほどに、値段を問わなければ何でもある。
ウェルズを置いてきたのは島の北端に位置する第七分島と呼ばれ、一部の飛龍乗りしか利用できない特別な島で
本島との距離も近く、橋もそこまでは長くない。本島から中飛に乗りたい人間がここにやってきて、そのまま飛んでいく場所でもあるし、暇なら飛龍を休ませる場所でもあるため、多いときには島が飛龍でごった返すのことがプールと呼ばれる由来だ。
本島を管理するのは主に二つの商会、特に有名なのが飛龍二種を発行し、ベネアを交易都市として発展させたテプール商会。もう一つが以前までベネアの全権を握っていたガーロン商工会だ。
現在ガーロン商工会が管理するのは北西の第六分島で、それ以外は全てテプール商会が管理している。
その内で最も大きい本島の外縁付近、木造建築の立ち並ぶ、狭い、迷路のようになった道を悠々とデュランは歩いていた。
狭い土地を利用するためぎりぎりまで詰め合わせ、両側を家や店で囲まれた通路に人通りは無く、飛猫の鳴き声やら人の話し声が少しだけ届く、何とも言えない寂れたような印象を受ける。しかし、それは今、日が空を飛んでいるのが原因なだけで、夜は本島でも有数の歓楽街の集合体として大賑わいとなる地域でもある。
それから五分ほど通路をぐるぐると彷徨って、ようやく目的の看板を見つけられたデュランは息を吐いた。
ノックもせず黒く変色してすこしくたびれた木の戸を開ければ、扉についていたベルがカランカランと、扉の内に人が来たことを知らせた。
「いらっしゃいませ! ……ってなんだ。デュランかよ」
「なんだこら、こちとらお客様だぞベティ」
それで飛び出してきたのはデュランより頭三つ分は小さい少女だ。栗色の髪は左右で編まれ、そこから更に後ろでひとまとめに縛られており、手間が掛かっていることを容易に想像させる洒落た髪型だった。
髪飾り花が添える白以外、服は黒い長袖長ズボンに黒いエプロンとシンプルながらそれが逆に純朴さと高級さの両立をはたしていた。しかし、店の雰囲気には合わない。
外見に見合った快活な声に愛想のいい笑顔を添えて出てきた彼女は、客がデュランとわかると態度が急変した。なんというべきか、
「相変わらず寂れてるなぁ、よく潰れないなぁ」
「何時も昼間に来るお前が悪い、ぶん殴るぞ」
ワザとらしく大きく首を振って見渡す内装は、外見と同じく年季の入った木の柱と壁が目につく。梁からは鎖が巻きつけられ、ランタンが吊るされており、店の中を薄暗く照らしているため、きな臭い雰囲気を醸し出している。
おいてあるのも複数個の丸テーブルと椅子、カウンターの先にはこれでもかという量の酒瓶が置かれ、その隣には南方の島由来のサボテンと呼ばれる植物が鎮座していた。
一見みすぼらしい植物だが、ベネアでは非常に高値で取引される珍しい植物である。
店は誰の目から見てもわかるとおりの酒場だが、昼間という事もあって人はさっぱりいない。人が居ねえと素を出しやがって、とデュランは少し眉をしかめたが、慣れたことなのであった。
「じゃあ何時もの」
「ウェルズの餌かい?」
「あ、ボウガンの矢も五本くらい頼む」
「は? なんに使ったんだい?」
そう言って手を差し出してくる。要は金を出せという事なので、餌代と矢代を足して千五百ガルド渡す。
「空賊撃ち落とした。やっぱベティ印の矢は弾道が安定してて使いやすい」
「ハッ、じゃなけりゃ材料貰っといて矢一本百ガルドで売るもんか、作るのに時間がかかるんだ。あまり無駄遣いするんじゃないよ!」
金を受け取ってそれをひらひらさせながら、可愛らしい顔にあわない悪い笑顔を浮かべつつトテトテと床を鳴らしながら店の奥へ入っていった。
「なんかサービスで飲み物位くれよ……」
ぶーすかと小さな声で文句を言いつつ丸椅子に座ってボーっとしていると、注文通り大きな袋を二つと、銀の矢の束を用意して持ってきてくれた。どっすんと重厚な音とテーブルの足の軋みがそれなりの重さを表している。
ベティはふうーと息を吐きながらカウンターに背中を預け、流し目でデュランを見ながら鼻で笑った。
「飲み物が欲しいんだったら夜に来な」
聞こえてたんだったら水くらい出せと思ったデュランだが、そう言いながらその小さな手が丸を作り金を出せばなとベティの後ろにある大量の酒瓶を指している。
店が古ぼけているように見えるが、丸椅子や丸テーブルすべてしっかりとしたアンティーク品であり、実際に並ぶ酒もかなりの高級品である。
つまるところ酒も高いのである。
デュランからしてみれば色々な意味でたまったものではない。
「酒じゃねえか飲酒飛行なんかしたらテプールの奴らがブチ切れるわ。酒はいってないヤツ出せ酒はいってないヤツ」
