第9話青春とは、かくも憎く眩しきモノなり

 日ごとに温度と勢いを増していく紫外線降り注ぐアスファルト、そこから亡霊のようにゆらゆらと浮かび上がる陽炎に、何度も学校を幻視しながら歩んだ朝。

 「おかしい……! 何度も……、何度も、学校を貫通する……!」

 陽炎は嘲笑うように、幾度となく幻のゴールを用意した。ゴールにやっとこさたどり着いたかと思えば、それは一陣の風と共に消え去り、次の瞬間には目線の先にゴールがある。

小さなステップをコツコツとこなしていけば、目標は簡単に達成できるという、その実践キットのような通学路であった。しかし、その実態は何度も痛烈な虚しさと努力の空振りを味わうという、無間地獄である。

 ついに本物の校門を潜り抜けたときには、俺には寸分の体力も残されていなかった。

 地を這うように下駄箱を抜け、自分の席を目指したが、地を這うように動いていたので、自分の身体がどこに向かっているのかとんと見当もつかず、一時間目を欠席するという負の奇跡を起こした。

 これには、名立たるうちの先祖様たちも、手をたたいて世紀の傾奇者の誕生だと騒いだか、世界に変革をもたらす稀代の覇王の誕生だと踊り狂ったに違いない。

 後者は全く以て根拠がなく、意味がちんぷんかんぷんなので、個人的には前者を強く推したい。学校という組織に囚われることなく、自分の戦いを生き抜いた俺には傾奇者の称号こそふさわしいだろう。

 天下御免、先生ごめん。あらよっと。

 まぁ、熱中症の足音がすぐそばで聞こえるような状況であったので、勘弁してほしいところではある。

 ちゃんと二時間目からは参加したさ。

 傾奇者ってのは、道を外れることではないからな。

 これには、間違いなく俺の祭り好きの先祖様たちも、褒めてくれる心意気であっただろう。

 「お前、テレビから這い出た男性貞子が帰るテレビを無くして彷徨ってるって、朝から噂になってたぞ」

 先祖様たちの喜ぶ声の幻聴で、その声は俺には届かなかった。



 『Youが望む鬱牢が先の光芒』部は今日も行く。

 先日名称を変えたばかりであること、かつ、もう諦めるしかないんじゃないかという意気消沈ムードに当てられて、もう名前はこれで行くかという風潮の風が吹き始めたこの頃である。

 何だかんだ放課後の憩いの場として機能している気がたまにするこの部室に、いつものメンバーが揃っている。それぞれはそれぞれの作業を、時折会話を周りに振りながらこなし、つまり、いつもの風景がそこにはあった。

 学校生活でのよしなしごとを会話の種に、笑いで部室の温度が上がってきたその時であった。

 「すみませーん」

 という聞き覚えのない声とともに、ドアをノックする音が小さく響いた。

 「酒美鳥、頼む」

 その声に俺は「はい」という返事だけをその場に残し、ドアの方へと向かった。

 ノック以来、沈黙を保っているドアだが、その向こうには来訪者の姿があるのだろう。

 俺はドアを開き、目の前に少年が立っていることを確認し、

 「今日は営業しておりません。お帰り下さい」

 とだけ言って、ドアを閉めた。

 「いや、なんでやねん」

 という真顔でこちらにツッコむ響さんが、やけに印象的だった。

 「え? 盛り上がっていたから、来訪者に邪魔されないようにそいつを帰らせろって指示じゃなかったんですか?」

 「私はこの会話にそこまでの思いを懸けておらん」

 「普通に客を帰らせるお前もスゲーけどな」

 「早く呼び戻しなさいよ、依頼じゃないの?」

 散々非難を射掛けてくるので、仕方なく先程のお客さんを呼び戻す。

 果たして、ドアを開いた先には、混乱した少年がそのまんま立っていたので、さほど苦労はなかった。

 中に通すと、部長たる風格を携えた響さんが語る。

 「ようこそ、生徒を支援する部活へ。ここに来たからには、何か悩み事があるのだろう。案ずることはない、他言するようなことは決してないので、思い切って話してみて欲しい」

