その者漆黒の鎧を身に纏いて

「今日も暇な夜警が始まるな~。」

 欠伸を一つ零しながら隣に居る夜番の同僚に愚痴を零す。

「まったく、お前も飽きもせず毎日毎日同じ文句を・・・。」

 彼らは今日もいつもと同じ日常が来るとこの時は思っていた。

 偶に自然発生する低位のアンデッドである、スケルトンやゾンビー等を見つけてはそれを討伐する、いつもの日常が来ると思っていた。

 しかし今日この日、彼らの日常は訪れなかった。

「ん?」

「何の音だ?」

 エ・ランテルの共同墓地、ここは複数の国の国境にほど近い場所、更に近年ではバハルス帝国との間で毎年戦争が行われている。そんな事情からこの数年はアンデッドの自然発生数が上昇傾向にある。

 だが、自然発生で生まれたばかりの存在は難度が低い為に、墓地の周りは強固な壁で囲い夜警を立て、数を増やさない様に逐一討伐していれば何も問題は無い。

 そう、何も問題が無いはずだったのだ。

「う~ん、スケルトンの音じゃないよな。」

「は~、上に登って確かめるか。」

 墓地を囲む壁の防壁の各所に設けられた屯所に詰めていた二人の夜警は、いつもとは違う気配を感じ取り確認の為に、屯所の屋上に設けられた、簡易的な監視所に向かう。

「なんだ・・・。」

「ちっ、アンデッド駆除はしていただろう!」

 共同墓地に勤務している者達に必ず聞かせられるとある逸話がある。

 自然発生した低位のアンデッドが数を増やし続けていくと、高位のアンデッドが発生する可能性があるという現象。

 過去にズーラーノーンと言う組織が巻き起こした悲劇、死の螺旋現象。

「本部に伝たーつ!」

 今まで見たこともない量のスケルトンやゾンビーが墓地の中から壁に向かい歩いて来ている。

「あっ、あー。」

 二人は慌てふためき監視所から詰め所へと戻っていく。

「そんなに慌てて何があった?」

「外を見てみろ!俺は本部に伝達してくる!」

 そう言い残し、一人は本部に、一人は最寄りの詰め所へと駆けて行った。

 そして、残されたものはなんだなんだと思いながら階段を上り、先の二人が見た光景を目の当たりにするのだった。


「火ー着け~!」

 夜警担当の兵士が持つ弓矢には油を塗った鏃。そこに隣の兵士が火打石で火を付ける。

 それを見届けたこの屯所を任されている隊長が。

「構え~、打て!」

 弓なりの軌道を描いてアンデッドの大群へと落ちていく弓から放たれた矢。

 屯所に詰めていた、弓を装備した十人が放つ矢が大群の波に飲まれて消えていく。

 アンデッドとは元来炎に弱い為、火矢を射かけるのは本来であれば効果的であろう。しかし、現状この周辺に見えるだけでアンデッドは数百体も存在している。

 そんな中十本程度の火矢が彼ら死した者どもに、射かけられているがその効果はいま一つ。

 時に骨に当たり、時に腐肉に当たり、時には地に刺さる。

 骨に踏まれ、足蹴にされて延焼することもかなわず、火矢として期待されている効果の幾分も発揮できずに、唯の木と鉄の鏃と化す。

 このような成果の上がらない状況であっても彼らは引くことが出来ないでいる。

 それは、ここで少しでもアンデッドの数を減らしたいから。

 それは、自身の背に家族がいるから。

 それは、後に来る応援を期待しているから。

 その理由は、ここで踏みとどまっている者達の中でも様々だが、彼らはこの厄災を自身の足元にある防壁の内側で収束させようと、躍起になって行動を起こしている。

 そんな最中、壁の内側を睨みつけていた彼らのすぐ後ろに、禍々しい黒い渦が幾つも幾つも発生する。

 しかし、この地を防衛せんとする彼らはそれに気づかずに次の一矢の準備を進めていく。

 カツカツカツと、耳に馴染みの無い音が後方から響いてくると。

「少々横、失礼します。」

 と、徐に見覚えのない顔が除いた次の瞬間。数多の不可視の斬撃がアンデッドたちを襲う光景が目の前に広がっていった。

「後の事は私たちと、私たちの長が納めます。」

 一瞬何が起こったのかと思い、動きを止めていた彼らの頭上を一陣の黒い影が一足飛びに超えていった。

 黒の影を追う様に三つの影が後を追う。

 漆黒のフルプレート・アーマーを着込んだ屈強な戦士と、見目麗しい絶世の美女が二人。さらには、おとぎ話に出てくるような、強大な力を持つことが一目で判る魔獣が、漆黒の戦士に従する形でそこにいた。

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