第12話正統派と発破と歩み

 あの後、『俺が』。

 俺が話に割って入って行って、何とか波風を立てないように会話を終了にまで持って行き、連絡先を交換するところまで誘導した。

 何故かその際、俺も連絡先を交換する羽目になったのだが、こちらから連絡をすることはなく、あちら側からもそのはずなので、特に気にする必要はない。

 このときだけは、剞鞨さんがさばさばした性格で助かった。

 話に不自然に割り込んでも、特に気にした様子はなかったからだ。

 もしかしたら、須藤との会話があまり弾まずに、あちらさんが辟易としていたのかもしれない。それを須藤に冗談交じりに伝えると、露骨に落ち込んでいた。ふはは。

 「待ってよ! ちょっと待ってよ! いいよ! この際、女性陣の性格は! 僕が本当に女性慣れしてない部分が多々あるのは事実だから! でもさ! でもさ! あらかじめ伝えるぐらいのことはしておいてよ!」

 ジェスチャーも交えながら必死に思いの丈をぶつける須藤に対して、冬冬狼は、

 「贅沢言うな!」

 とだけ放って須藤の心臓を撃ち抜いた。

 確かに冬冬狼の言う通りなのだろうが、依頼を受けたのはこっちだし、事前に打ち合わせもしておいたし、何より須藤がかわいそうだった。

 そんな沈む須藤の肩に手を置き、もう片方の手で親指を立てて励ましつつ、俺は語り掛けた。

 「散々だったな。お前もお前の頼った人も。でも、安心しろ。今度は、俺の番だ」

 「さりげなく僕に追い打ちをかけないでもらえる? 励ますなら徹底的に励ましを最後までやり遂げてよ」

 そう口では文句を垂れながらも、頼る人が居なくなったのか、俺に期待を最大まで込めた懇願の目を向けてくる。

 溺れる者は藁をもつかむ。誰が藁やねん。

 「あんなお腹ゆるキャラと、なんか知らんけど、どこかゆるキャラは頼りないもんな」

 「いつまで俺のお腹をゆるくしてんだよ」

 「雑なゆるさを私に付加してんじゃないわよ」

本当に、期待していいんだね……と、涙を瞳にため込みながら両手で祈りのポーズを取る須藤に、俺は両手を広げて壮大な母性を示した。

 「安心なさい、近年希に見る愚者よ。私は愚かな子ほど可愛く見えるものです」

 「善人の顔した敵やんけ」

 「穏やかな口調で罵る腹黒お化けじゃん」

 「誰が稀代の愚か者やねん」

 軽口を叩きあいながら、次なる教室を目指す。今度は俺が先導している。

 部活動に参加していない生徒が次々に帰宅しているのか、久遠の時にあったような大きなざわめきは、今はあまりない。

 部活へと向かう生徒もいるだろうから、尚更教室の人口密度は減少していた。

 それと引き換えに、グラウンドや体育館、部室棟から響く声が増えてきている。

 「次はどんな人なの?」

 先程の一件で学んだのか、須藤が問いかけてくる。

 「任せろ。俺の選んだ女子は、剞鞨さんほど荒々しくなく、弔浄さんほど狂信的なまでに好きなものは無い」

 須藤は俺のその一言に安心したのか、胸を押さえて一息ついている。

 「良かったー。やっと普通の人だー」

 「うんうん、安心していいぞ」

 「おかしい……。バジの紹介できる女子が普通なわけがない……」

 「確かに。刃獅々と友達になるぐらいだもんね……」

 「俺はどんな立ち位置なんだよ」

 須藤が二人の言葉に警戒心を露わにしてくるが、俺は自信の表情を崩さなかった。それに触発されたのか、自然と須藤の不安感は払拭されていったように思う。

 教室へと到着した。

 須藤へと視線を向け、発破をかける。

 「さぁ、須藤、最後の戦だ。終わり良ければ総て良し。最後の最後に成果を残してみろ。三度目の正直だ、背筋伸ばして話をドカンと盛り上げてこい!」

 メラメラとやる気の炎を背後に燃え上がらせる須藤。

 そのやる気があれば、きっとどんな相手も大丈夫だろう。剞鞨さんと弔浄さんは除くけど。

 「さぁ、行ってこい!」

 「うん!」

 そう言って勢いよく開けられたドアの先には、ショートカットをこさえた、百人に聞けば百人が美少女と答える女子生徒が「遅いよ」と、文句を零しつつ待っていた。

 


 「いやー、遅れて悪い。この通りだ、許してくれ」

 「今度何か奢ってくれることを条件に、その申し出を受けよう。感謝することだね」

 意地悪そうに笑みを浮かべ、そして俺の横に立っている須藤を指差す。

 「さて、じゃあ早速対談と行こうか。君も時間が惜しいだろう? 時間は有限だ、ここはお互いに有効活用と行こうじゃないか」

 今までにない好感触な初対面に、須藤は頬を赤らめていた。

 「こいつは夢深奈璃(ゆめみないり)。えーっと……、女子だ」

 「やれやれ……、そんなの見ればわかることだろう? それとも何かな? 君は僕の外見が男に近いと言っているのかい?」

 コロコロと表情を変える表情筋の柔らかさが存分に顔にも表れたような、柔らかい雰囲気。髪は少し茶色を帯びたショートカットであり、目はぱっちりとして景色を吸い込んで離さない。まつ毛は長く鼻筋は整っており、ふっくらとした唇は、思春期男子には垂涎の的であるという噂もある。