 何故か部活名を隠し、話を続ける彼女である。

 「先輩、『Youが望む鬱牢の先の光芒です』」

 「分かってる、忘れたわけではない」

 小声で教えてあげると、どうやら忘れてしまったわけではないらしい。

 部活名は頑なに口にする気はないという、頑固極まる彼女の方針である。

 まずは自己紹介からお願いしてもいいかな、という響さんの言葉に、その少年は遠慮がちに続いた。

 「一年の須藤漓江(すどうりこう)です。ここは悩み事の解決を手助けしてくれる部活動だと先輩から聞いてきました」

 よろしくお願いします、と頭を下げて締めくくった。

 一年生ということは、特殊なケースを除けば俺と同じ年であるはずなのだが、その少年は遠慮がちの縮こまった態度と、平均よりも下回った伸長のおかげで、幾分か年下に見えた。

 「よう、須藤」

 そこに気さくに話しかける冬冬狼。まさかの知り合いパターンか。

 「すみません……、僕が記憶力無くて……。どちら様だったでしょうか」

 と、気まずそうに須藤。

 「いや、初対面だ」

 と、堂々と冬冬狼。

 「まぁ、お約束だな」

 このやり取りは必ず行われるお約束である。あたかも知り合いであるかのように振る舞い、相手に申し訳なさを誘う。あくどい初対面のコミュニケーション方法である。

 「お前ら、同い年が来るとイキイキしだすのやめろ。さて、須藤君はどんな悩みを抱えているのかな」

 須藤は喉を鳴らし、息を大きく吸い込んで、殊更に大きな声を張り上げた。


 「彼女が……、彼女が欲しいんです!」


                  ●


 「はいはい、どうせあれでしょ? 今年の夏、一人じゃつまんなーいとかそんな浮ついた気持ちの、熱い恋(笑)とかでしょ? わろてまうわそんなもん」

 「何か漠然と、あぁー高校生だから恋しとくかー、高校生だから恋しなくちゃなー、みたいなそんな感じだろ? そんなクソみたいなお気楽ねじ曲がったメルヘン思考止めちまえ」

 「高校生になると、恋人が出来るとか簡単に思ってんじゃないの? そんな感覚で恋人出来たって意味ないし、そんなの努力した人だけの話だよ」

 「みなさん恋にトラウマでもあるんですか!? それとも単に僕が嫌いなんですか!?」

 こういった惚れた腫れたの類の話は、同性の方が話しやすいだろうということで俺と冬冬狼に白羽の矢が立った。颶風さんは年上で一年生の話に付いていけないだろうし、何より颶風さんは、イケメンなのである。つまり、そういうことだ。

 冬冬狼もそちら寄りなのだが、こいつは性格がアレなので今回は許すことにする。

 久遠は、男子二人に任せておけないという一点で、俺らに付いて来た。

 そして、最初の俺らの第一声が前述の通りである。

 場所はところ変わって、どこかの教室である。

 話を聞くに、須藤は来たる夏休み、今までそういったキャッキャウフフを体験したことがない故に、今度こそ、高校生になったからには、ということで恋人を探しているという訳らしい。

 「つまりあれだろ? 狂おしい程に恋い焦がれた意中の相手がいるわけでもないけど、漠然と相手が欲しいってことだろ?」

 「ううう、そういうことになる……ね」

 「はいはい、どうせあれでしょ? 今年の夏、一人じゃつまんなーいとかそんな浮ついた気持ちの、熱い恋――」

 「悪口の蒔き直し!」

 しかし、依頼は依頼である。

 こうなったら、この須藤には取りあえず相手を見つけてもらって、その相手を愛し抜いてもらう誓いを立ててもらうことにしよう。

 付き合ってみて相性が合わず、すぐ別れることになっても――決定的な要因は事前にお互いに知るべきないような気がするのだが――いいのはいいのだが、やはり、お膳立てした手前、それではこちらにどこか微妙な雰囲気が残る。

 それに、響さんや颶風さん辺りもいい顔はしないだろう。

 すぐに別れることになるなら、二人の人格などが過分に影響した結果であろうことに疑いの余地はないように思う。今はこうして須藤はおどおどしているが、実は暴力を振るいがちであったり、約束を簡単にたがえるやつであるかもしれない。

