それは、変化のある日常

 言っておくが、いつも七夏と一緒ってワケじゃねえ。

 そもそもヤツとはクラスが違う。その点を鑑みれば、ウゼえアイツから解放されて清々するってもんだ。

 あと、ウチのクラスには莉音がいる。

 他の奴らは「おしとやかに」とか「優雅に」とか言いながら、お上品な言葉遣いで駄弁ってやがるがオレはそうじゃねえ。

 特にここは名門女子校。

 今日日もそういうのに五月蠅い連中もいるが、髪を染めたり、たばこを吸ったりしない限り咎められはしないさ。



「ったくよ。七夏のヤツを少しは黙らせてる手立てはねえもんかねぇ」

「アハハハ……。ナナちゃんって、スゴく口上手だもんね」

「そういう莉音は全然ダメだよな」

「うん、アタシは口げんかとか全然勝てそうにないから」

「まっ、オレとしてはその方が扱いやすいし、楽だけどな」

「アタシは物かなにかなのかな?」

「だから、毎度言ってるだろ。オマエはオレの玩具だと」

「……やっぱヒドいなぁ……それ……」

「ダチでもあるがな」

「結局どっちなのッ!?」

「ん? オレの裁量次第ってヤツ?」



 って言ったら、莉音が拗ねちまった。

 まあコイツの場合、七夏より立ち直りも早いから理解してくれると思うけどねえ。



「あ、そだ。この前、雪緒ちゃんが好きだって言ってた『ROCK OF ALL』のチケット手に入ったよ」

「マジかッ!?」

「ジャジャーン! 見て、見て!!」



 と莉音が鞄から取り出して、机の上に並べたモノ――。

 それは間違いなく、ROCK OF ALLツアーチケットだった。オレは歓喜のあまり、その場で小躍りしちまったぜ。



「うおぉ~ヤヴァい! マジ本物じゃん」

「フフ~ン、たまには私も役に立つでしょ?」

「んだな。マジで莉音様だ」

「えへへッ、そんなに褒められても何も出ないって……」

「とにかく、今度の週末に絶対見に行こうな」

「うん! 一緒に見に行こ」

「ゼッテェーだかんな?」



 いやっほぉーオレの大好きなアーティストだぜ。

 コイツのチケットがなかなか手に入らなくて困ってたところだったんだ。つまり、これは莉音様々ってことなのかな?

 まっ、コイツにありがたがるのもヘンな話だが。



「お話し中、失礼いたします」



 そんなとき、聞き覚えのある声を耳にする。

 んだよ、これからROCK OF ALLの話題で盛り上がろうってときに。そう思いながらも背後を振り返ると、うやうやしくお辞儀した七夏が立っていた。



「なにか用か?」

「旦那様より言づてを預かって参りましたのでお伝えしようと……」

「チッ、またくだらないパーティに出ろってか」

「お察しの通りです。今宵、商工会主催のパーティに同伴するようにとのことでした」

「イヤだね。どうせ将来の伴侶捜しとか言って、どこぞの金持ちに会わせる腹なんだろ?」

「まあ、あながち間違ってはいませんが……」

「んだったよ。いっそのことオマエが出ればいいんじゃね?」

「なぜわたくしが出席しなくてはならないのですか?」

「だって、オマエ見かけもいいし、逆らいもしない。その辺の野郎にとっては、都合のいい女じゃん」

「……雪緒様。わたくしといえども、言われて怒ることがございますが?」

「へっ、冗談だよ」



 やべ、こうなるとコイツはおっかないんだった。

 少し気をつけないとな……などと思っていたら、七夏のヤツの視線がいつのまにか机の上に置かれたチケットに向かってやがる。

 あれ? コイツって、ロックなんか興味あったっけ?



「どうかしたか」

「なんですか、これ?」

「……ROCK OF ALLのコンサートツアーのチケットだよ。いまちょうど莉音と一緒に見に行こうって話をしてきたところだ」

「なるほど」

「つーか、オマエはロックなんか興味ねえだろ」

「確かに興味はありませんが、机の上に置かれた物がなんなのかぐらいは興味あります」

「ふむ、一理あるな」



 含みを持たせる言い方しやがって。

 ホントは行きてえんだろうが!

