第1話 異世界始めました

 

( ;´Д`)





ある男が深い森の中をさまよっていた。着ているワイシャツとズボンを限界まで捲り上げ首にタオルを巻き付けている。いかにも珍妙な格好をしているが、今は少し置いておこう。



  「暑い。」




 彼は誰もいない森の中を歩き続ける足を止め額の汗を拭った。そして大きなため息を吐くと木の陰に腰を下ろし大の字になって寝っ転がった。


「もー、知らん!疲れた!ここ何処だよ!」



 今まで溜めていた数々の愚痴が静寂の森に響いた。自暴自棄になった彼は携帯の電源を入れ、通話のボタンを押す。


 ………………まぁ出るわけもない。



 盛大な舌打ちをし、続けて会話アプリを開く。部活のグループに「今よく分からない場所にいるので遅れます。」と送る。だが、しばらく待っても既読は一件もつかない。そして彼はもう一度盛大な舌打ちをした。



「もう何これ?新手のドッキリか何か?まじ信じられないんだけど。」



 イライラが募り今半分キレている。歯をギリギリと噛みしめ木の影へとふて寝をする。見上げた空には、。それをさほど気にしていない彼はどうりで紫外線が強いわけだと勝手に納得した。


 何処かで鳥が飛び立つ音がした。次の瞬間、彼の目の前を何匹かの小さな緑色の小人のような生き物が一斉に走りすぎていった。その顔は恐怖に怯え歪んでいる。そしてその後ろを巨大な何かが追いかけている。

 その何かは大昔に存在した恐竜プテラノドンを彷彿とさせる大きな翼を器用に使い彼の目の前を低空飛行してみせた。現代の恐竜博士が見たら卒倒するくらいの偉業を彼は見物していた。



「………………。」



 もちろんそれをバッチリ目視していたわけだか、不思議とイライラのお陰からかあまり驚く様子を見せない。というか彼自身なんて喋っていいか分からないのが本音だろう。そしてしばらくすると小人達が走り去った先からキィー!という断末魔が聞こえる。



 一つ、また一つ断末魔が連鎖していたが、ある瞬間を境にピタリと歪んだ絶叫が止んだ。そして先ほどの翼竜が低空飛行で戻ってきた。その口に緑の血をべっとりとこびり付いて……。それを見て思わず彼の頭が真っ青に冷えこんだ。


 彼はゆっくりと立ち上がり、バックを背負った。翼竜は口周りについた血を嬉しそうに舐めとっている。幸運にもこちらには気付いていないようだ。



 大きく深呼吸をした後、今までに出したこともない力で森の中を全力疾走を繰り出した。もうほんと必死に、何度も転びそうになりながらも足元の悪い道をガムシャラに走りまくった。



 叫び声すら上げたら殺される!死にたくない!という一心で彼は走り続ける。

 その息が続く限り、顔から出るもの全部出ていながらも走る彼の名は板元 健 いたもと けん。性格的が少しひね曲がっている高校生2年。



 この世界の『主人公』である。






 _:(´ཀ`」 ∠):



板元 健


身長180センチ 体重70キロ手前



 一言で彼を説明するならばそれは『面倒な奴』である。



 少しクドイというかしつこいと言うかクラスに一人入る何考えてるかイマイチ分からない奴、それが彼である。立場的に言うと『昔あんな奴いたなぁ』と思い出されるくらいの人物なのだ。

 引っ込み思案とかでもなく、対人恐怖症でもなければ、コミ症でもない。普通に話すこともできるし、顔もどちらかと言えば広いほう。だがおそらく一般的な男子高校生と比べるとちょっと変わっている。