 それはこちらの与り知らぬ要素ではあるのだが、しかし、それを見抜けずに相手方などに迷惑をかけるとは何たる体たらくであると、そういうことである。

 俺らも慎重にコイツの性格などを探っていき、とんでもない輩ならば手を切るような、そういった動きが求められるであろう。

 何より、恋愛とは心の動き、つまり精神面に大きく依存するというか、すべてが精神世界での直観の作用である。

 ここで性格を探るというのは、この依頼をちゃんと成功させるためにも必要な作業であるとことに疑いの余地はない。

 「よし、じゃあ君の性格を教えてよ」

 「うぉい! 直球かよ、性格って自己判断で良いのか?」

 久遠がメモ用紙を取り出しながら問う。

 「まぁ、自己評価も大切だからなぁ。ここで周りの評価との乖離が激しいようであったら……」

 「激しいようであったら……?」

 須藤が緊張しながら訪ねる。

 その様はさながら、判決を待つ罪人である。この比喩は、失礼なのである。

 「禁固三年の刑に処す必要がある」

 「異論なし」

 「仕方ないわね」

 「そんなに重罪なんですか……?」

 「しかし、自己診断と他者評価の乖離が大きいというのは、中々複雑な問題だぞ。これが極端でない限り、面倒くさがりか、そうでないかみたいな項目には自分と他人では評価が違っても妥当だが」

 心は見えないからな、という冬冬狼。確かにそうだなと思う。

 結局、人の動きは外面的なもので、内面的な心の情動は観察することは一切できない。心に直接メスを入れるような干渉も出来ないので、それはもう他人個々人の見え方に依存する。

 人が張りきって何かを成しているように見えたとしても、内側では面倒だなという濁り切った文句が、延々と呪詛のように垂れ流されているかもしれないのだ。

 「これが“優しい”とかの他人ありきの性格項目になってくると話が違ってくる」

 つまり、他人に対する気持ちの面での性格になってくると、な。と冬冬狼。

 「これがプラスマイナスのように、百八十度真逆の回答になってくるとヤバい。これは自分が優しいと思っていて、他人には優しくはないと見えているケースと、その逆のパターンでも、本質的には危うさに大差はない」

 「つまりは、感性が一般論とかけ離れていると、相手が怖くなっちゃうってことね」

 「確かにそうかもしれないな。極端に言うと、殺人を何とも思っていないやつみたいな感じだな」

 「え、そういうことなんですか?」

 「うーん……、酒美鳥の考え方は少しズレてる気がしないでもないが、そのような危うさを孕んでいるというぐらいに留めておいてくれ」

 ふっ、やはり凡百な平均人には高尚な俺の考えまで至ることが出来なかったか。

 しかし、悲しむことはない。お前が弱いんじゃない。俺が、強いのだ。

 まぁ、とにかく。

 「俺らは依頼を受けたからにはハッピーエンドを届けたい。だから、そのような不安要素は積極的に排除したいんだ」

 「そういうことだ」

 「よろしくねー」

 どうやら納得してもらえたようで、須藤は首をひねりながら、うんうん唸りながら自分の性格についてゆっくりと吐露していった。

 しかし、やはりというか、自分の内面について語ることに関しては恥ずかしさがあるのか、頬を赤らめながらの供述である。

 「えっと、性格は――」

 「義に厚く、高潔無比」

 「少し気が弱くて、あんまり目立つようなことは苦手……、かなぁ。喧嘩とかも――」

 「腕っぷしにかなり自信があり、一騎当千の実力を持つ」

 「一度もやったことがないし。読書とかインドアな方がどちらかというと好きで、映画なんかは――」

 「脚本を務める程の頭脳を持ち、主演もこなす」

 「結構な数を見てると思う。リーダーシップをとるよりも、補佐に回る――」

 「ことはなく、神算鬼謀を駆使し、持ち前の一騎当千の気迫で敵を狩る」

 「方が圧倒的に多くて、心配性かな。物事に関しては、飽きっぽい――」

 「性格が幸いし、様々な分野において多大な成功を収める」

 「人の性格を作るの止めてくれる!?」

 おぉ、すまんすまんという二重奏を冬冬狼と演じた。

 久遠のメモを見ると、三国志の英雄みたいな人と、インドア派一般人の二重人格のキャラクターが出来上がっており、学園のジキルとハイドの完成である。

 「結構評価が乖離してるわねー」

 自分のメモを見ながら間延びした声で漏らす久遠。

 「乖離と言うかもう別人ですよね!?」

 悲痛な叫び声を上げる須藤。

 どうやら、この二人で少し遊び過ぎたようだ。

 


