遡行の魔女
「もし、時を巻き戻す魔女が居たらどうする?」
私達はカフェに入って、注文が来るのを待っている。ソラさんはティーセットを頼んで、私はそれに美味しそうだったパンを付けた。店内は女性客が多く、空には雲がゆっくりと流れている。
「どうって、どうもしませんけど……」
どうすると言われても、どうもしないのが道理だろう。魔法使いには”極力お互い不干渉で”という不文律があるのだから。こちらに影響を及ぼさない限り相手に何をすることもない。
「これは修行に使われる定番の論議なのよ。時を巻き戻す魔女が居て、その魔法に巻き込まれた時、どうやってその魔法から抜け出すかについて」
「はあ」
時を巻き戻す魔女の話なら聞いたことがある。壊れたものや古びたものを新品に戻す魔法を使えるらしいが、新品の状態を知り得もしないだろうにどうやって、と思う。どうせ寓話のたぐいだ。ただ、壊れたものを直して人々の役に立っている程度であるなら、どうもこうもする必要が無いから、今回の議題とは違った話だ。
「巻き込まれるの意味が分からないですね、時を戻すの意味も分からないし。要はあれでしょ?怪我を直すとか、どれだけ凄くても死人を生き返らせる程度の話でしょう?良いことじゃないですか、好きにやらせておけば」
「その魔女は世界全てを巻き戻せるのよ」
「そんな規模の大きな魔法あり得ないですね」
「規模の大きい魔法が使える、つまり己の脅威になりうる魔法使いが生まれる度に生まれる前まで時を戻しているとしたら?」
「堕ろさせてるんですか?」
「そうしてもいいし、あるいはもっと時を戻してその子の親が出会わないようにするとか……」
「なるほど?そうすれば生まれてくることも無いってわけですか」
「大掛かりな工作はしなくても、些細な事象が時間と共に大きな変化になるというのは言われることね、蝶の羽ばたきが……」
ティーセットはまだ来ない。
「やっぱり実感わかないですね」
「そこで躓かれると話が進まないのだけれど」
「でも無茶苦茶じゃないですか、自分にとって都合の悪い何かが起きるたびに時間を巻き戻せるなんて、いくらでも好きなように……あれ?戻せる限界は自身が生まれた時までじゃないですか?」
「良いところに目をつけたわね。そうなのよ、時を戻せるとしても生まれた時まで、正確に言えばその人の魔法体系が形成された頃まで、というのは至極当たり前の展開だわ」
「じゃあやっぱりさっきみたいな理由で時間を戻してもあんまり意味ないじゃないですか」
「そうなのよ」
「そうじゃないですか」
ソラさんは唇を少し変な形にさせて、
「その理由を考えるっていうやつなんだけども……」
「わかりました。何かこう、楽しかった幼少期か何かを無限に繰り返すために時間を戻してる。これです」
「そう何回もせずに飽きると思うけれど」
「毎回記憶を消してるんですよ」
「悪くないわ」
そう言うとソラさんは空を見上げた。何か考え事をする時の癖だ。
「あの雲の形さっきも見たかも」
「え?……あー、雨降るかもですね」
「今の模範解答は『時間が巻き戻ってるかも』だったわよ」
「え?あ、すみません……」
ティーセットはまだ来ない。
「これ注文通ってます?」
「それも『時間が巻き戻ってる』って言うべきだったんじゃない?」
「あああ……」
もはや笑うしかなかった。
「わかりました。時間がループしてるか確認する方法があります。何か追加で注文して、それが先に来たら向こうの手違いで通ってない。それも来ないならループしている。これですね。すいませーん……はい、このガレット一つ。はい、以上で」
「え? 普通に『さっき頼んだティーセットまだ来てないんですが』って言うべきところじゃないの?」
「え?」
「よく考えると記憶を消すってかなりイイと思うんですよ。私も記憶を消してもう一度読みたい物語ありますし。時間を戻して、記憶を消して、もう一度体験したい出来事がある人も居るでしょう。さっき蝶の羽ばたきの話してたじゃないですか、些細な変化がどうのこうのって。あれ、逆に言えば条件が変わらない限り起きうる未来も常に同じなんじゃないかなって」
「続けて」
「記憶と時間はお互いに干渉しうる条件なんですよ、時を戻しても記憶が残ってたら『今回は前と違うことしてみようかな』ってなるし」
「及第点をあげましょう」
「だから時間と記憶が戻せるならお手上げです。正直なところ、世界全てを巻き戻せるくらい強大な魔女が居て、それに対して誰も干渉を起こさない世界観なんて都合が良すぎると思うんで、答えがあるなら教えて貰いたいですね」
「実際に居たらしいのよ」
「はあ」
「実際に時も記憶も戻す……もはや化け物ね、居たらしいの。でも完璧じゃなかった。それで何ループ目かで綻びが出たって話よ」
「聞いたことないですね。あっても記憶が消されてるかもしれないですけど」
「星って見る?」
「わざわざ見ないですけど」
「星の並びって、大昔と今とで少しだけ違うらしいのよ。長い年月を掛けて少しづつ動くみたいね、古い壁画に描かれてる星座が今とは……」
注文は全部来た。
「つまりあれですか、その人は星が動いてることを知らなかったから魔法もそこまで効かなかったってわけですか」
「あるいは星の領域まで魔法が干渉出来ないのかも」
「そういえば星座を操る魔女なんて聞いたことないですしね」
「そうね。それで、食べ切れる?」
「食べきれなかった分も時を止めて保存できたらいいんですけどね」
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