いっしょにご膳を囲うとき(夜のぷにぷに,塩,1時間)

妻が家に帰るのはだいたい、日付が変わる前後だ。

在宅勤務の夜側人間である私が、そろそろ仕事に取りかかろうかなという頃合に、ぞろりと這うように玄関から姿を現す。

窮屈なスーツ姿のまま、ソファーに身を投げ出す。

「おかえり」

「た、だ、い、まー」

はー、と深いため息をつきながら、妻は私が淹れたお茶を一口すすった。

「今日も遅かったね。ご飯は食べたかい?」

「一応ね、なんかね、食べた気がする……」

なんともあいまいな返事だ。

本当に何かちょっとつまんだのか、誰かからもらった飴でも舐めたのか、そういう食事にカウントされない食事を思い出そうと、妻はぼんやりと視線を漂わせる。いや、微妙に酒臭いから、楽しくもない飲み会を食事カウントにしているのかもしれない。

「夜食作るよ、何が食べたい?」

「うーん、と、ねー」

寝そうになりながら、彼女はむにゃむにゃと口を動かす。

「なんか、あれ、ぷにぷにしたもの」

「ぷにぷに?」

「ぷにぷに」

ふふふ、と笑いながら寝ようとする妻のジャケットをひっぺがえし、先にお風呂入ってきなと促した。


いつものことだ。

目の前のことに全力疾走する仕事人間の妻は、家に帰るとスイッチが切れたように思考も何も放り出してしまう。

なぞかけのようなリクエストを私自身は結構楽しんでいる。

この間は「とろっとしててこりこりしたの」で、そのときは摩り下ろした山の芋にさっと炒めた古漬けのみじん切りを合わせたもの。「さらさらのちくちく」のときは、カリカリにあぶったもみ海苔とすりワサビをのせたお茶漬け。「しょっぱくてやわらか」は、塩鮭のほぐしたものをふりかけた温とうふ。

ごくごく単純な夜食だが、妻は満足そうに虫やしないをすませてから、人心地ついたと床に就くのがいつもの流れなのだ。


さて、と私は台所に立つ。

仕事に取り掛かる前に私も軽く腹ごしらえを済ませたいところだ。

正月の残りのかまぼこを厚めの半月に切り、ポケット状に切れ目を入れて、梅味噌をはさんでみる。うん、ぷにぷに。

でも、温かいものもほしいところだ。

お椀にかまぼことトロロ昆布、お醤油をたらしてお湯を注いで簡易おすましを作る。塩一つまみ、味加減も──まあ悪くない。この上に落とし卵がのってたら最高じゃないか?


私は鍋にお湯を沸かしはじめる。

こうして私はエンジンがかかっていき、反対に妻はふわふわと体の力が抜けていきエネルギーが放散していく。

私たち夫婦は恐ろしく共通点が少ない。全うな正社員でバリバリ働く、至極真面目な妻と、フリーターまがいの先の見えない、いい加減な夫。昼型生活と夜型生活、男と女、その他もろもろ。

正反対の私たちはこの一時、すれ違い、バトンタッチするように入れ替わる。


数少ない共通点は、お互いこの生活をなんのかんの楽しく過ごしている、ということと、味の好み、ぐらいだろうか。


「はー、お先でしたー」

「お疲れさん。ぷにぷに、できてるよ」

「食べるー、ぷにぷにー」

お風呂上りのほこほこの妻が、楽しげに鼻歌を歌いながら食卓に座る。

ぷにぷにのかまぼこと、ぷにぷにの落とし卵に、ふにゃふにゃの笑顔でいただきます、と妻が言う。それを見ている私もたぶん、ふにゃけた面をしてるのだろう。

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