宇宙のライオン (自分の中の体,1時間)

〉RQ-Mチェイン、”クーイング”とのドッキングに成功しました。

〉”クーイング”より音声接続の依頼があります。

〉‐承認

〉”クーイング”との音声接続に成功しました。


「火星へようこそ!」

宇宙線を遮る暗い窓の向こうで、巨大な鋼鉄の獅子が喉を鳴らしてそういった。

「こちらはタルシス火山帯担当、オセアニア探索チーム支援機のクーイングです。今回のメイン・ミッションについて確認したいので、簡単に口述してください」

「こちらはRQ-Mチェイン、船長のツキモトだ。出迎え感謝する。当機は自走型探査機ローバー型を3基、レディバグ型を5ダースを10地点での投下を予定。その後、安全性が確認されれば有人による地下探査を予定している。その際ミッション計画立案および逐次進行協議については貴機の参加を求める」

「了解しました。──さて、堅苦しいところはこれくらいにしましょうか。まずはローバー型の投下ですか? お手伝いはいつでもできますよ!」

宇宙空間で軽やかに尾をしならせ、クーイングは窓に向かって鼻をくっつける。

地球の実家に置いてきた愛犬を思い出して、操縦士の一人が口をほころばせた。


クーイングという愛称のつけられた、このライオンのような形をした機体は、無重力・無酸素下での行動に特化している宇宙探査支援機の一種だ。

地球外での過酷な環境では生きられない人類のあらゆる活動を支援するために、かれら特殊支援機は開発・運用されている。動物に似たフォルムのものが多く、ライオンの形であったり、虫の形であったり、鳥の形であったり様々な機体が存在する。

中でもこの火星探査支援型のクーイングは、その豪炎噴き上げるたてがみや、ネコ科らしいしなやかなな背、専用道具を収納した丸みを帯びた六つの足の、その愛らしさから、宇宙を旅してきた地球人には人気がある。


「ありがとう、クーイング。ひとまず、周回軌道に乗ったところで我々も休憩したい。3時間後にミーティングを行う。それまでは休憩しよう。よければ君も船内へ来るかい?」


彼ら宇宙探査支援機は、あくまで機体だ。

感覚としては専用の小型宇宙船を宇宙服のようにまとっているようなもの。中には生身の人間がいる。それは飛行士たちの当然の理解であり、常識であった。が、クーイングは困ったように小首をかしげた。

拍子に、ふらりと体が流れる。


「ツキモト、お言葉はうれしいが、私の体では入れませんよ」

「そりゃその巨体ではな。せめて機体は脱いで入ってほしいが」

「それも無理です。我々の中の体はすでに体を失っています」

ああ違う、と小声でかぶりを振って、クーイングは言い直す。

「我々は、あなた方と同じ体を持ちません。内臓も四肢も人間の体はほぼないのです。この体を動かす脳髄と神経だけが羊水状液体とともにパッキングされて格納されています」


ぎょっとして船内の人間が口をつぐんだ。

それではまるで、非倫理的人体実験が行われたとでもいうような。そんな話は聞いていない。

いや、そんな話はない、ということにされているのだろう。

経済戦争に駆らんだ宇宙開発の熾烈さは一時期、目に余るものがあったのだから。


凍り付いてしまった船内を申し訳なさそうに、クーイングの三つの目が覗き込んでいる。

「……すまない。無神経なことを言った」

「どうかお気になさらず。今の体の方も気楽なものですよ。宇宙風も宇宙熱も肌で感じられるんですよ」

そういうとクーイングはにっこり微笑んで見せる。

「一点だけ。この体だと人と触れ合う機会があんまりないのが残念かな。お話はできても、宇宙に人はいませんから」

「だったら、後でたっぷりと」

慰めるように肩をすくめて、飛行士の一人が窓ガラスをなでる。今回の火星地下への有人探査を企画した科学者だった。

遠隔ロボットが発達した今日、現地に降り立つなどナンセンスだという言を却下して、強引に押し切ってきたのだ。そこまでするのかとしぶい顔をしていた同僚たちが、がぜんやる気を出しているのを見て、そらごらんなさいと自慢げに見回す。

「我々全員分の宇宙服は用意してありますからね」

「ほんと? じゃあ全員背中に乗せてあげるからね!」

楽しみ!とはしゃぐ鋼鉄のライオンは、広大な宇宙空間で一回転してみせた。

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