 「よし、だいたい良いわね!」

 今度は真面目に質問を重ねた結果、ここに、須藤の性格一覧が完成した。

 「内面を覗かれたようで、恥ずかしいですね……」

 後頭部を掻きながら赤面する須藤。確かに結構穿ったような質問もあったため、そうなるのも無理はないのだろう。

 「よし、じゃあ……、後はこの性格表を学校中にばらまいて候補者を募るだけだな」

 「ばらまくときは屋上から派手に行こう」

 「圧倒的強者の遊び止めてください!」

 号外みたいなやり方なんて嫌だ、と泣き叫ぶ少年に優しく語り掛ける。

 「冗談だよ、俺らがそんな悪鬼羅刹に見えるか?」

 「可能性は否定できないです」

 「オーケー、久遠、印刷室に急げ」

 「ごめんなさい」

 机に額を付けるように頭を下げる哀れな少年がそこにはいた。

 「まぁ、恋愛は性格の相性が何よりも大事だ。つまり、お前の性格に合うような女性を俺らが見つけてあげればいいわけだ。お前だって、最初の恋はいいものにしたいだろ?」

 冬冬狼の言葉に首をぶんぶんと大きく振る。

 「じゃあ、お前の性格から相性の合う相手を割り出していくぞ。みんなもどんどんと意見を出してくれ」

 須藤が殊更にやる気を出した。

 恋人候補になる相手を今からあぶり出すのだ。情熱を燃やすのも当然といえば当然。

 やる気は十分。そして、周りにはたぐいまれなる才能を持つ恋愛アドバイザー。死角はない。

 「よし、義に厚く高潔無比で、神算鬼謀の軍師の面を持ち、尚且つ一騎当千の豪傑。様々な分野で歴史的な成功を積み重ね、近年では映画監督主演男優賞も手にした、と」

 「これに合う女性ね……、クレオパトラとかかな」

 「須藤には是非相手を見つけてもらって、人類のこれからに何世代にもわたって貢献してもらわないとな」

 「いやだから、そいつ誰やねん」

 先程の熱を帯びた瞳とは打って変わって、絶対零度の視線で俺らを射抜く須藤。やる気を引き出した瞬間なだけに、こけた時の衝撃はひとしおなのだろう。

 「冗談だ。さて、須藤の性格を総評してみるに……、心配性なインドア派ということがまず浮かぶな。これから導き出されるのは……」

 「同じくインドア派の趣味を持つ人がいいわね」

 「つまり……、二次元の彼女か」

 「インドア通り越してインディスプレイやないかい。引きこもりより引きこもっとるがな。コミュニケーションとらせんかい」

 絶対零度は物を構成する原子の動きを、どこまでも緩慢にする。

 その温度は早くことを進めて欲しいという須藤の血の滲む思いと、思春期特有の異性への興味というすべてを超越するパワーが重なり合い、教室内の時間までも緩慢にしていた。

 性格表を作り上げてから、ほとんど時間が経っていない。

 それもそのはず。

 「ボケるの多くないですか!? 僕は早く進めたいんですけど!?」

 そういうことだからだ。

 「分かった分かった。しかし、答えはさっき出た通りだ」

 「インドア派の趣味を持つ女性ね」

 「須藤もぐいぐい引っ張るタイプの女性よりも、一緒に寄り添ってくれるタイプの女性の方がいいだろ?」

 「そうですね……、どちらかとそういうタイプの人の方が、話が合うかもしれません」

 「それにそうだな……、お前が飽きやすい性格なら、色んなものに好奇心を持つ人がいいだろうな」

