第48話 デザートは!?
あっ。いけないいけない。私だけで食べないで、皆にも分けてあげなくちゃ。
メートルドテルバターを凝視しているヘルベルトさんたちにも分けてあげると、皆目をつぶってお肉を味わっていた。
「黄金牛というだけでもおいしいのに、さらに高みに行くうまさだ。……これは王宮の料理として出しても遜色がない」
「バターもそうだが、このスパイスが絶妙だな。これもあの庭で収穫できるのか?」
ヘルベルトさんとジークさんが凄い勢いでお肉を完食した後、ほぼ同時に身を乗り出した。
こうして見ると、兄弟だけあって二人とも似てるなぁ。
もう一人の兄弟であるアレクさんは、お肉のお代わりに夢中だけど。
「……この辺りでは胡椒は採れないんですか」
「聞いた事がないスパイスだ」
そっかぁ。
胡椒って確かインドとかそっちの方で採れるんだよね。丸くて黒い実をペッパーミルでゴリゴリ削るくらいは知ってるけど、あの黒い実のまんま木に生ってるのかどうかは知らない。
……うん。味わって覚えてもらって、探してもらえばいいよね。
その為の冒険者だしね! たぶん。
「舌にピリッとくるな。それがまたたまらん。このコショウとやらがあれば、いくらでもお代わりができるんだけどなぁ」
遂に三回目のお代わりをして、もう最後ですよと釘を刺されたアレクさんが、悲し気に肉をフォークに突き刺した。
「色んな料理に合いますしね」
「どんな形をしてるんだ?」
「丸い実だってことしか分かりません」
種が手に入ればいいんだけど……。
「胡椒なら、コッコさんに頼めば大丈夫だよ」
レアステーキを食べて満足したらしきオコジョさんは、白いナプキンで上品に口を拭いた。
「そうなの?」
「うん。コッコさんの、えーと、弟子? みたいなのが持ってきてくれると思う」
コッコさんの弟子っていうと、ペルシオみたいな子分が他にもいっぱいいるってことかな。
確かにコッコさんなら世界中に子分がいてもおかしくないもんね。
「ただ自分たちで胡椒を探して栽培方法を確立した方がいいとは思うけどね。世界中に流通させるだけの量は、あの庭では栽培できないから」
「確かに、そうだな」
実際に庭を見たことがあるジークさんが頷く。
「商人ギルドにも依頼を出しておこう」
ヘルベルトさんがそう言うと、ヴィクターさんが強く頷いた。
商人ギルドの威信にかけて、張りきっちゃいそうだね。
「デザートは果物の盛り合わせでございます」
最後にコック帽さんが持ってきてくれたのは色鮮やかなフルーツの盛り合わせだ。林檎とか葡萄とかオレンジとか、見る限り、私が知っている果物とほぼ同じだ。味も変わらない。
どのフルーツも、瑞々しくておいしかった。
でも、できればケーキとか食べたかったなぁ。それもチョコの。
「ねえ、オコジョさん。チョコって作れないのかな」
「チョコってチョコレートのこと?」
「うんうん」
「原料はカカオマスとカカオバターと砂糖と牛乳だね」
チョコレートがカカオ豆からできてるっていうのは知ってたけど、カカオマスとかバターって何だろう。
「カカオマスって何?」
「カカオ豆の胚乳を発酵、乾燥、焙煎、磨砕したものだよ。外皮と胚芽は工程中で除去されるんだ。液体のものをカカオリカー、冷却・固化したものをカカオマスと呼ぶんだよ」
「そうなんだ~」
普通に豆をゴリゴリ削ってチョコレートにしてる訳じゃないんだ。
「そしてカカオバターはカカオリカーをプレス機で圧搾し、ココアパウダーとココアバターに分離して作るんだ」
「へえええ。チョコの材料ってそうなってるんだ。知らなかった。オコジョさんすご~い。物知りだね~」
思わず手を叩くと、オコジョさんのしっぽがパタパタと揺れた。髭もそよそよと揺れている。
チョコレートってそんな風にして作られてるんだね。
オコジョさんって、実は何でも知ってるんじゃないかな。
もしかして中に猫型ロボットが入ってたりして。
「確かに博識だな。一体どこでそんな知識を得たのだ」
ヘルベルトさんが感心して言うと、オコジョさんは「メイを導くためには色んな知識が必要だからね」と頬をかいた。
「さすが私の『導き手』さん」
さっきよりも強く拍手すると、オコジョさんのしっぽの揺れが激しくなった。
「ぜひその知識の一端でも我々に授けて頂きたいものだ」
ヘルベルトさんの言葉に、オコジョさんは首を振った。
「それはできないよ。ボクはメイだけの『導き手』だからね。界渡りの魔女から授かった知識は、全てこの世界でたった一人の錬金術師であるメイだけの物だ」
そっか。界渡りの魔女から受け継いだ知識だから、この世界だけじゃなくて私の世界の知識もあるんだ。
もしかしてもっと他の世界の知識もあるのかな。
いつか教えてくれるかな。
「じゃあカカオ豆さえあればチョコレートが作れるね」
お砂糖も牛乳もあるから、あとはカカオ豆だけ!
と、思ったら。
「残念ながらこの世界にはないよ」
「えっ、ないの?」
「うん」
「本当に?」
「ボクは嘘なんかつかないよ」
えーっ。ショック!
この世界にチョコレートってないの?
もう、一生チョコが食べられないってこと!?
「錬金で作れないかな?」
「難しいね~。ああ、でもメイが願ったら渡り鳥が種を落としてくれるかもしれないよ」
「……この世界にはないのに?」
「ごく稀に『異界渡りの鳥』が現れるんだ」
「なにそれ」
「うん。ただの鳥のはずなんだけど、空を飛んでるうちにいつの間にか界を渡っちゃうみたい。でも鳥自身には界を渡ってるって自覚はないみたいで、すぐに元の世界に帰っちゃうんだけどね。えーっと、金色に光ってて赤い翼で……名前は『ガルーダ』だったかな」
待って。
それタダの鳥じゃないから!
確かインドの神鳥だから!
神様なんだもん。そりゃあ界渡りくらいしちゃうよ~。
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