第16話怪談と事件と噂
そんな中、扉をノックする音が俺らの静寂を打ち破った。
いや、ノックという優しいリズムではなく、ドンドンドンと扉を叩くような音だった。
乱暴な挨拶に俺らは目を見合わせ、返事を扉の向こうへ投げた。
ガチャ、と外界へ口を開けた扉の向こうにいたのは、何時ぞやの、剞鞨天梨、その人だった。
「身の毛もよだつ、奇々怪々な話に興味はないか?」
彼女は、八重歯を見せつけるように笑った。
「何だよ、奇々怪々な話って」
「まぁそう急ぎ過ぎるなって。急がば回れ、だ。冷静こそ最大の武器ってことは忘れちゃいけねぇ」
剞鞨さんはそう笑うと、今度は打って変わって、真剣な表情へと切り替えた。
「今朝のニュース、見たか?」
彼女はそう切り出す。
俺と冬冬狼は目線だけを合わせて、お互いに剞鞨さんが話すようなニュースに心当たりがないことを確認した。
それを見ていた剞鞨さんが察して話し出す。
「学校からちょいと離れたところにある、『夜蹴(よけり)橋』って分かるか?」
「あぁ、あのそこそこデカい橋だろ、分かるぜ」
「都会と田舎を分け隔てやがった、にっくき橋だな」
夜蹴橋とは、学校のグラウンド側をずっと隣町の方へと歩き続けると見えてくる、コンクリートで出来た一般的な橋である。規模としては中々なもので、その下を大きな川が流れている。
「それがどうしたんだよ」
「あそこあたりで昨夜、死体が見つかった」
話の気配が、急に暗くなる。
俺らの住む近くで、人が死んだ。
「しかも事故なんてもんじゃねぇ。殺人だよ、殺人。誰かが男を神様のもとに送り届けちまったのさ」
しかも、殺人。
人が、人を殺したのである。
新聞や報道番組では度々そのニュースを目にすることがある。しかし、それらはすべて俺の知らない街での出来事だった。
俺の知らない場所で、俺の知らない誰かが死ぬ。
それは世界に目を向けると、あまりに日常的な風景だったのかもしれない。だから、それらのニュースを見て、被害者が可哀想だの、犯人は早く捕まってほしいだの、漠然と「危ないな」ぐらいにしか感じていなかった。
でも、今回初めて、それこそ俺が歩いていける範囲で、それが起こった。
初めて、災害や事件が身近に感じられた。
こんなにも危機感を肌で感じる者だったのか。こんなにも鼓動が愛おしく感じるものなのか。
「犯人は……、どうなったんだよ」
冬冬狼が尋ねる。それに剞鞨さんは、悪戯が成功したような目つきでこう言った。
「煙のように消えちまったんだと。こりゃ稀代の名探偵でも真っ青だろうぜ」
意味が分からない。
現代のような、監視カメラや夜遅くまで人の目がある世の中で、しかも大事件を起こしておいて、人が煙のように消えるなんてありえない。
「そう、まさに追う側はそんな表情だろうぜ。『人が消えるなんてありえない』ってな。だが、事実犯人の足取りは、その夜蹴橋を渡ってから一切分かっていない。可能性の話すら欠片も出てきてねぇんだ。巷じゃ幽霊の仕業だって説も出てきたみたいだぜ」
幽霊が、人を殺した。
そんな荒唐無稽な話があるものか。
現代とか、科学の支配した世の中とか、そういう話でもない。
「意味が分からないが……、それで、お前は何が言いたいんだ?」
冬冬狼がそう問うと、剞鞨さんは指を一つ立て、俺らの前でそれをぐるぐると振ってみせた。
「この事件が幽霊の仕業と噂されるのには、もう一つの理由があるのさ」
深い笑みをこしらえて、剞鞨さんは笑う。
「現場には死体と、それに使われたであろう、凶器が見つかったらしい」
――ある一部の人には、な。――
凶器が見つかった? 一部の人には?
「どういうこと?」
久遠が不安そうに尋ねる。
「恐らく犯行に使われたであろう包丁が、男の死体の横に刺さっている。という光景が、見える人と、見えない人がいるのさ」
「つまり、死体だけが見える人と、死体と凶器の二つが見える人がいるってこと……か?」
そういうことだ、と言って彼女は椅子に深く腰掛け直す。
「凶器が見えたって言ってんのは本当にごく一部。男の死体の横の地面に、深々と突き刺さっていたんだとさ。今となっちゃあもう死体は片付けられて、現場も整備されちまって、それが本当にあるかは分からねぇ」
どうだ、すげぇ話だろ? と彼女は不敵に俺らを見た。
「現代に突如突き付けられた幽霊からの挑戦状っつってな。それに、向こう側の街じゃ、どこに行っちまったか分からねぇ奴が三人ときた」
今度は指を三つ立てて、俺らに示した。
「そこでチラと流れている噂がある」
彼女は天井を見上げた。そしておもむろに肘を付き、頬に手の甲を押し当て、密談のように小さく呟いた。
「犯人を見たかもしれないって奴がいてな。そいつが言うには、犯人はこう言うらしい」
――『ねぇ、私、綺麗?』ってな――
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