 「話を聞く方が好きなら、話し上手な相手の方が会話が弾むわね」

 「海とかでは遊ぶよりも景色自体を楽しむ方が好き……、これなら情緒豊かな人がベストだな」

 みなさんがやっとまともになった、と感涙している須藤をあとに、話は加速していく。

 須藤もその雰囲気に当てられたのか、どんどんと意見を言うようになって、内容はさらに深みを増していき、須藤の相手として探すべき女性像が造り上げられていった。



 「はい、結果はっ……ぴょーう!」

 イエーイという声とともに、拍手の音が舞い上がる。

 教室を跳ね回ったその音は、教室の窓や机を反射して、俺らの耳に届いた。

 音は、円を描くように拡散していく。拍手の瞬間に発した音は、俺らの作業終了の喜びを過分に内包し、反射して届いた音には、俺らの功績を祝福しているかのような声が混じっていたように感じた。

 「というわけで、苦節三十分ぐらいか? ここにおわす、須藤様御方のお相手を務める、身に余る光栄のラッキーガールの性格を紹介するぜ!」

 再び、喝采の音が上がった。

 「やったな、これで具体的な人物を探せるぞ」

 「ここまで絞っておけば、付き合い始めても失敗しないね」

 「うん、頑張るよ!」

 須藤もいずれ来たるバラ色の未来を思い描いて、口角が徐々に重力に逆らい、笑みが凄いことになっている。捕らぬ狸の皮算用の生き写しだ。妄想だけなら誰だってできる。

 しかし、ここで辛辣な意見を言って場を壊してはいけないだろう。

 俺は、良識ある大人なのだ。急に冷静になって場を分析したとて、事実をそのまま突き付けるような真似はしないのだ。

 正論は時に人を傷つける。

 その本質は、正論が人を傷つけるのではなく、正論を言う人が人を傷つけるのだ。

 無造作に無粋に無作法に、正論を持ちこむから、人は欲しくもない現実を持たされて、途方に暮れるだけなのだ。

 だから、俺たちには非正論三原則が必要になる。

 『正論を持たず、正論を作らず、正論を持ちこませず』という思想を打ち出すことが大事なのだ。

 「えーと、だな……。俺らがまず大々的に掲げるべき要素は、何よりもインドア派の趣味を多数持ち合わせているという点だ。インドア派の趣味を持つ人は、アウトドア派の人に比べて、比較的物静かであり、多種多様な知識をインターネットなどのツールから各種持ち合わせているという傾向があると俺の中で統計が取れている。そういった点で、まずはインドア派の趣味の人を見つけると、自然と他の要素も満たす可能性が高いという作戦だ」

 「他には、好奇心があって、話し上手な人とかだったね」

 「情緒豊かだとかそういうのは……、どう判断するんだろうな。小説に関する読書感想文でも書いてもらって審査でもするか?」

 「俺らは何様なんだよ。引いては須藤は、何様なんだよ」

 「ここで僕に悪口が飛んで来るとは思わなかったよ……」

 「よし、じゃあ探しに行こっか!」

 早速久遠が教室を飛び出そうとする。

 きっと頭の中では自分の知人や交友関係から、須藤の条件に合う人物を探し回っているのだろう。

 その行動力は、間違いなく素晴らしいものである。方針が決まれば、積極的に動き出すことはチャンスを掴む上で何よりも大切なことだ。思い立ったが吉日。成果を収めるには、人よりも遥かに先んじることが条件となる。