 その証拠に手に持ってマジマジとみてるあたり、オレと莉音が2人して行くのをうらやましがってるようにも見えるぞ。



「あ、あのっ!」



 その刹那、急に莉音が間に割って入ってきやがった。

 なにか申し訳なさそうな顔は、オレでも予想できちまうほど簡単な答えを孕んでいるようにも見えるぜ。



「も、もしかして、ナナちゃんも行きたかった?」



 ……って、おいおい。

 それを直接聞いちゃう? さすがの七夏のヤツも答えねえだろ。

 どうせコイツのことだ――本音を隠して、決まってるかのように反対の言葉を言うに決まってんだからさ。



「……いえ、わたくしは別に」

「がぁ~ん」

「ですが、このようなコンサートもあるんだなと感心はしました」

「だ、だよねぇ……」

「ですが、なぜ莉音はわたくしが行きたいとお思いになったのですか?」

「だって、このチケット2枚しか用意してなかったし。もし、ナナちゃんが行きたかったんだったら、本当に悪いことしちゃったなって思って」

「お気になさらないでください。そもそも2枚しか用意してなかった時点で、わたくしは含まれていないのは察しておりましたから」

「で、でも……」

「むしろ、『2枚しか取れなかった』んじゃありませんか?」

「え? あ、うん」

「それなら、そうと早く仰ってください。莉音の気遣いはありがたいですが、そうした真実を覆い隠して、気を遣われてはわたくしの方が困ってしまいます」

「……ゴメン……」

「いいのです。それにわたくしは児童小説さえあれば、他は特に必要はありませんから」



 莉音、無駄な努力だったな。

 ツンとすました顔をしたいまのコイツになにを言っても無駄だ。まっ、これはちとばっかしおもしれえから煽ってみるかな。



「へぇ~児童小説ねぇ……」

「なにか?」

「ずいぶんとお子様っぽい趣味をしてるんだなと思ってよ」

「……まったく……大人げない……」

「はい?」

「雪緒様。それを仰るならば、ロックが好きだという雪緒様の方こそ、単なる男かぶれの女子がカッコいいからという理由で聞いてるだけじゃありませんか」

「――あ"?」



 ……カッチーン。頭にきた。

 コイツ、言っちゃあいけねえことを平気で言いやがったぞ。嗚呼わかったよ、そんなに喧嘩がお望みなら付き合ってやるっての。



「言ってくれるね、オマエ」

「ええ、言いますとも」

「メイドの分際で偉そうなこと言ってんじゃねえぞッ!!」

「側仕えだからこそ、主人の更生を促すのも役目でございますので」

「なにが役目だ――テメエは身の回りの世話さえしてればいいんだよ」

「ちょ!? や、や、やめてよ、ふたりとも!」

「ウッセぇッ、莉音は黙ってろ」

「……莉音。申し訳ありませんが、これは雪緒様とわたくしの問題でございますので」

「あ、う、うん……じゃなくてぇー」

「だいたいなんだ? 児童小説が趣味だなんて、やっぱおこちゃまなんじゃねえのか」

「いいじゃありませんか。カワイイものを愛でることに年齢なんか関係あります?」

「あるね、大いにある。それをババアになってからも趣味にしてたら気持ち悪いだろうが」

「わたくしはババアじゃありません」

「そこじゃねえよ」

「なら、ロックはカッコいいとかぶいてらっしゃる雪緒様の方こそどうかと思います」

「オレか? オレはロックが自分の好みに合ってるって思ってるから聞いてるだけだ」

「では、クラシックやジャズでもいいんじゃありませんか?」

「ないね、絶対にない」

「どうして、そう思いなんです?」

「だって、ああいうのは良い子してる野郎どもやレトロマニアが聴く音楽だろ」

「それは聞きもしないで、かじった情報や音調だけで古くさいだのジジくさいだの考えてらっしゃるのではありませんか」

「んだとっ!? オレが聞きかじりの偏見でモノを語ってるって言いてえのか?」

「ええそうです――そのまんまです」

「言ってくれんじゃねえか、テメエ!!」



 気付けば、オレは七夏の胸ぐらを掴んでいた。

 いつもは冷然とした態度を見せるヤツも、さすがに耐えきれなかったのだろう。整えられた浅黄色うすきいろの制服よりも険しいシワを眉間に寄せて凄んでいた。



「申し訳ありませんが、しばらく別行動とさせていただいきたく存じます」

「上等だ、コラ」

「送り迎えも別の者に頼んでくださいまし」

「ああ、衣服の着替えもテメエに見張ってもらわずに済ますから気にすんな」

「そうですね。むしろ、最初からそうしていただけると助かるのですが」



 コイツ、わざと一言多くしてやがる。

 けれども、オレはそれに対してキレなかった。なぜなら、ここでキレて暴れさせることがヤツの狙いだったからだ。

 その背後に見えるのは、クソ親父の幻影――。

 そんなもんに惑わされたんじゃあ、オレが目指す理想の学園生活もままならなくなる。



 ――んで、そのあとどうなったかは言うまでもない。



 ヤツとは2週間ほど口を利かなかった。

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