 誰にでも態度を変えず男女分け隔てなく接する姿は、同性からの評価も高く、一人称に僕を用いるという特徴は、数多くのファンを入学早々に作った。中々に悪戯好きであり、その聡明として堂々とした立ち振る舞いとは違ったギャップに、落とされた男子は数知れず。

 「バジの知り合いが……、まともどころか……、それ以上だとっ……!?」

 「あり得ない……、あの刃獅々の知人が、こんなにも可愛いだなんて……!」

 「やかましい、こいつは幼馴染なんだよ。昔からの腐れ縁だ」

 「それを君が言うのかい? いいんだよ? 君の恥ずかしいあんな秘密やこんな秘密を、校内にビラ配りしても」

 こっちもてめぇの秘密は山ほど持ってんだよぉと言い合っている内も、須藤はぽけーっと奈璃の表情を追っていた。

 「おい、須藤!」

 その声にやっと現実に戻ってきたのか、須藤はぎこちないロボットのような動きで、奈璃の前の席に着いた。

 「後はお二人さんでよろしくー」と言い残し、俺らはいつものポジションで邪魔にならない程度に見守る。

 「おいおい、バジちゃんよ。確かに弔浄さんや剞鞨より癖は強くはないだろうが、今度は今まで以上に須藤のやつガチガチに緊張しまくってんぞ。ありゃ震度5は固いな」

 「無理もないと思うなー。須藤君はただでさえ女の子と話したりするのに慣れてないのに、いきなり準備も無しに、校内でも有名な美少女と話すんだもん」

 久遠の言う通り、奈璃は入学した直後から、上級生が何人か教室にその姿を一目見てやろうと斥候が現れるぐらいの騒動を起こしたらしい。入学間もないこの季節ではあるが、既に何人かの男子学生からラブレターや屋上での告白イベントなど、青春の醍醐味イベントを何度も経験しているらしい。

 同じクラスの奴からも告白を受けたことがあるらしい。俺はそれを本当に勇気のある者だと、称賛を惜しまない。

 だって、同じクラスだぞ?

 失敗した場合のリスクが半端じゃない。

 もしそれが受け入れてもらえなかった場合、二人の間には気まずい雰囲気が最低でも一年は続くことになる。しかも、今はまだ夏だ。時期が時期ならまだしも、入学間もない時期にそんな爆弾を抱えるリスクを考えた上でも、告白した男子は本当にすごい奴だと思うのだ。

 片思いという関係が、クラスのアンタッチャブルとなる。この華麗なる転身は、少なからず周りの人間関係にも影響を与えるだろう。

 それを聞いて、俺は奈璃に何故付き合わないのかを聞いてみたことがある。

 「んー。内緒かな」

 と秘密にされてしまい、更には気分転換に付き合えとまで言われた。

 本人は、告白してくれるほど自分を思ってくれるのは嬉しいとは思うが、あまりその本人の素性や人となりも知らずに付き合いましょうと言うのは気が進まないらしく、相手を振って、お高く留まっているなんて噂が立ったら嫌だとも言っていた。

 そんな相手の要求を断ることの気疲れもあったのか、派手に気分転換したいという話だった。

 なので、俺は派手にその気分転換に付き合ったわけだが。

 まぁ、そんな奈璃に今回のことを頼むのは躊躇したが、本人にその話をすると、「頼みは聞いてあげるよ。でも、僕も愚かじゃない。こちらにはそのような気持ちを抱かないように振る舞わせてもらうよ」と快諾を示してくれた。

 今回に関しては、頭が上がらない。また、奈璃に何か要求されたら断る手段が無くなる。

 そんな二人の会話に耳を傾ける。

 「ぼ、僕はこれと言って得意だとか人に自慢できるようなことは、ないんですけれど。でも、趣味は多くて。読書も有名な文豪から絵本まで読みますし、映画だってアクションからシリアスまで――」

 「あいつは趣味の話しか出来んのか」

 「初対面同士の入り口としては良いんじゃないか? 合致する趣味もあれば、そこそこ話も盛り上がるだろ」

 「でも、正直『バンド聴きます』とか言われて、『あ、じゃああのバンド聴きますか?』って聞いて、『いや、それは聴かないです……』って返された時は一気に盛り下がる、みたいなリスクない? 趣味で挙げられる音楽とか映画とかそんな感じだから中々踏み込めない部分あるよね」