「ちょっとマジで何なんこれ。異世界転生とか聞いてないんだけど。」




 場面は変わり鬱蒼とした森の中を抜け広く見晴らしの良い草原へと変わった。息が枯れ、彼のシンスプリントの右足が悲鳴を上げている。



 そして大きく息を吐きその場に座り込む。




 バックから水筒を取り出し水分を口いっぱいに含んだ。今日は部活に行く予定だった為中身はスポーツドリンクだ。水分を取り込みひとまず考えを纏めようとする。


「異世界転生っても色んな種類あるけど、これはちょっと酷くない。下手したらあの森で既に死んでててもおかしくないよね。」



 またこの世界に呼んだ誰かに対してイライラしてきたのでスポーツドリンクを飲み込み頭を落ち着かせる。今ある情報は、ここが異世界である事と太陽が二つある事と翼竜ががヤベェということだけだ。


 あまりに情報が少な過ぎると思い辺りを見渡すもあるのはのどかな草原が広がっているだけで他には目ぼしいものもない。



 まるで虫かごの中に放り投げられたカブトムシみたいだ。



「くそっ、なんか腹たつ。」



 怒ってもしょうがないと水筒をバックに詰め立ち上がった。まずは情報を集めなければという考えの元何もない草原をグルリともう一度見直す。



「おっ、あれ人じゃね。」



 すると丁度ここより少し先に行ったとこに人影を発見した。フードをかぶっていて顔はここからでは遠くてよく確認できないがガタイの良さと背格好からしておそらく男性だろう。

 異世界でも初のコンタクトがフードを被った怪しい野郎なのはどうにも腑に落ちない。こんなんならエルフの女の子とかが良かった!という気持ちを些か残すが、まずは情報を集めないと行けないという謎の使命感に駆られ彼はバックを背負い男の元に向かう。



「よーし、深呼吸。ふー、……あのーすいません。」



 若干緊張気味に声をかける。理由は二つ、一つはもしかしたら言葉が通じないんじゃないかという不安、そしてもう一つは声をかけた瞬間にいきなり殺してこないだろうかという恐怖だった。人一倍臆病で根暗な彼は初対面の人間に、ましてや異世界の人間が日本のように友好的とは限らない。緊張しながらフードの男の返答を待った。



「………………。」



フードの男はこちらを見ていた。声をかけた筈だが一向に返事がない。もしかして本当に言葉が通じてないと過ぎった彼だがめげずに再度コンタクトを取る。



「私は、えーっと板元 健と申します。私の言葉がわかりますか?」



 彼はゆっくり丁寧に言葉を選んだ。額の汗が彼の右手にかかる。これはヤバイかも知れないと思った時だった。



「……えぇ、分かりますよ。」



 その一言を聴き心の底から良かったと痛感した。言葉が通じない系の作品でも最初からこんな風に外にほっぽり出された場所からスタートするっていう鬼畜な奴は見た事なかったしな。ほんと言葉通じて良かった。



「あのですね。自分この世界…いやいまこの場所がどこか分かんないんすけど、少し教えてもらってもいいです…かね?」



 取り敢えず、まずはこの第一村人に質問タイムだ!少しでも情報を引き出すぞ!



「うーん、答えたいのは山々なんだけど今実はね。私急いでいるんだよ。」



 は?


 そう言うとフードの男は早々と俺の横を通り過ぎていった。



「ちょ、ちょっと待てよあんた!」



「大丈夫。ここは人が通りやすいから、少し待っていれさえすれば誰か来るよ。それじゃぁ。」



 俺は大声で男を呼び返したが、いつのまにかフードの男は草原の中に消えていった。




「(最悪だ。言葉が通じるのは分かったけど、第一村人に逃げられるなんて。俺の異世界人生ここで完!になってしまう。)」



 さっきの男が言った通りならここは人通りが良いという事だったのだが、まるで信用できない。拍子抜けだ。こんなのありかよ。恐らく彼の質問を回避したいがための嘘の口実だろう。またしても彼のイライラは募っていた。



「(くっそ!なんでこんなとこまで来てイライラしなくちゃなんねぇんだよ!イライラするのは部活の顧問の大声以外いらねぇーつうの!)だぁぁーーー!この人でなしくそフードぉぉぉーーーー!!!!」



