その3 櫻木淳とは?
『これ』
俺はいつもの如く、多摩川の河川敷に居を構えるホームレス、
『馬さん』の元を訪れた。
彼はネットが苦手な俺にとって、一番頼れる男である。
ホームレスなのにどこからか電気を手に入れ、パソコンを操り、ハッキングをして、人が集められない情報まで集めてくれる。
当たり前の話だが、料金は高い。
しかしそれに見合った働きをしてくれることは確かだ。
『今回は少し骨が折れたな。何しろこの櫻木何とかってミュージシャンについては、とにかく分からん事だらけだ。』
彼がインディーズでデヴューしたのは、今からざっと5年程前のことであるが、
それ以前の事は全く分かっていないという。
生年月日、出身地などは一切が非公開。
分かったのは二つだけ。
高校一年の時に両親と死別し、その後は親類の家をたらい回しにされて育ったこと。
現在の住所が南青山だということ。
それだけである。
おっと、贅沢はいってられん。
分かっただけでもましとしよう。
『ありがとう』
俺はポケットから金を取り出すと、馬さんに手渡した。
いつもの相場よりは少なかったが、彼も仕事としては十分ではないと思っていたんだろう。何も言わずに受け取ってくれた。
『それよりも乾の旦那。たまにはもっと大物を追いかけてみちゃどうだね?例の「怪盗鶴の123号、全国指名手配になったぜ。おまけに賞金も出た。200万だそうだ。』
『俺は賞金稼ぎじゃないんでね』
俺はそれだけ言うと、狭い掘立小屋を出た。
外はまだ寒い。
多摩川から吹いてくる風が、首筋をくすぐった。
30分後、俺は南青山のある高級マンションの前に居た。
『馬さん』のくれた情報が確かなら、ここが謎の鬼才ロックンローラー、
『櫻木淳』のヤサということになる。
当然ながらこうしたマンションにありがちな、入り口は完全なオートロック式で、パスワードを知っているか、部屋番号を押して住人に開けて貰うかしか、中に入る手立てはない。
折しも雨が降ってきた。
冬の冷たい雨だ。
あいにく周りにはどこにも、
『雨宿り』などする場所はない。
やむを得んな。
俺は仕方なく、マンションの入り口が真正面に見渡せる、道を隔てた向かい側の
街路樹の陰に隠れた。
普通ならこんな場所でずぶ濡れになるなんて、とても耐えられないだろう。
しかしながら、こういう時は、
(自衛隊にいて良かった)と思う一瞬でもある。
雨が降ろうが雪が降ろうが、50キロ以上の装備を身に着けて、びしょ濡れになりながら歩き回る訓練なんか、それこそうんざりするほどこなしてきたからな。
人生、無駄な経験など何一つないとは、良く言ったものである。
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