 「下手に熱中度が高いと、お互いに知ってそうなメジャーなやつ挙げるのにプライドが邪魔して口に出せなくて、お互いに緊迫したりな」

 趣味の話とか、今日の天気ぐらいにどうでもよく感じることもある。

 今日見た夢の話に似た、「いや、知らんわ」という込み上げる鬱陶しさも内包しているのだ。

 趣味を語るという行為であるのに、その実、自分はこんなにもこの分野に精通しているという、相手に知識の深さを自慢してくる奴がいることが、これに一役買っていると思う。

 相手と語り合い、好きを分かち合い、お互いにそれを深め合う目的であるはずなのに、何故か牽制し合う。

 難しいものだ。

 「趣味が多いことは素晴らしいことだね。それだけ多くの分野に触れるということは、それだけ多くの視点を持ち、色遣いの多い世界を見ることが出来るということだ。だが、須藤君はそれらを自分で創り上げてみたいと感じたことはないかな? 自分で世界を構築し、自分の力で人の心を動かしてみたいと思ったことは?」

 「いや、そんな……。僕はそんな大した能力は持っていないし、創り上げるなんて……。それに、僕はそれで幸せだし……」

 「大した能力がないというのは、実際に挑戦して、更に長い月日を掛けた結果論から語っているのかな? それとも、自分でそう思い込んでいるだけかな。はなから無理だと決めつけて、理想を勝手に塗りつぶして、夢から目を反らして。それに、須藤君の言う幸せは、本当に幸せの形をしているのかい? いや、実際に幸せなのだろう。でも、それが幸せのすべてだと思ってはいないかい? 幸せとは、これだけの色しか持っていないのだと。」

 須藤は、奈璃の言葉に目を大きく開いた。

 まるで噛み締めるかのように、深く深く思考に沈むように、幸せという言葉を繰り返した。

 「だから、今一度向き合ってみて欲しいんだ。理想の自分と、夢の世界で笑う自分と。問いかけてみて欲しんだ。幸せとは、何かを。須藤君のために書きあげられた詩などない。須藤君のために撮られた映画などない。だから、須藤君自身が、須藤君自身のために、歌を歌ってあげるんだ。音を奏でてあげるんだ。そうして初めて、世界は本当の意味で呼吸を始めるのさ」

 心に刻み込むように、須藤は奈璃の言葉を反芻する。

 羅針盤に針をはめ込むように、須藤は目を閉じる。

 まるで、二人の空間が止まっているかのようだった。

 「最初からできる奴なんていない。よく言われる言葉だ。月並みな表現だ。この言葉は今の時代、いや昔から、珍しくなんてない。だから、須藤君のために放たれた言葉ではない。でも、僕が、須藤君に言ってあげるよ。最初から、理想を完璧に、そのまま遂行できる奴なんていないんだ」

 だから、須藤君は少しずつ積み重ねていかなければならない。

 奈璃は続ける。

 少しずつ、傷付きながらも、歩まなければいけない、と。

 「言い訳で足を止めてはいけない。下を向いて、太陽から隠れてもいけない。疲れることもあるさ、休んで良い。でも、夢は心に住まわせておかないと。希望と、手を繋いでおかないと。須藤君の思いは世界を変えられる。須藤君の手は、世界を創ることが出来る。だって、思い続けたじゃないか。寄り添い続けたじゃないか。後はもう、拳を握るだけだよ。旗を掲げるだけだよ。夢はもう、その視界に見えてくるさ。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている、なんて言うだろ? それを夢に置き換えてみなよ」


 ――夢を見続けた君は、夢に焦がれ続けた君は。もう、夢から魅入られているんだよ。じゃあ、須藤君自身が目を閉じてしまったら、それは悲しいことだろう?――


 俺らを、二人を、沈黙が支配する。

 どこからともなく聞こえてくる喧騒が、ひどく遠く感じた。

 口を開くことは許されない。ここに、水を差すことは許されない。

 今、一人の男が立ちあがろうとしているのだ。火を灯そうとしているのだ。

 それを邪魔することは、何があっても許されることではない。

 須藤が強く、強く拳を握った。

 そして、椅子からゆっくりと立ちあがる。

 その目は、何かを決意したように、強い光が湛えられてた。

 「夢深さん、本当にありがとう。どう感謝を言葉にしたら、この感謝が伝わるかは分からないけれど、いや、この感謝が全部伝わることはないんだろうけど、何度も言わせてほしい。ありがとう」

 「いやいや、僕はただ、須藤君に知ったような口をきいただけさ」

 「そんなことはないよ。僕は、奈璃さんの言葉に救われたんだ。僕の夢を、閉ざした檻から救ってもらえたんだ」

 「いや、むしろ僕は須藤君を辛い世界に放り込んだのかもしれないよ?」

 「だからこそ、僕を救ったんだよ」

 傷付くこと、挑戦すること、何かのために戦うことを、諦めた僕から救い出してくれたんだから、と眩しい笑顔で須藤は語る。

 晴れやかで、温かくて、でも、どこまでも強い意思があって。

 「僕は今日から始めるよ。僕は僕のために、ね」

 「祈っているよ。須藤君の前途に、確かな幸せを掴む未来があることを」

 ありがとう、と最後に呟いて、須藤はその席を後にした。

 奈璃はその場で一度だけ頷いて、そして俺に笑みをよこした。

 「貸しにしておくよ」

 と、須藤が去った教室に一言落として。

 俺は「分かったよ」と返事をして、須藤の後を追った。

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