 その声は森の奥に反響し辺りに響いた。声が次第に小さくなり聞こえなくなった時、何処からか大勢の鳥が飛び立つ音が聞こえた。



「……えっ?」




大勢の鳥達はまるで何かから逃げるかの様に飛び去っている様に見えた。



 その数秒後、




 森の木が倒れるくらいの旋風が吹いた。


 目が開けられないくらいの風の中……その声は確かにそれは聞こえた。



「おい。」



 凛とした声が聞こえた。しかもそのソプラノ質の高さからして女性だろう。さっきまで誰もいなかった筈なのに何故急に女性の声が聞こえるのか。そう考えてる間に風は止んだ。

 彼は恐る恐る目を開けると思わず息を飲んだ。



 それが空からの来訪者だった。



 びっしり鱗に覆われた強靭な脚が地についた時、地響きが起こる。広げると人間の視界を覆い尽くしてしまうほど大きな翼が羽ばたくと、草木が傾く。そしてその恐竜の様な巨大な身体は彼の小さくか弱い影を飲み込んだ。その無数の牙が並んだ口が咥えていたいたのはさっき木陰で見た謎猛獣の1匹だった。




 ドラゴン



 日本昔話とアニメぐらいでしか見たことのない伝説上の生物が今彼の前に立っている。そのドラゴンはさっき小人を食い殺していた翼竜を容易に噛み砕き、咀嚼し、飲み込んだ。返り血が飛び、彼の頰にまだ生暖かい血が飛び火した。だがそのドラゴンはまだ物足りないのか長い舌を出しながら彼をにらんだ。





「(あぁ、これ死んだ。これ絶対死ぬでござるの巻の段だよね。)」



 彼は一人思考の中で絶望の三丁目で踊り狂っていた。するとドラゴンの頭の上に人影が見えた。彼の1Dayのコンタクトで見えたのは一人の女の姿だった。顔はかなり欧米に近い、だがその顔の美しさといったらいつもテレビなんかで見ていたハリウッドの女優程整った顔立ちをしている。身長は結構大きい、180センチの彼より少し低いくらいだろう。長髪で髪の色は白に近い銀色をしていた。さっきトップの中聞こえた凛とした声は彼女のものだったようだ。



「…………見つけたぞ。」




 幸か不幸か彼は新しい第2村人を呼び出していた。だが、それは同時に彼にとって最初の災難の始まりだった。







( ;´Д`)




 以外にも彼の内心はかなり浮かれていた。よく考えれば今までの人生で彼女なんていたこともなかった思春期真っ盛りの男子高校生が、生でハリウッドの女優を見たらテンションだって上がるに決まっているだろう。しかしその興奮はすぐに下がった。



「(めっちゃ綺麗だけど、何か眩しすぎるんですけど。目なんか合わせたら絶対嫌な顔するってこれ。)くそ、この世の美形に生まれてきたやつ全員死ね。」



「なんか言ったか。」



 卑屈すぎる彼の考えは彼の知らぬ間に口に出ていたようだ。そんな彼の言葉を聞き、謎の銀髪ハリウッドは顔をしかめる。



「(やばいやばい言葉に出てた。取り敢えず、異世界の第2村人なわけだしコンタクトを取るしかない。)」



「おい。」



「あ〜、すいません。少しこのドラゴンをみて驚いてしまいまして、いやぁそれにしても大きいですね。」



「………………。」



 彼の得意なおべっかも謎の銀髪ハリウッドには効果がなかったようだ。お前から話しかけてきたくせに無視すんじゃねぇよ!と言いかけたがそれを飲み込み、仕方なくここは穏便に事を荒立てないように彼は自己紹介をすることにした。



「えーっと、僕は板元健と言う者なんですけども。失礼ですけど貴女は?」



「板元、変わった名前だな。どこの国から来た?」



「日本っていう国です。」



「ニホン?知らん国だな。」





 謎の銀髪ハリウッドは服のポケットから手帳を取り出しそこに文字を書き込んだ。



「それで……ですね。僕ここに来てとても困っているんですよ。どうにか助けてもらえませんかね?」



「少しうるさいぞ。今調書を取るから黙って待っていろ。」




 その言葉に彼は少しカチンとした。



「いやですから、助けて欲しいなぁーって。」


「罪状は王宮の宝物庫に侵入したのと、器物損害だな。」



 結構カチンと来た。




「いやだから。」


「静かにしていろこの盗人が!」




 その時彼の身体のどこかからスイッチの起動音が鳴った。

 元々彼は短気ではない、別に誰かにいじられようと悪口を言われてもキレることはない。しかしたまに彼の機嫌がすこぶる悪い時、例えば、知らない土地に急に放り投げられ右も左も分からないまま数十分汗だくのまま歩きまわり、初対面の謎の美女に無視されいきなり盗人だと言われたなどの事があると流石にブチギレる。

