考え
第二話ー老夫婦
出撃後の戦車の手入れは欠かせない物だ。銃と同じように、使えば使うほど汚れも溜まるし故障が多くなる。戦闘途中に故障しないよう重要な各部を見ていく。先ずは砲閉鎖機から、最後に砲身を磨いていく。長く大きな鉄棒の先に乾燥した布等を固定した後、徹底的に砲の中を掃除する。これはかなり力が要る労働でありながら自分はこの作業を意外と気にいっている。何故だろうか。
無骨な形をしたYJ-2(ヨシフ書記長の名前を冠する)、このシャシャ(アナスターシャ戦車長が決めた愛称)は幼い少女のような名前に似合わない実に男らしい図体をしている。やや前に設置された巨大な砲塔はまるで巨人のようで、丸みを帯びている傾斜装甲だ。主砲は43口径122mm砲。砲手であるドミトリーは命中精度が悪いと酷評しているがそんな彼も威力には満足そうだ。例えば1000m前ぐらいにMG陣地があるとする。コンクリート等で補強されていなければ大概高爆弾でイチコロ。爆発範囲が結構有る為、精度はそんなに気にしなくても良いと言う。
ふとシャシャの外見を見ると何発かの不貫通弾が目に留まった。今更ながらもしもその弾が貫通していたなら・・・と考えてしまうのは自分の悪い癖だった。塗装された赤い星マークの若干左上側に見事に刺さっているのを注意深く抜き取った。そして危険物収集所に持っていく。収集所は自分たちの中隊が駐屯しているトムキン村の外れに位置していた。帰る途中、イヴャンと出会った。
「ああ、マリアか。今から一緒に飲みにいかないか?」彼はくいっと手を動かした。
「えっ、イヴャン。私達は飲酒禁止でしょう?」私が素直にそう言うと彼は笑いを堪えながら言った。
「いやいや、酒じゃないんだなこれが。牛乳だよ。村人からの提供品だそうだ。」イヴャンは二つの内一つのコップを私に差し出した。
「もう勘違いしたじゃない。はあ、分かったわよ。飲みに行きましょう。」私は呆れた。
彼は時々、じゃなくてほぼ毎日私をからかう。・・・それがいやじゃないけど。装填手である彼は私より背が長い。そして21歳なのに未だ子供のようだ。ちなみに私の歳は23。まあ親しくするのは悪くないし彼は華奢で魅力的、そして根っこは良い人物だ。ただからかい上手なだけ。
村の中央に位置する司令部を抜けた先にある、とある民家の前で兵士たちの行列が出来上がっていた。此処が牛乳を配る所らしい。クネクネと蛇のように動く行列の一番後ろで二人は待った。意外と何分もかからずに牛乳を一杯貰う事ができた。
「それじゃあ、マリアと勝利の為に乾杯!」すかさず私も言った。
「イヴャンと勝利の為に乾杯!」
ゴクリと白い液体を飲み込む。すぐさまひんやりとした感触と甘い味が舌から伝わってきた。
(美味しい・・・)
配給される戦闘食料と雪を溶かした水を飲む毎日の中、この味は新鮮だった。そう新鮮。何時の間にか忘れていた物だ。横を見るとイヴャンも驚きを隠せない表情だった。彼は一気に飲まず、大事な宝物のようにコップの中身を見ながらちょびちょびと飲んだ。
「老人みたいよ、イヴャン。」私は少し彼をからかった。
「俺が老人だって?」彼は一つ面白い考えが浮かんだ顔をした。
「それじゃマリアは
「キツイお言葉ね。
「そりゃ悪かったね、
急に会話が途切れ、私とイヴャンは見詰め合った。
「・・・ぷっ。」
「・・・あはは。今、私達馬鹿みたいだったね。」
「「ははは。」」二人の小さい笑い声が何処までも聞こえる気がした。
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