悪魔の影

 リ・エスティーゼ王国の第三王女であるラナーを迎えた晩餐会が、町一番とは言え一般に開放されていた宿屋で行われている。

 普段であればこの様な事はありえないだろう。防犯面から見ても、世間体からしてみてもだ。

 だが、この晩餐会に呼ばれた当人たちは既にそんなことはあまり気にならなくなっていた。

 今この場には客人で有るラナーとラキュース、そしてホスト側としてシャルティアとモモンが同席している。

 その卓の周囲では、ナザリックの一般メイド達が素晴らしい所作で以って晩餐会の進行を執り行っていた。


 まったく知らない食材ばかりですね。

 いや、ドラゴンのステーキくらいは理解できますが・・・、こうも簡単に出されてしまうとわね。

 ラナーは事前に彼らがこことは違う場所から来た存在だと知っていてなお、感嘆の感情を抱いている。

 では、心構えを一切していないラキュースはと言えば。

 一体どれだけの力を持っていたら、ドラゴンを食材にしようなんて思うのかしら。


 見目麗しい二人の少女は目の前に並べられる心を蕩けさすディッシュの数々を前にして、自分達が相対している存在が如何に隔絶した存在であるのかという事を、全く別の感想を抱きながらも、その心情に刻むことになってしまった。

 そんな夢見心地の中の様な食事も終わりを迎え、本題となる食事後の会話が楽しまれることになった。


 食後のデザートを楽しみながらしばし歓談を続けている中、晩餐に参加していたラナーが、全員がデザートを食べ終えたタイミングで今回自身がこの場所に来ることになった件について話し始めた。

「では、そろそろ本題のお話しをしても宜しいでしょうか?」

「そうね、聞きましょう。」

 今回モモンガはモモンとしてこの場に居る為、ラナーとの対話はシャルティアが対応している。

「まずは、カルネ村の住民の救出と、王国戦士長ガゼフが受けた数々の援助に対して、我が父ランポッサ三世より感謝の言葉を預かっています。

 また、後日になりますが王都より今回の件に関しての感謝のしるしとしてこちらの品々がこちらに届く予定となっています。」

 そういって、隣に座るラキュースへと目配せをする。

「こちらが目録になります。」

 ラキュースはその視線を受けて預かっていた目録を控えていたメイドに手渡す。

 そして、メイドから目録を受け取ったシャルティアは、

「王国の感謝の気持ちお受け取りします。この目録は我が主へとしかと届けさせてもらいます。」

 こうして、始まった本題はランポッサ三世の感謝の言葉から始まり、王位継承権を持つバルブロやザナックの言葉へと続いていった。

 最後にラナー自身からの感謝の言葉もシャルティアへと伝えられ、シャルティアはこの言葉をモモンガへと伝えることを約束したのだった。

 ナザリックと王国の公式な接触はこうして穏やかに進められていたのだが、この後ラナーからとある提案がなされる。


「では、今回の件につきましては以上です。」

「王国の誠意、確かに受け取りました。」

 ラナーの締めの言葉にシャルティアが答えるとラナーの雰囲気が少しだけ変わった。

「それで、ここからのお話は私からのお願いになります。」

「お願いですか?」

「はい、この身をサトル様に捧げ王国の今後を安堵して貰いたいのです。」

「これはまた唐突ですね。」

「そうでしょうか?守護領域スレインの事は私も聞き及んでいます。ですので、なるべく早い段階で庇護下に入りたいと思うのは当然の事だと思いますが?」

 この会話の最中、ラナーはシャルティアにではなく、モモンに対して語り掛けるように視線を向けていた。

「シャルティア、ここまででいいだろう。」

 今まで黙していたモモンが唐突に声を出す。

「私はお眼鏡に適いましたか?」

「いやはや、話には聞いていましたが・・・。いつから気付きましたか?」

「確信を持てたのはこの話を始めた時です。」

「なるほどなるほど。で、どうだ?デミウルゴス。」

 ラナーはデミウルゴスの名前に微かに反応する素振りを見せる。

 この反応に気付いたモモンガは何だと疑問を抱いた。

 そんな普通の者であれば気付くことさえもままならない感情の機微の探り合いの最中、今まで誰もいなかった空間に一人の悪魔が佇んでいた。

「合格で御座います。彼女であれば人間に対する交渉役を任せるに足る頭脳を持ち合わせていると思います。後は、少々教育を施せば問題ないかと。ただ、彼女の身一つだけでは、今後の王国の安堵は少々少ないかと思いますが」

「それに関しては、王国側と要相談だな。条件などはこの後詰めるとしてだが。一つ気になることがある。デミウルゴスの名前に反応をしたようだが、どこかで会っていたのかな?」

「いえ、別人かと思います。同じ名前を名乗る方と面識がありましたので。」

「ほう、その者の事を聞いても?」

「宜しいですわ。と、言いたいところですが、何分向こうの気まぐれで会っていた様なものですので。詳しくは知りません。それに、ここ最近は姿も見ていませんので。」


 デミウルゴスか・・・、この世界の住民が脆弱とは言え相手は王族。それを相手にして自由気ままに会えるようだという事は、相当な実力者。

 もしかしたら私と同じユグドラシルプレイヤーの可能性もあるか。


「分かりました、そちらの件に関しては私も気になる所。調べさせてみましょう。」


 尻尾を掴んだわけではないが、輪郭を視線に捉えることは出来た、後は探すだけだ

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