 美女に罵られるのがご褒美だとか言う輩もいるが生憎彼はそういう人種ではなかった。ロリだろうがショタだろうが、美女だろうが切れる時は切れる。彼はそういう人間だった。





「あのさぁ、さっきからなにをずっといい女風装ってるけど全然似合ってないからね。調書とかカッコつけてるけどどうせその手帳も昨日買ったばっかとかなんだろ。やめてよそういうできる女アピール、結構寒いよ。」


 彼は思いっきり眉間にシワを寄せ、息つく間ない饒舌を披露した


「貴様!わt「いやそういう貴様キャラとかいいからさぁ。てかなにそれ格好いいとか思ってんの?言っとくけど全然だからね。ゼロよゼロ、小数点じゃないだけいいって思いなよ。」な、なんだと!」



 女は彼の言葉に激昂を露わにするが、そんなのも気にせずまくし立てる。



「それにしてもさ銀髪でしかも美人でドラゴンに乗ってるって設定過剰すぎてドラゴンの方にしか目がいかないんですけど。なに考えてんのか知らないけどまじそういう適当ないい加減な事しないでくんないほんと。どうせ家では物が溢れかえってるダメ人間ぶりを発揮してんだろ。27にもなって結婚の1つもしてない、処女女なんだろ!」


「なななな、なにを言ってるんだ貴様は!」



 女は思わず頰を赤くした。そういう下ネタに耐性がないのかそれとも本当に処女だったからなのか。だが彼はそんなことは気にしない。逆ここまままくし立てれば折れると確信し、ニヤついた。



「ハイ図星確定っ!やっぱりそうだと思ったんだよ!周りが結婚とかしてる中自分だけ取り残されるってどんな気持ち?ねぇどんな気持ちなんだよ!俺まだ17だから二十代後半特有のそういう焦りとか知らないんだよねぇ。」わ、私は……「いや涙目になられても分かんないんだよねぇ。言葉で仰って頂かないと!ハイ123ワンツースリーどうぞ!…まぁ、言えないよね。だって私はまだ27だもんねぇ!」




 第三者からの視点でこの場を考察するならば、完全に男の方が悪いというだろう。下品な笑いと多弁にものを言わせ美女を泣かせる男子高校とドラゴンに乗り泣いている銀髪の美女、酷い絵面だ。



 ある程度の暴言をぶち撒けた後彼は理性を取り戻した。



「(やばいやっちゃった。)」



 少しやり過ぎたと少し後悔していた所、銀髪ハリウッドは涙を拭った。そして何かを呟いた。



「………………する。」


「えっ?なんて?」


「今からお前をフリッズ王国に連行する!」




 女の声と共にまた旋風が走った。銀の翼をはためかせたドラゴンが宙に浮き始めた。本能的に危険を感じた彼はバックを抱え逃げ出した。



「それはずるいだろぉぉぉぉぉ!」



「うるさい!黙れ!ばーか!後私はまだ26だ!」



 いらん情報も入ってきたが、もちろん人間がドラゴンに敵うわけもなくすぐに追いつかれた彼は鱗に覆われたドラゴンの腕に捕まった。




「このまま本国へ帰還する!」




 急旋回の後翼が羽ばたかれると猛スピードの風が彼の顔を直撃する。家の扇風機の強の数十倍ある風力が彼を襲った。



「くそぉぉ!こんな異世界嫌だぁ!」




 彼の悲痛な叫びはあっさりと風に掻き消されるのだった。









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