その4 正体 1
正面玄関のドアが開いた。
茶』色のコートに、黒いギターケースを肩から下げ、大きなサングラスで顔の半分を隠している。
間違いない。
奴だ。
『櫻木淳』その人だ。
この雨だというのに、傘もさしていない。
タクシーでも停めるつもりかと思ったが、しのつく雨をものともせず、黙々と歩道を歩きだした。
俺は信号が赤になり、車の流れが途切れた一瞬を見計らって道路を横切り、ガードレールを乗り越えて、彼の後ろに、凡そ30歩ほど距離を置いて後をつけた。
雨の中、傘もささずに歩く二人の男・・・・どちらも世辞にもあんまり風采の上がらぬ恰好をしている。
まさか通行人達は、探偵と今売り出し中の『謎のロックンローラー』だなんて夢にも思わないだろう。
どのくらい歩いたか知れやしない。
もう俺はずぶ濡れだった。
恐らく奴も同じだろう。
ロックギタリストのくせして、ギターを大切にしない奴だ。
そう思った時である。
奴は乃木神社の中に入っていった。
参道前の鳥居をくぐったところに、公衆便所がある。
奴はそこに、まっすぐ入っていった。
俺はトイレのすぐ近く、雨で濡れたベンチに腰掛け、見張った。
5分、10分・・・・奴は出てこない。
と、はっとして顔を上げると、男子用とは真反対から、黒いレインコート姿の女が出てきた。
俺は唖然とした。
他には誰も入っちゃいない。
じゃ、奴はどこに消えたんだ?
俺は少し慌てた。
プロの探偵としては、ドジな真似をしたもんだ。
トイレに入ってみると、男子トイレの個室に、ギターケースがそのまま残されてあり、そこにはさっき櫻木淳が着ていた服が、無造作に詰め込まれて放置してあった。
(やれやれ・・・・)
俺が立ち上がろうとすると、背中に何やら固いものが当たった。
無粋な硬さ・・・・何だか直ぐに分かる。
『ゆっくり手を挙げて、そのまま壁に手をついて足を開け』
くぐもったような男の声が、俺の耳に届く。
言われた通りに、俺は足を手を挙げ、足を開いた。
相手の手が無遠慮に俺の身体を探り、拳銃と、バッジと認可証を見つけた。
『なんだ。探偵屋か・・・・イヌイ・ソウジュウロウ・・・・そりゃ、済まなかった。』
俺が振り返ると、そこには俺よりも少しばかり若いと思われる男が、レインコートから雫を幾つも垂らして立っていた。
拳銃を持っているんだ。何者かは大方見当がつく。
案の定、彼の取り出した身分証とバッジは、警察のものであった。
『本庁捜査三課、特任捜査班、貝沼譲二。階級は警部補だ』
彼が合図をすると、2~3人の部下と思われる私服が駆け寄ってきて、宝物でも扱うかのようにギターケースを持ち去った。
『すまなかった。てっきり君があの怪盗、「鶴の123号」の仲間かと思ったものでね』
貝沼警部補は唇を歪めて薄く笑った。
気味の悪い表情である。
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