第57話 保湿クリーム
「錬成で部屋を作るのか?」
ジークの質問に、メイはロボをなでる手を止めて「違いますよ」と答える。
「まずは階段を作るんです」
「……ずいぶん豪華な階段だな」
「ですよねー」
扉だったらもっと手に入りやすい材料で作れるのかもしれないが、本にレシピが載っていないのだから確かめようがない。
「とりあえず探してみて、見つからなかったら、他の方法を考えます」
別にどうしても増築しなければいけないということもないけれど、やるだけはやってみようとメイは思った。
ジークたちは、メイの依頼を二つ返事で引き受けた。
絶対にユグドラシルを見つけなければいけないという条件ではないし、たとえ見つからなくても報酬としてメイの極上ポーションがもらえるのだから、断る理由がない。
むしろ、ユグドラシルを探す間に他の依頼を受けてもいいということだから、ジークたちにしてみれば、森の探索にメイを連れ歩くだけの話だ。
しかもメイは見かけによらず強い。
「良かった~。じゃあ次にジークさんたちが森の探索に行く時に、私も連れていってくださいね」
「では森のあの家に迎えに行けばいいかな」
「そうですね……。そろそろ一週間に一度の七つ葉(セブンス)クローバーが現れる頃だから、みんなでたくさん収穫しましょう!」
界渡りの魔女の残した庭では、一週間に一度、七つ葉のクローバーが現れるのだが、それを収穫するとなぜか二十分間、収穫量が二倍になる。
魔法の庭では収穫したものが翌日には復活しているから、普段の生活でメイが特に七つ葉のクローバーを探すことはない。
たまにクローバーを見つけて採っても、素材が多すぎて採り切れないことが多いのだ。
金の実と卵だけはもらうことにして、後は自由に採ってもらおうっと。
メイはジークたちに、後でそう提案しようと思った。
「それは凄い! シャングリラや妖精の羽をまた収穫できるかな」
収穫と聞いて、薬師のクラウドが身を乗り出した。
「なんと! そのような素材があるのですか?」
幻の素材がすぐに手に入ると聞いて、商業ギルドのギルド長であるヴィクターが顔色を変えた。
シャングリラの花を蜂蜜につけると若さを保つ秘薬になり、妖精の羽は目の病に効く。
そのため商業ギルドでは常に冒険者ギルドに素材の依頼をしているが、滅多に手に入ることはない。
なぜならシャングリラはハーピーの住む高い山の上に咲く花で、妖精の羽は、その名の通り妖精が暮らす秘境でないと滅多に咲かない。
どちらも幻の花と呼ばれており、手に入れるのが非常に難しい花だからだ。
「あ……」
喋りすぎた、とクラウドが自分の手で口をふさぐが、もう遅い。
ジークとアレクは、クラウドの失態に、天を仰いでいる。
だがメイは、彼らのそんな様子には気づかず、いつもの調子で明るく言う。
「そういえば、クラウドさんのおかげで、シャングリラと妖精の羽を使って作る薬のレシピが増えたんですよ。ほらこれ、保湿クリームと目薬です」
そう言って、真ん中にハート型のピンクサファイアのような石が入っていて、その横に羽の模様が刻まれている銀色の腕輪から、小さなガラスの容器を二つ取り出した。
それは明らかに、メイの作るポーションと同じく、とんでもない効果を持つ薬だろう。
ジークたちは、その小さな容器に注目した。
メイはなぜ注目されているのかよく分からずに首を傾げる。
保湿クリームとか目薬って、そんなに珍しいのかなぁ。
でも保湿クリームは若さを保つ秘薬って言われてるわけだし、あんまり市場に出回ってないのかもね。
メイはそう納得すると、鑑定したがっているヴィクターに保湿クリームと目薬を渡した。
一応ジークも鑑定できるが、商業ギルドのギルド長であるヴィクターのほうが詳細に鑑定できるから、この場を譲ったのだ。
「メイさん……。保湿クリームとおっしゃいましたが、どのような効能の薬を作ろうと思ったのですか?」
「えーっと。肌にうるおいが出て、すべすべもちもちになります」
メイはまだ若いから一度も保湿クリームを使ったことがないが、確かそんな効能を謳っていた記憶がある。
錬成のレシピでは『保湿クリーム』という名前になっているのだから、性能もそんなものだろう。
「確かにこのクリームを使うと肌にうるおいが出ますが、それだけではありません」
銀縁眼鏡をかけ直しながら断言するヴィクターに、ジークたちは「そうだろうな」と小さく呟いて遠い目をする。
大体、メイが作ったもので、規格外じゃないものなんてないのだ。
きっと今回もとんでもない効能が含まれているのだろう。
「その効能とは」
「効能とは?」
ヴィクターは、自分の言葉につられて繰り返すメイをじっと見つめた。
そしてガラスの容器のふたをきっちりと閉めてから口を開く。
「若返りです」
「買います」
ヴィクターの言葉を聞いて、髪の毛をきっちりまとめて仕事のできる女といった印象のエヴェリンが、間髪を入れずに口をはさんだ。
あっと口に手を当てているが、思わず口に出てしまったのは本音だろう。
仕事一筋に生きてきたエヴェリンだが、そろそろお肌の曲がり角になる年頃だった。
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