第58話 お昼ご飯をご一緒に

「エヴェリンさん、じゃあモニターとして使ってみます?」


 メイはそう言って、もう一つのクリームを取り出した。


 自分には必要ないし、材料は庭で採れるからまたすぐに作れる。

 それよりも効果がどうなるか、試してもらいたかった。


「良いのですか?」


 そう言いながらも、手にはしっかりとメイの取り出した保湿クリームがある。


「一週間くらい使ってもらって、大丈夫そうなら売りに出せるかなぁと思うんですけど。……もし肌荒れとかがあったら、これ飲んでください」


 万が一のことを考えて、メイはポーションもエヴェリンに渡す。

 こちらもしっかりと受け取ったエヴェリンは、満面の笑みでメイにお礼を言った。


 目薬の方は、目の悪い人がいた時に使ってみるということで、商業ギルドに預けてきた。


 どちらもまずはサンプルとして渡すつもりだったので、問題はない。

 メイは将来的に売れるようになったらいいなと思った。


「そうだ。ジークさんたち、お昼ご飯はまだですか?」


 商業ギルドを出たメイは、一緒に外に出てきたジークたちを振り返る。


 まだお見送りのエヴェリンが商業ギルドの入り口に立っていて、メイたちに軽く手を振ってから奥へ戻った。


「ああ。メイもこれからか?」

「そうなんですよ~。良かったらこれから一緒に食べに行きませんか?」


 もちろんメイたちが行くのはカムルのお店だ。


 メイはその店の主人であるカムルの娘の三姉妹と、ひょんなことから知り合いになり、それでリンツの街に来た時には立ち寄るようにしている。


 前回行った時にはメイがアドバイスしたスープカレーがいよいよ完成しそうだということだったから、きっと今日行けば、この世界初のカレーが食べられるのではないかと期待していた。


「別に構わない」


 ジークがそう言うと、アレクが興味津々といった風にメイの顔を上から覗きこむ。


「もう行きつけの店ができたのか?」

「ふふふ。お勧めのお店があるんですよ~」


 メイはそう言って、表通りから一本外れた奥の店へとジークたちを誘う。


「もしかしてリズのところに行くのかい?」


 メイの横をぽてぽてと歩いているオコジョさんが聞く。背中の小さな羽も一緒に動いて揺れていた。


「うん、そう。あっ、どんな料理が出るかは言っちゃだめだよ。食べてからのお楽しみだからね」


 メイはシーッと唇に手を当てて、楽しそうに笑う。


 黒髪はともかく、赤い目は魔力が高い印で畏怖されることも多いのだが、メイは幼い顔立ちで表情もくるくると変わることから、ジークたちは庇護欲を感じている。


 それに他に例を見ないほどの世間知らずだ。


 自分たちが常識を教えてあげなければ、きっとそのうち大変なことが起こってしまうに違いないと思っていて、それについてはジーク以外の二人も深く同意してくれている。


 一応、メイの保護者はオコジョという他に見たことがない獣人なのだが、これがまたメイに輪をかけて常識を知らない。


 どうやら霧の森の奥にある『界渡りの魔女』と呼ばれる凄い魔女の家に住んでいたようなのだが、その家の中だけで生活ができてしまったらしく、今まで一度も家の外に出たことがないらしいのだ。


 もう一人の保護者である目つきの悪いニワトリは、かつて国滅ぼしの黒竜と呼ばれていた存在だという疑惑もあるのだが、ジークたちはあえて深く考えないようにしている。


 ミスリルランク冒険者である彼らは、世の中には深く考えてはいけないこともあるのだということをちゃんとわきまえているのだ。


「じゃーん。ここでーす」


 あるお店の前で立ち止まったメイは、両手を広げてにっこりと笑った。

 なにやら今まで嗅いだことのない、香ばしい良い香りがする。


「ここは……カムルの店だよね?」

「クラウドさん、知ってたんですか?」


 クラウドが懐かしそうにお店の看板を見上げる。

 料理を出すお店だとすぐに分かるように、そこにはナイフとスプーンが描かれていた。


「前と少し名前が違うね」

「今は娘さんたちが、病気になったお父さんの代わりにお店をやってるんです。といっても、もうお父さんは元気になって一緒に働いているんですけどねー」

「そうなんだ」

「はいっ。ではカムルのお店改め、スープカレー・カムルのお店へようこそ~♪」


 メイがそう言って扉を開けると、おいしそうなカレーの匂いがクラウドたちのところにも届いた。


「スープカレー?」


 聞いたことのない名前に、クラウドが首を傾げる。

 そして店内に一歩入った途端に漂う、鼻を刺激する匂いに立ち止まった。


「なんだろう……。いい匂いっていうわけじゃないのに、お腹が減ってくる……」


 クラウドと同じく立ち止まったジークも「変わった匂いだな」と店の中を見回した。


「あ、メイしゃんだ。いらっちゃーい!」


 メイを見つけて元気よく駆け寄ってきたのは三歳くらいの幼女だ。蜂蜜色のふわふわした髪に青空のような瞳を持っていて、とても可愛らしい。


 このスープカレー・カムルの看板三姉妹の末っ子、ミティアだ。


「メイ、久しぶり~」


 トレイを持ったまま振り返った赤い髪をポニーテールにしている少女はメイと同い年のリズで、奥の厨房から顔をのぞかせている落ち着いた雰囲気の薄紫の髪の少女が、長女のルナだ。


「いらっしゃい。今日はお友達と一緒なのね」


 そう声をかけつつも、ルナはメイと一緒にいるジークたちの姿を見て驚いた。


 ルナたちの父が元冒険者ということで、この店にはよく冒険者が食事にやってくる。


 だがジークたちのようなミスリルランクの冒険者たちはもっと高級なお店で食事をするので、ここに食べにきたことは一度もない。


 だから、こんなに近くで見るのは初めてだ。

 遠くから見るよりもずっと素敵で、ルナは思わず顔を赤くした。 

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