Untitled Witch
蹄亭反芻
遊戯の魔女
まずは、この街には二人の魔女が居て、というところから説明を始める。まあ、とにかく二人も居て、一人は『遊戯の魔女ブシ』(魔女とは呼ぶが、それはただの称号である。この人は男性だ)で、カードゲームなる魔道具遊びを主に子供達に向けて提供している。はじめは遊び方も曖昧だったらしいけど、今ではルールもきちんと定められていて、子供達も複雑な処理手順を難なくこなしている。けれど、子供の遊びで済んでたのは最初の頃だけで、小規模な大会が開かれるようになって、ささやかな賞品が用意されるようになった頃から事態はそれだけでは済まなくなって。青年やおじさんまで含めて、人々が熱狂する至極の盤上遊戯となってしまったのだ。
魔法で生成されたカードは摩耗も破損もしないので、人々は手札を忙しなく弄んでシャカシャカパチパチと音を発する行為を存分に楽しんだ。カードゲームの遊び方も教えてもらいながら少し遊んでみたが、邪悪な龍を召喚して盤面の生物を消し炭に変えるのはなかなか悪くない心地だった。
「楽しんでるじゃない」
「楽しいですよ、結構」
ソラさんは「私はいいわ……」と言って一切触ろうとしなかった。子供っぽいかとは思ったが、幅広い年齢層の人々に受け入れられているんだからいいじゃないか。話は冒頭に戻る。もう一人の魔女は『金貨の魔女』で名前をビットという。ビットさんは魔法で生成した、これもまた摩耗も変形もしない金貨を発行していて、それは名を取ってビット金貨と呼ばれている。はじめのうちは当然「魔女の金なんか信用できるか」と言われて全く信用されていなかった(よくあること。そもそも魔女は何の支払いにも通貨というものが使いにくい。)が、それでも子供達がカードゲームの賭けに使うおもちゃとしては丁度よかった。どれだけ金貨を持っているかは強さの指標にもなった。そして、遊びの道具として使われるうちに魔女の金だからといって消えて無くなるものではないと認められるようになって、しばらくして金貨を食べ物と交換する人が出た。たしか粉を水で練った生地を薄く伸ばして、上に具材を乗せて焼いたものだったという話だ。そこからは一瞬で、信用を得た金貨は通貨としてまたたく間に広がっていき、今ではこの街で流通する通貨の一つとなっている。問題なのは、ビットさんがその後”超越化”(この場合、長い休眠に付くこと。永眠を意味していない)してしまい、金貨の追加発行がされていないということだ。
カードゲームもまた隆盛を極めた。高額な賞金の大会は何度も開かれるようになり、上手ければ大会に出るだけで十分な額の生活資金が得られるようにもなった。私はというと、カードゲームにそれなりにのめり込み、同じ魔女のよしみということで新しいカードを作る時に口出しさせてもらえるようになった。
「カードを引く効果は慎重に作りましょうよ!『サイバーな壺』のことを忘れたんですか!?」
「大丈夫だから!今度のは三枚引くけど二枚捨てるから!」
この人はカードの効果を楽観的に決定してしまうようだった。頭が痛い。
さて、流通する金貨の総数が増えないとどうなるかといえば、一枚の価値が徐々に上昇していくことになる。初めに食事と交換した人がその当時何枚支払ったのかは知らないが、私が知る限り一枚でお茶が飲めるくらいだったものが、今では家畜が一頭買えるくらいにまでなっている。今後もっと価値はあがる。たぶん。
「それにしてもビット金貨の相場上がりすぎじゃないですか?」
「そうね……」
ソラさんは木か空かを見つめたままどうでもよさそうに返事をした。
「真剣に考えてくださいよ、価値が上がり続けると踏んで資産の殆どをビット金貨に変えてしまった人も居るんですよ?」
「ええと、なにか悪い筋書きでも想像しているということね?」
「ビットさんが目覚めて金貨の追加発行したらどうなるんですか」
「目覚めると決まってるわけじゃないし、目覚めても金貨を増やすとは限らないじゃない。我々は彼女の人物像を知らない」
「目覚めない保証もないし、なんならビットさんが死んだら消えますよね?あの金貨」
「その可能性は無きにしもあらず」
「とにかく、何かの理由で価値が下がったら人死にが出ますって」
「それくらいならどうでも……」
「暴動が起きて街が滅ぶかも!」
「ならば止める手立てを考えたまえよ、修行の一環として」
ソラさんはあまり深刻な展開になることを想定していないようだった。ブシさんにカード作りの際に相談もしてみたけれど
「僕としては滅んだら次に遊んでくれる人々を探すまでだよ、記念としてビット金貨大恐慌みたいな名前のカードを作ってもいいかもね」
なんて言ってきて、ソラさん以上の薄ら寒さを感じた。魔法使いというものはどうも