「ベネアに誇る高級酒場に向かって何言ってんだあんたは。飲酒飛行して締め出されちまえ」
テプール商会の発行する
「高級……? まあいいや、ありがとさん」
「くたばってなかったらまたきな、むしろくたばれ」
「店がつぶれてなかったらきてやるよ」
「ハッハッハほざけ」
左肩に袋を担いで、矢の束を右手に持って軽口を言い合いつつ店から出た。なんだかんだ言って気に入っている店なのと、自分御用達の矢を作ってくれる店でもあるので割とつぶれたら困るのはデュランだ。ちなみにこの店、本職は鍛冶だったのだが副業で趣味で集めた酒を使って酒場を始めたらそっちにどっぷりつかってしまった店主の店である。
行きより少し時間をかけ、物を担いでるせいで橋の上は特に注意を払って渡っていく。自分が落ちるなんてことはないが、物を落とすと哀しみのそのまま紛失となるからだ。『青海に撒いた種』なんてことわざがある位一度雲海を突き抜けて青海に落とせば物は帰ってこない。
無事、ことわざを実行することなくウェルズの元に帰ってくると、休憩しているウェルズから少し離れた島の縁に深いローブを被った人が大きな荷物を地面に置いて突っ立っていた。
それを見てデュランは心の中で顔をしかめた。顔を隠している客というのは大体面倒な客が多い。
「デュラン、飯だぞ。お前の好きなベティ特製肉」
袋をウェルズの前に置いてガリガリとナイフで包み袋を切る。中からは骨が付いたままに血抜きがしっかりとされた生肉であった。
生肉はだいたいが香料などで風味付けされ、多少食べれるか怪しくても美味しく食べられるようになっている。しかし、ウェルズは鼻が良いので香料がついているととても食べられた物ではないらしく出そうものならデュランは頭を噛みつかれる。噛みつくことなく肉を齧り始め、ご満悦気味に尻尾を小さく振っている。
その様子にデュランも満足しつつ、こっそりと横目でさっきの男を見る。
「……」
とても、ウェルズを見ていた。
どうか待ち合わせであって俺の所に来ませんように、とデュランは心の中で無理な願いをした。
男の視線に気づかない振りをして、ウェルズの食事風景を見ていると案の定ローブの奴がやってきた。長方形の箱のような荷物は重いらしく、木で補強された島の上を引きずるように運んでくる。
「乗れるか?」
顔を隠すには隠すなりの理由がある。稀に指名手配された奴が乗ってくることもあるからだ。しかし、深くかぶったローブを外して挨拶してきたのでデュランはそのあたりの警戒を解いた。商会で見た指名手配犯の挿絵に似た様子はない、特徴もない顔の男だった。しいて言えば、東の方の島の人種の特徴が顔に出ている。
しかし人込みに紛れようものならすぐに見失ってしまいそうだ。しいて言えば、目が死んだ鳥のようであった。その程度の特徴しかない男だった。
「乗れますが、どこまでかで料金が変わりますが?」
デュランがそういうと、懐からガルド金貨を複数取り出した。
「ギーシャまで、快速で頼むよ」
「ギーシャか……まあ二万ガルド位ですな」
金貨をしっかり見て、偽造品でないことを確認してからウェルズを呼んだ。
ギーシャはベネアと並ぶ交易都市である。ベネアがあらゆる一流の品をそろえた島だとするならば、ギーシャはあらゆる商品がそれこそ玉石混淆の様相を呈した品物の坩堝だ。時折掘り出し物も見つかったりする。
ベネアに比べて島が大きいため、扱う交易品を絞る必要がないためそうなっているらしい。
ベネア・ギーシャ間は高頻度の大飛による定期便が出ているのでわざわざ中飛を使うのには何か理由があるのかもしれないが、それはあくまで運送屋であるデュランが推測することではないため、気にしないようにしている。
ウェルズが食事を終えて寄ってくる。荷物をバッグ入れるため、ウェルズが前傾姿勢になる。デュランが荷物を受け取ろうとしたが、ローブの男はかたくなに自分で荷物をトランクに入れると言ってきかないので、デュランもしぶしぶ承諾してトランクの口を開けて待つ。
と、ウェルズが首を曲げて、男の背中越しに、大きな荷物に鼻を近づける。一呼吸、鼻から息を吸い込むと勿体付けるように目を細めて、小さくヴォ、と呟いた。
それを聞いて、デュランがあきれたような顔をしてため息を大きく吐いた。男は重たい荷物を積み込もうと四苦八苦していてそれに気づいていない。
その肩を人差し指でトントンと叩いた。
「お客さん駄目ですよ、荷物はサービスだけれど人数に応じて料金変わるんですから」
中飛の料金決定の仕方は様々だが、一つだけ共通していることがある。
それは人数に応じて料金が変動するという事だ。人数が多い方が基本的に料金が高くなる。一人で乗るのに比べれば1人当たりの料金は減っているので人数が多いほど基本的にはお得にはなっている。
