腐った王国

良くあるお話

 ネムの手を引き逃げる・・・ひたすらに逃げる。

 息が上がるがそれを無視して走り続ける。手を引くネムの事を守るために。

 気付いたときは遅かった、ネムの足が木の根にとられ転んでしまった。

 直ぐ後ろには騎士の姿。

「ネム!」

 彼女はネムに覆いかぶさり、妹を守ろうと行動するが、それは、果たして意味のある行動だったのだろうか。

 追いすがった騎士は勢いに任せて彼女の背を切りつける。

 悲鳴を響かせ彼女は痛みに耐えるが、ネムは自分を抱きしめてくれる姉の悲鳴を聞き泣いていた。

 背中を切られ意識が朦朧とする中、彼女は声を聞く。

「あーあ、何やってんだよお前、せっかくのいい女に傷をつけやがって。」

 彼女は思う・・・、身勝手だと。

「あ?別にいいだろ?連れ帰る訳でもないんだから。やったらっぽいっと捨て置くんだからよ。」

「はー、まーいい。流石にこの森の中でやるのはちと危ないからな。村に戻るぞ。」

「えー、・・・ま、最初は隊長に持ってかれるがしょうがないか。」

 エンリは自身を切りつけた騎士に担がれ、ネムは後から来た騎士に担がれる。

「おねーーちゃーん!おねーじゃーん!」

 ネムは姉から離され泣きじゃくるが、それに声を掛けることも出来ないまま、「ネムごめんね」と思い、エンリは自分の今までの事を思い出していた。


 これはよくあるお話。

 貴族社会である王国が自力で立ち直れないほど腐敗するよくあるお話。


 これはよくあるお話。

 辺境の開拓村が他国の騎士に滅ばされてしまうよくあるお話。


 これはよくあるお話。

 そんな開拓村の気立ての良い少女が傷づけられるよくあるお話。


 リ・エスティーゼ王国。

 この国は周辺を海、そして人類国家によって囲まれ、亜人国家からの脅威から遠い場所にある国。

 この国は王を頂点に戴く封建国家である。そして、非常に恵まれた環境である為に、建国時はとある国に非常に期待されていたのだが、今は酷い有様となってしまっている。

 その原因の一番の要因は貴族、そして、この国の裏社会を牛耳る八本指なる組織と蔓延する麻薬「黒粉」。

 貴族たちは自身が住まう町や都市のみの発展を優先とし、周辺の農村の事を一切省みずに、食料を徴税の対象として収集していた。これによって引き起こされる、農村の貧困は困窮を極め、年々食料の収穫量を減らしているのだが、この結果を招いた貴族たちは努力が足らないと、農民たちを罵倒するばかりで何もせず。

 ごく一部の貴族たちは、貴族足らんとして職務に励むも、それも自領の為が関の山。また王国の中枢である王都では、日夜王侯派閥と貴族派閥の間で、意味のないヤジが会議を飛び交い、政がうまく機能していなかった。

 そんな中、バハルス帝国との国境を守護し、また周辺国家との交易拠点となっている王直轄領エ・ランテル近郊の開拓村の中の一つに、トブの大森林に面した人口百人ほどのカルネ村という、森の恵みで生計を立てている小さな開拓村があった。

 このカルネ村、王直轄領という事で、他の地域に比べれば徴税はそれ程重くないとされているが、そもそもの問題として、年々食料収穫量が減っている現状で、昔と同じ徴税が行われている時点で、多少良い程度の違いしかない。

 また、この様な開拓村で碌な教育など望めるべくもなく、村の住民・・・、特に男どもなどは、自身の欲望に忠実に行動する者が非常に多い。


 エンリ・エモットの朝は早い。体調を崩しがちな母親に代わって女の仕事である水汲みをする為である。

 エンリは思う、母親がどんどんと痩せていく中であってもなお、自分たちの為に村から配給された食事を、自分とネムに分け与えていることを、そして、それをわかっていながら食事をとる醜悪な自分に嫌気がさしていた。

 昔は良かった、家族で卓を囲み笑いあっていた。でも、いつの頃からだろうか、父親の自分を見る目が怖いと感じるようになったのは、毎日の食事の量が減り始めたのは、エンリはそんな状況の中、自身の身の上が良くある話だと思い、止めていた水瓶に水を溜めていく手を動かしていく。

 エンリにとってその日の朝は、いつもの憂鬱さ、いつもの仕事を熟す朝であったが、この日はいつもの朝餉を迎えることは無かった。

「ん?」

 エンリは遠くの方で何か声が聞こえたような気がして、作業を一時中断して周りを見回していた。すると遠くの方で。「騎士だー!」と声が上がり、続いて悲鳴が聞こえた。

 エンリは「ネム!お母さん!」と、胸中で叫び急いで二人の下へと向かうべく走り出した。父親のことなど一切心配せずに走る走る。

 やがて家へと近づいていくとそこには、騎士に必死になって縋りつく母親と、それを罵倒する騎士、そして近くに泣いて佇むネムがいた。

「エンリ!にげて!」

 エンリはやせ衰えた母親が、必死になって騎士の行動を阻害するもあまり意味のないものだと、何故か理解できてしまいすぐに行動を開始した。

 泣きじゃくり唯々その場で「おかーさーん」と、言うネムの腕を取り、「いくよ!ネム!」といって、強引に走らせる。「おかーさんが!」、ネムの声を無視してただひたすらに走り逃げたのであった。

 エンリは今まで感じていた自身への嫌気がさらに増大していく事を感じながらも、自分とネムの為に母親を騎士に差し出したのであった。

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