私は当面の課題として金貨の価値がこれ以上あがらないように策を考えることにしたが、もはや通貨として機能していたのは過去の話となっていた。なにせ価値が高まりすぎて普段使いには全くの不便になってしまったからだ。傷をつけることすら不可能だから無理矢理分割して使うことも出来ないし。(仮に分割できたとしてどれだけ細切れにすれば良いのか……)流通の中心は以前から使われていた通貨に戻っていったが、上がり続ける価値に目を付けられて結局は投資の対象として目立つようになった。お金を借りて資産以上のビット金貨を手に入れた人だっている。その大量のビット金貨を値段が上がるのを待ってから売りさばいて、お金を返して差額を手に入れるという寸法らしい。万が一、相場が下がったらどうするつもりなんだろうか。
そしてある日、新しいカードについて話し合っていると人が訪ねてきた。カードゲーム大会でよく優勝している有名人だが、やってきた目的は穏やかでなかった。話を要約すると、まず今後得られるであろう賞金を担保に金を借りて大量のビット金貨を入手した。そして特定カードの調整や新規カード追加の停止を要求して、受け入れられなければビット金貨を安値で放出して市場価値を下げ、混乱を引き起こすと言うのだ。はたして相場が下がるほど影響を及ぼせるのかは疑問だし、魔女というのは人々の生活がめちゃくちゃになっても自分たちには関係が無いと思っているので、ブシさんに対しては何にも意味のない脅しではあるが、金貨の価値をゆっくり落ち着かせようとしている私には目下頭の痛い話だった。
とりあえずは回答を保留し今日のところは一度帰ってもらうことにした。身勝手な主張だが、もはやカードゲームで生計を立てている以上、自分が得意とする戦術やカードがいつまでも通用するほうが良いと考える人が出てくるのは時間の問題ではあっただろう。
「断固拒否だね、おかしな要求だよ、彼は娯楽というものを理解していない」
「まあ、有利な条件下で勝ち続けることに何の価値があるのかは考えるところだとは思いますよ、変わり続ける環境を乗りこなせてこそ真の勝者なんじゃないのかと」
「そういう事を言いたいんじゃないんだけど……、そういう見方もあるんだね」
「と言いますと?」
「ルールの変わらない遊びはすぐに飽きるってだけさ」
「でも魔道具以外のボードゲームは大抵の場合は長年遊び方の変わってないものばかりでしょう?地域間でルールに差異は出るかもしれませんが」
「僕から言わせてもらえば、そういうのはどれもつまらないものばかりだよ」
「確かにそうかも知れませんね……でも何もカードの追加や削除だけが環境の変化ではないでしょう。まったくカードが変わらなくても、その時々で戦術の流行り廃りはあると思いますが」
「それだけで飽きないくらい面白いものに出来たらいいよね」
話し合ったところで結論は変わらない。視点の違いはあれど、私もブシさんもあんなのはおかしな要求だという意見で一致している。ただ、向こうからしてみれば飯のタネが開発者の気分次第でいつどうなるのか分からないというのが落ち着かない心持ちであるのも確かだろうし、私も不健全だとは思う。
「楽しんでくれるのは結構なんだけど、僕は面白い遊びを考えてるだけで、それで勝手に盛り上がって勝手に価値を見出してるのはあいつらの方なんだよね。僕の気分でルールが変わってるのは事実だけどさ」
「とはいえ遊んでくれる人は必要なんじゃないんですか」
「最初みたいに子供達の間だけで流行ってる程度で十分じゃない?」
「寝食忘れて明け暮れてくれる人同士の勝負でこそ遊戯の本質が出ませんか」
「うーん?……、それはそうなんだけど、そういう人たちに合わせてカードを調整するのが、僕の考える”面白さ”になるかというと違うじゃん? 僕が一人で新しいカード考えて、僕はそれでは満足なんだよ。まあ、強すぎたりすることも多いけどさ」
上位層の食い扶持を保証する、とまでは言わないが、バランス調整にもっと意見を取り入れるくらいは遊んでくれてる人への誠意として必要なんじゃないかと私は思うけれど。
そして、要求を飲まなかったことと本当に関係があるのかは調べていないが、「そろそろビットが目覚め、金貨が追加発行される」という噂が流れ始めた。根拠は不明だ。しかし噂というのよく広まるもので、その日のうちには街中では持ち切りになっていた。
噂が広まるとどうなるかというと、まずは金貨の買い手が居なくなる。当然だ、ビット金貨はその希少性から価値が付いているのだから。買い手が付かなくなると街は大混乱に陥る。財産の殆どをビット金貨に替えている人もいれば、返済の見込みの無くなった借金だってあるはずだ。
私とソラさんは混乱の最中にひっそりと街を抜け出した。魔女というのは何かにつけて責任を問われたり、怒りをぶつけられたりしがちだから、大小どんな騒ぎが起きても逃げるのが鉄則だ。それの収拾をつける気があるのなら別として。
その後、街がどうなったのかは分からない。ブシさんがどこに逃げたのかも、ビットさんがどうなったのかも。
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