ただ、どこでもズルをする人間は居るというものだ。
良く行われるのが荷物に紛れて一人で乗る料金で二人運ぶ行為である。一人分の値段で二人運ぶのだから、二人分の料金を払うよりなおお得と勘違いしている奴の愚行だ。
この行為、愚行と言われるだけあってベネアでは御法度である。それは中飛の適切な料金だとか稼ぎを守るだとかそういうのではなく、危険だからである。
なぜ危険か、と言えば理由は単純だ。中飛は、人が乗る際は料金が変動するのに対して、どれだけの荷物があっても料金は変動しない。つまり無料である。
だが無料には無料なりの理由があるのだ。例えば、ベネアに向かう際にデュラン達が出会ったように、空の旅は空賊に襲われる危険が存在する。
逃げる際には邪魔なものを投棄する場合もある。何を第一に投棄するか、それは当然荷物である。というよりそれ以外に投棄できるものがない。
以前起きた事故は、空賊に襲われた際に投棄した荷物の中に実は人が隠れて乗っていて……という物だった。
そんな訳で、デュランとしては見過ごすわけにはいかない。積み込むのを止めて箱を床に降ろして荷物を叩く。
「中に入ってるのはわかってますよ、出てきてください?」
しかし反応がない。フードの男はその様子を見ても何も言わず立っている。観念しているんだろうとデュランは思った。
「お客さん? スイマセン開けますよ?」
デュランが男を見るが、男は動かないし何も言わない。伏し目がちに頷いたのを同意を得られたとして箱を開けると、ご丁寧に防音用の藁の加工品が上からかぶせられていた。中からは強い薬草の香りがした。
「お客さんばれてますから潔く……?」
デュランが口を開けたまま、目を細め怪訝な顔をした。
藁の加工品をめくった先に居たのは少女だ。顔つきは男と同じく東方系の物で、歳は少女位だろう。
美しい着物に身を包んで、金細工の髪留めが長い黒髪を纏めており高貴な雰囲気を醸し出している。
しいて問題を上げるとすれば、その少女が気絶していて、口には猿轡、手足も縄で縛られて身動き一つとれないようにされていることだ。
その上からハーブやミントのような匂い隠しの香草が乱雑に撒かれ、人や獣人の嗅覚をごまかせるようになっている。
「おい―――」
デュランが顔を上げた瞬間、目の前にボウガンが付きつけられた。ローブの下に隠し持っていたのだろう、小型で、デュランが使っているような
それに怯えることもなく面倒くさげにため息を吐きながら両手を上げた。
「おいおい、料金ごまかしの可愛らしい客かと思ったら、お前人売りか」
「……まったく、ばれないよう珍しい香草まで手に入れておいたというのに、なぜわかった?」
人売りの男は忌々しそうにデュランを眺める。この島ベネアは金に糸目を付けなければほぼ何でも手に入れることができる。しかし、この島ではテプール商会直々に人身売買の禁止が明言されているのだ。交易最大級の島であるベネアに追従する形で多くの島々は人身売買は禁止されている。
当然、テプール商会の発行する飛龍二種を取得しているデュラン達にもそれは規則として定められ、発見した場合はただちの通報か制圧を要求されているほどだ。
「うちの相棒は鼻が利くんだ。ところで、良いのか? 相棒から目を離してて」
男の目線はすべてデュランに注がれていた。デュランが少しでも不審な動きをすれば即座に矢を放つ構えだ。構えを崩さないまま男は顔を笑みに歪める。
「どうせ飛龍組合の中飛なのだろう? 隷属された飛龍に目を配る必要はない」
それを聞いてデュランの顔が憤怒歪んだ。その怒気に当てられ、男の指がボウガンの引き金に掛かる。
瞬間、二人の間を銀の閃光が通り過ぎた。男の手首があらぬ方に曲がり、ボウガンが吹き飛ばされ暴発した矢が地面に刺さる。木の板の上に砕けたボウガンのパーツが飛び散った。
激痛に脂汗が吹き出し、眉をしかめながら男が上を見れば、ウェルズが頭を振って鼻先で弾き飛ばしたのだと分かった。
美しい銀の飛龍、その思慮深い瞳に射抜かれる。
「舐めてかかったな阿呆」
前を向いた瞬間に男に見えたのは、目前にまで迫ったデュランの拳だった。
ぐしゃり、と前歯を粉砕し鼻骨を横にへし折った。
そのまま地面に叩きつけるように拳を振り抜く。
そのまま気絶した男に向けて誇る様にデュランは拳を握り親指を自分に向けた。
「俺は個人中飛だよ、バーカ。ウェルズをそのあたりの飛龍と一緒にするなこの節穴」
もはや客でもなんでもないので、言いたい放題であった。
どさくさに紛れたデュランの自慢に、誇る様にウェルズも翼を広げて咆哮した。
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