その2 謎のロックンローラー
売れているにも関わらず、櫻木淳はあまり表舞台に出るのを好まない。
テレビは勿論、ラジオ番組さえ出演したことはごく稀である。
雑誌のインタビューを受けたことさえ僅かなものだ。
一度、某音楽雑誌でのインタビュウを受けたのだが、聞き手の答えを、
『ええ』
『いいえ』
『特には』
この3つだけで済ませたという豪傑である。
写真嫌いとしても有名で、メジャーになってからもメディアに載ったことはない。
彼女が見せた切り抜きは、その中でもごく貴重なものだったという。
朱美が彼に惹かれたのは、高校に入ってすぐのことだった。
友達に連れていかれた六本木のライブハウスで歌っていた彼を見たという。
それまで音楽はアニメソングぐらいしか聴いたことがなかったのに、たった一人でギター一本と圧倒的な歌唱力で満員の観客を釘付けに出来る淳の魅力に完全に虜にされてしまった。
彼女の趣味はアニメや漫画から、一挙に『櫻木淳』に180度変わり、CDはシングルとアルバム(まだ当時はインディーズだったが)二種類を買い求め、日がな一日これを聞きまくった。
ライブにも何度通い詰めたか分からない。
そして、大手レコード会社のプロデューサーの目に留まり、メジャーデビューも果たした。
しかし、依然としてその正体は謎のまま。
熱狂的なファンを自認する彼女、朱美としてはどうしたって自分の憧れについて『知りたい』と思うのは無理がない・・・・彼女はそう思ったと、熱っぽく俺に語ってみせた。
『悪いが、ストーカーの手助けなんかするつもりはないんだが』
『私がそんな浅はかな人間に見えますか?』
きっとした表情で彼女は真正面から俺を見た。
『見えない』俺は答えた。
確かにその眼差しには少しも異常なところは見られない。
俺だって、ああは行ってみたものの、もう金は受け取ったのだ。
ここで断る訳にもゆかない。
『分かったよ・・・・じゃあ、引き受けよう。その代わり、契約条件はいつもの通りだ。学割も利かないぜ』
『結構です』
彼女の声は、どこまで毅然としていた。
日活映画華やかなりし頃なら、立派にヒロインを張れただろうにな・・・・
俺はそんなことを考えて、心の内で苦笑していた。
請け負ったからには仕事にかからねばならん。
俺はまず櫻木淳の所属しているレコード会社、所属事務所にコンタクトをとってみたが、どこも何故か酷くガードが堅い。
特に所属事務所に至っては、まったく取り付く島もないという有様だった。
だが、俺とてもプロの探偵だ。
見損なって貰っては困る。
正攻法がダメなら、法すれすれのやり方だってあるものだ。
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