第20話 魔女の庭
界渡りの魔女が造った庭は、常に完璧な美しさで存在する。
花のアーチをくぐると、マリーゴールドやクレマチスの花が咲く花壇が現れる。その奥には様々な種類の薔薇が咲き、中央にある噴水は七色に光り、水の落ちる池には睡蓮の花が咲いている。
どこからか漂う花の香りは、薔薇のようにもジャスミンのようにも思える。その日によって微妙に違う香りをかぐのは、実は密かにメイの楽しみだ。
だって毎日同じ庭っていうのも、変化がないもんね。
オコジョさんによると、新たに植物を植えて育てば、その一番良い時期を保持してくれるらしい。
それは箱庭にかかった魔法のおかげである。
不思議なことに、花の香りも実った果実も楽しみたい時は、育ちきる前にその木にお願いすれば、花と実の両方が一つの木に混在するようになる。
今日、森で収穫した草や実も、後でどこに植えるか考えよう。
「なんだ、ここは……」
アーチを抜けて庭を見たジークさんたちが、あまりの美しさに声を失った。
そうでしょう、そうでしょう。
毎日見てても飽きないくらい綺麗な庭だもん。初めて見たら、あまりの美しさに絶句しちゃうよね。
でもクラウドさんが興奮するのは、庭が綺麗だからっていうだけじゃなかった。
「あれは……。幻のシャングリラの花じゃないか! 咲いているのを初めて見た」
クラウドさんが指さすのは、細長い花弁をたくさん持つ、薄いピンク色の花だ。少しでも風が吹くとすぐに落ちてしまう花だけど、風に乗ってふわふわと漂う様子はとても幻想的だ。
「こっちにあるのは奇跡の花と呼ばれる七色の薔薇! あ、あっちには妖精の羽!」
クラウドさんは興奮しながら花の咲いている場所へ近寄っていった。
さっきまであんなに具合が悪そうだったのに、こんなに大興奮して大丈夫かなぁ。
「お、おい、クラウド」
アレクさんが腕をつかんで止めようとするけど、クラウドさんはそれを振り払って花々を観察する。
「ああ、こんな森の中で、まさか幻と呼ばれる花をこれほどたくさん見られるとは。……知っているかい、アレク。このシャングリラの花を蜂蜜につけると、若さを保つ秘薬になるんだ。あっちの妖精の羽は目の病に効く。……なんて素晴らしい。この庭は、薬師にとってどんな王侯貴族の宝物庫よりも素晴らしいぞ!」
へぇ。クラウドさんって薬師なんだ。錬金術師とはちょっと違うのかな。もしかしたら作れるのが薬だけに限定されてるってことかもしれないね。
ふむふむ。
つまり、ここにあるお花って綺麗なだけじゃなくて薬になるんだね。
錬金の本には載ってなかったけど、今クラウドさんから教えてもらったから、載るかなぁ。後でレシピがあるかどうか確認してみようっと。
界渡りの魔女の残したレシピは、新しい植物を採取した時や、新しい組み合わせを聞いた時に増える仕組みになっている。
だから今回もクラウドさんの知識でレシピが増えてるんじゃないかと思う。
それはいいんだけど、このままどんどんレシピが増えたら、あの青い表紙の本は物凄い重さになっちゃうんじゃないかな。
あまりに重くて持てなくなったらどうしよう。
今のところは、そんなに重さを感じないから大丈夫なんだけど。
「ほら、行くぞ、クラウド。お前、死にかかってたんだから、少しは大人しくしてろよ」
あっちこっち見て回ろうとするクラウドさんに、アレクさんが注意する。
そうだよね。毒のせいでまだ体力が落ちてるはずだもんね。
「いや、だがこんなにたくさんの花が……」
「後でゆっくり見てください」
まだ未練がましそうなクラウドさんに苦笑しながら提案する。
もうちょっと体力が戻ってから見ても、お花は逃げないよ?
明日も明後日も咲いてるんだから。
「メイー、お帰り~!」
その時、家からオコジョさんがパタパタと背中の羽を動かして飛んできた。
「オコジョさんただいま~」
「森は楽しかった?」
「うん。色んな物を採ってきたよ」
「それは良かったね。……お客さんかい?」
「森で出会ったの。ミスリルの冒険者さんだって。ジークさんとアレクさんとクラウドさん」
「初めまして。ボクはメイの『導き手』のオコジョさんです」
んん?
オコジョさんって、もしかして自分の名前が「オコジョさん」って「さん」までついてると思ってるのかな。
でも「オコジョ」って呼ばれるのもおかしいし「オコジョさん」までが名前でいいか。
何も問題ないよね!
「見たことのない種族だが、獣人……か?」
オコジョさんの姿を見て驚いているジークさんが「獣人」って単語を使った。
ほうほう。この世界って獣人さんがいるんだね。
しかもファンタジーで良く見る耳と尻尾だけもふもふで他は人間と変わらないタイプの獣人じゃなくて、見た目も動物にしか見えない獣人さんかな。
うわぁ。それってもふもふ天国?
見てみた~い。
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