スナップヒーロー
ジョーク好き
最低の勇者の誕生
プロローグ
2つの太陽の光が容赦なく俺を照らす。
体はとうに限界を超えている。頭はガンガンするし肋骨は折れてるしここから起き上がるメンタルも残ってはいない。
ふと顔を横に向ける。
そこにはあるはずの腕がない。
赤い切り口からは現在進行形で尋常じゃない程の血が噴き出している。でも…ここはポジティブに考えよう俺がこうやって思考が働いている。それはつまりまだたくさん体の中に血液が残っているという証拠になる。
……尋常じゃない程痛いけど。
今までの人生で味わった事のない苦痛が今この瞬間、いっぺんにやって来ている感じがする。…こんなことになるんならあの時無理して学校なんか行くんじゃなかった。
あそこで引き返していたらどんなに楽だったか。少なくともこんな大惨事にはなっていなかったはずだ。
残り少ない血液で思考を巡らせる俺の前に一人の男が現れる。ちょうど太陽の光の逆光で顔が見えない。でも…確かこいつは、イケメンだった気がする。
「さぁ、立ちたまえ。君にはまだ倒れて貰っては困るんだよ。この群衆に君の無能さを知らしめなくてはなければいけないのだから。」
男が口を開く。名前は……なんだっけ?昔から人の名前を覚えるのが嫌いだったな。
耳も目も悪いし、最近では腰痛にも悩まされている。部活のし過ぎだろうな。
群衆と言ったか。耳を澄ませば俺の周りを包み込む罵声、この男を讃える賛美の声、いじられ役だった俺にとっちゃ慣れ親しんだ言葉の数々だ。
人に見下されるのも、馬鹿にされる事も慣れたもんだ。だがそんな自分の諦めた思いとは別に、俺の心には何かが溜まっていった。
「……理不尽だ。」
誰にも聞こえないであろう俺の本心。こんな事になってからずっと思っていた、『理不尽』という感情。
……いやずっと前から思っていたのかも知れない。
ボコッ!
男に蹴られる。群衆はそれをみて歓声を上げる。俺は胃液を吐き出し仰向けになる。これじゃあまるで見世物のピエロだ。
なんてことない。この世は弱肉強食。強いものが勝ち弱いものが負ける。今現在でもこの四字熟語には絶望させられる。
それにこの決闘だってこの男のワンマンショーだ。百戦錬磨のイケメン剣士とただの一般ピープル。勝敗なんてとうの最初に決まっている。
「全く。これじゃあ僕の強さが全然証明できないじゃないか。こんなものかい異世界の住人ってのは。」
……あぁあ、こんなもんだよ。
少しの筋肉痛でも体が悲鳴を上げるんだ。その程度なんだよ、俺は。
紅くヘモグロビンまみれのドロドロの血がかつて腕だった場所から流れ出る。
そして血が流れ出るのに比例して、
心に何かが溜まっていく。
溜まっていく。
「そろそろその剣返して貰うね。もともと僕が貰うはずだったんだから。まぁ気のせい
男が俺の顔を覗き込む。見下している。あぁ、なんかこう走馬灯らしき物が見えてきた。血がそろそろ足りなくなってきた。そして光を失った俺の瞳は次第にかすみ空になりつつある。
男の手が伸びる、俺が握っている半分の剣に目掛けて。世界がスローモーションになる。その一秒一秒が永遠に思える程長い。
ここで目を閉じたらどれだけ楽だろうか?起きたらまた普通の日常に戻れるのだろうか?こんなクソみたいな現実から帰って来れるのだろうか?
そしてふとある言葉が頭をよぎる。
…………現実ってなんだっけ?
今呼吸をして、日差しが眩しくて、尋常じゃない腕の痛みを感じる事が本当に現実なのか?
「……ふざけんなよ。」
何が勇者だ。何が世界の救世主だ。俺はそんな大それた奴じゃないし、善人でもない。他人がどうなろうと知った事かよ。
俺は俺の為に生きてんだよ。人の名前を覚えないのも元々人間が嫌いだからに決まってんだろ。
人の顔を伺って、それでも生きにくくて、罵倒され、死んで行く。大きな不幸と小ちゃな幸せじゃぁ不釣り合いなんだよ。
今俺の前にいるこいつは多分幸せだろう。
だが俺は不幸だ。何が違う?成功者は決まってイケメンか美女と相場が決まっているからか!ふざけんじゃねぇ!恐らくこの世界にいる主人公もきっとイケメンなんだろうよ!
残念な事に自分でも自分がよく分からなくなって自分のことが大嫌いな俺にそんな器はない。
そしてさっきからどんどん溜まっていく
…………
……あぁそうか。これは不満なんだ。ストレスなんだ。
理解したよ。
そして俺は男の腕を掴んだ。
驚きの表情を浮かべる男。
そして俺は爆発した。
不満というニトログリセリンに怒りという着火剤で火を付け、この無限に湧き上がってくるストレスを消し去って
この世界に
反抗してやる。
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