それは、喧噪の日常。
オレは、自分を女だと思ったことがない。
ハッキリ言ってしまえば、女なんて生き物に産まれたことがクソっくらいだ。幼い頃から暴れ回るのが大好きで、幼稚園の頃からダチの中心にいたぐらいだ。
でも、小6のときだったか?
『お父様』と慕っていたあのクソ親父が急に「淑女らしくしなさい」とか言ってきやがった。
もちろん、最初はオレもこの家に生まれたのだから仕方がないと思って従ったさ。茶道、書道、弐音舞踊に料理――いろいろやった。
……けどな、オレは淑女とやらでいることに我慢なんかできるはずもなかったんだよ。
だから、中2の夏にオレはクソ親父と喧嘩して家を出た。
その後のことは言うまでもない。
幾度となく喧嘩した後、更生と称して名門女子校にブチ込まれた。
あ~あ、男物の服は全部取り上げられちまうし、幼なじみで側付きの梶井七夏に付きまとわれるし、まったくもっていい迷惑だぜ。
そして、今日も学校へと行く。
つまんねえの。
背後にゃ七夏が付いてくるしさ。サボることもままらならねえ辺りがさらにつまんなさを演出してきやがる。
「雪緒ちゃん、おはよう」
だけど、1点だけ違う。
背後から走ってきて、俺の前に立った女子――水上莉音。コイツは、入学したての頃にバカ共に絡まれていたところを助けてやった玩具だ。
丸々とした顔におかっぱ頭。
低身長のくせに出るとこは出てて、野郎が好みそうなトランジスタグラマーってヤツ? んでもって、ぽっちゃりした体型だから余計に好感度が上がりそうだがな。
「よう、莉音」
「相変わらず男の子の服が似合うね」
「ったりめえだろ。オレが目指すのは、男の中のこと子だかんな」
と、右の親指を胸の真ん中辺りに突き立てて宣言する。
まっ、中身が女だからってのは関係ねえけどよ。
だいたい胸がちっとばかしデカくなったからって、オレの装いは変わらねえ。正に男、男の男って感じになるのが夢なんだ。
ところが、背後からただらならぬ視線を感じちまった。
ほかでもない七夏の視線だ――。
ヤツの考えてることは、おおよそ見当が付いている。オレは、そのことを予見して背後を振り返った。
「んだよ?」
「……いえ、もっと淑女らしくされた方がよろしいんじゃないかと思っただけです」
「よくそれを主人の前でハッキリと言えんな」
「だって、雪緒様は女性じゃございませんか? それ以外になにがあると?」
「ほほう……。んだったら、テメエは女性らしいってのがわかんのかよ」
「ええ、わかりますとも。少なくとも、雪緒様よりは」
「主人に喧嘩を売るとはいい度胸じゃねえか」
「まあまあ、2人とも喧嘩はやめようよ」
「うるせえっ、莉音は黙ってろ」
「水上様、申し訳ありません。どうもわたくしの主人は反抗期のようですので」
「誰が反抗期じゃ!!」
「そういうつまらないプライドを持っていることこそ、反抗期の子供の証拠だと申し上げただけです」
「テメエだって同い年だろが」
「失礼ながら、わたくしは父に反抗したことなどございませんゆえ」
「嘘をつけッ!? どうせ帰ってから反発してんだろ」
「滅相もない――むしろ、仲が良い方ですわ。嘘だと思われるのなら、屋敷に帰ってから父に確かめてくださいませ」
「……なっ……もぅ……くっそがぁ……」
「ほら、行き詰まる。どうせそんなことだろうと思いましたよ」
「あ~もう!! 腹立つぅ~!!」
「まっ、事実であるのは間違いありませんし。そもそもわたくしに口で勝った試しがないうえに力で押し通そうとするから間違ってるんです」
「うっせえっ!」
クッソォ~七夏のヤツ……。
腹立つ、腹立つ、腹立つ、メッチャ腹立つ。どうやったら、コイツをぶちのめすことができんだよ。どうもオレの頭ん中は都合のいいことばっかり考えて、先を読む力が欠けているように思えるぜ。
いつか見てろよ。
オレは収拾が付かなくなったことをいいことに先へと急いだ。
「どこへ行かれるのです?」
「学校に決まってんだろが。莉音もさっさと来い」
「う、うん……」
「そうやって、負け惜しみをなかったことにするのですね」
「テメエもいい加減付いてこい。置いてくぞ?」
のそのそと莉音と七夏の前を歩くオレ。
確かに口では勝てねえが、一応俺様がコイツらのご主人様なんだ。だから、これ以上好き勝手はさせねえ。
オレは腹の虫が治まらねえという気持ちを静め、一路学校へと向かった。
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