 しかし、時間は限られているものである。悲しいことに。残酷なことに。

 「待て、久遠。時計を見ろ」

 「時計? いつも通りだよ?」

 「いつも通りボケてんじゃねぇ、時間だよ。時間」

 冬冬狼の指摘通り、時計の長針と短針が、現在時刻が六時辺りをそろそろ回ることを指し示している。つまり、もうタイムリミットを超えてしまっているということだ。

 「まだ大丈夫なんじゃないの?」

 「いや、そうでもない」

 冬冬狼がちらとこちらを見る。俺は頷いて説明を続ける。

 「六時を回ると、妖怪の類が動き出す時間なんだ」

 「お前の発言が妖気に満ち溢れてるわ。もう妖怪に出逢っちまえ」

 「なるほどね!」

 「妖怪が二人に増えたわ、何で俺の周りには妖怪の類しか居ないんだ」

 「妖怪、だと……!」

 「お前も妖気に中てられてんじゃねぇぇぇぇぇ!」

 冬冬狼の怨念の籠ったパンチが、須藤の頬にめり込んで弾けた。

 その目には黒い闇を湛え、眉毛が釣り上がっている。

 「落ち着け、拳妖怪! その拳で浮世の善人を打ち砕かないでくれ!」

 「刃獅々、もう既に時遅しよ……。その拳に殴られたが最後、その人は歯槽膿漏で歯並びがガタガタになるわ……。見て、須藤君の果てた姿を……」

 「そんなっ……、須藤の歯が!」

 「だぁれが拳妖怪ギガントパンチャーじゃ! ええい、お前らも歯槽膿漏にしてやろうかぁー!」

 「言ってない、言ってない。ギガントパンチャーは言ってないよ。何で妖怪の名前が横文字なんだよ」

 「哀れな和洋折衷ね」

 「いや、僕に流れ弾が当たってるんだけど……。歯槽膿漏とか言われてるんだけど……」

 こうしている間にも、無情に時間は俺らの眼前を過ぎ去っていく。

 しかし、そのようにして時間が流れ行くから。そのようにして時間が過ぎ去るから、俺らは前に進めるし、悲劇を過去のものへと追いやることが出来る。時間が有限だからこそ、俺らはそれらに価値を見出し、それらを十全に生きようと輝くことが出来る。

 つまり、この無駄を自覚してこそ、やっと俺らの本題は前へと進むことが出来る。

 「六時を回るってことは、部活に所属していない、ないし、部活を休んでいる人はもうこの時間には学校には残っていない。逆に部活に所属している人はこの時間は部活の真っ最中で、須藤のお遊戯に付き合ってくれる人はいない、というわけだ」

 「だから、この時間に行動を起こすには遅い、と」

 「そういうことね」

 「確かに、もう遅いもんね」

 今回のやり取りの中で敬語がすっかり抜けきって、砕けた口調になった須藤も頷く。

 今回の作戦決行は後日に持ち越しになりそうだ。

 「そういうわけで、作戦決行は明日だ。それまでに各自、条件の要素に見合う人をピックアップしておこう。それでいいな? 冬ちゃん、久遠」

 「オーケーだ」

 「いいよー」

 「じゃあ、そういうわけだ須藤。明日、お前の人生が決まる」

 「え、重くない?」

 その須藤の呟くような嘆きを最後に、俺らは解散した。



 帰り路の空には、六時を回ったにもかかわらず、昼間と同じ表情の太陽が頭上に笑っていた。

 未だ気温は下がる様子を見せず、殴りつけるような日差しが家々を照らしている。朝に立ち上っていた陽炎は仕事を終えたのか、視界に映ることはない。

 この風景は、須藤の行く末を暗示してくれているのだろうか。

 須藤の情熱は、具体的な方針は皆無であったが情熱は凄まじいものだった。目標が定まった今、視界に蔓延るもやは取り払われ、未来の道筋が、ビジョンが明確になった。

 まぁそれは捕らぬ狸の皮算用が映した景色かもしれないが、しかし、行く先には成長はあるだろう。どのように須藤が未来で待つ結果を受け取り、どのように解釈するかは本人次第ではあるが、事象を正しく認識すれば、人生に無駄なことはない。

 変に思想めいたことを、空に浮かぶ雲を見て何となく感じた。

 あの雲も、あの太陽が海に語り掛け、空に産み落としたものである。そしてそれが雨を降らせ、海に流れ着き、水は循環する。

 そのサイクルによって地球は呼吸をしているもので、悠久を感じさせる。

 どうか、俺らの持ちこむお見合いに似たサイクルに、須藤と誰かの悠久がありますように。

 強い日差しに中てられて、思考が変な方向にミスリードされる程に頭が茹っているのか。それとも、初めての本格的な依頼ということで、知らず知らずのうちに自分の中で依頼達成のために最善を尽くす炎が燃え上がる程に、熱にやられてしまったのか。

 柄にもなく人の幸せを強く願うほどに、夏は暑かった。

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