第6話歴史の幕開けと不穏

 「そもそも誰のせいだと思っている」

 その後、何事もなかったかのように、俺らは最初と同じポジションに座っていた。

響さんも流石に冷静さを取り戻し、さっきのことは忘れろと箝口令が敷かれた直後である。

 「俺を見ているってことは……、もしかして俺のせいだと言うんですか!」

 何てことだ、ここにきて真犯人が俺だと断ぜられるなんて。間違いなく犯人に仕立て上げられているに違いない。

 これは荷物の運搬だけを行ったら、その中身が非合法なもので実行犯の烙印を押されてしまいました、知らない間に、パターンだ。みんなも気を付けよう。

 「当たり前だ、部活の結成届を提出する際に、その書類を手にしていたのはお前だろう。そして、この名前を考えたのもお前なはずだ」

 「え、待てよ……」

 思い出してきた。

 確かに、この名前を考えたのは俺だ。

 考えたというか、適当に放り投げたという言い方の方が遥かに正しいが、それはさて置き、提出までしたのは紛れもない、俺である。

 その事実を確認すると、あら不思議。

 「何だ、このどこまでも沈みいくような恐怖と温かさの同居する、果てしなく深みのある部活名称は……。ひらがなで構成されたそのボディは、老若男女問わず歓迎の意を示すように腰を曲げ、『なんでも』と掲げるその強い眼差しは、迎え撃つものすべてを葬り去る歴戦の兵士のような佇まいを感じさせながらも、しかし、味方に語り掛けるような厚い、一種の信仰にも類する信頼感に溢れている。『かいけつしちゃうぞ』の文字から立ち上る飄々としたお茶目さからは、歴代の地球を救ったヒーローのような強者の雰囲気が漂い、同時に、結末を見通すような慧眼を隠し持っている。見よ、『ぞ』の意思を。どんな巨悪な敵が現れようとも立ち向かわんとするその姿勢を。そして何より、『部部』と手を繋ぐようなそれは、部員たちの結束の強さをいかんなく歌い、“全は一、一は全”という教えを固く誓う」

 俺は口を覆うようにして右手を構え、左手を支えにする知的のポーズを取っていたが、その両手を天に掲げ、後詰として声高に叫んだ。

 「まさに……、完成された部活名っっっ!!」

 「さぁ、早く別の案を考えるぞ」

 「はーい」という三人の声が追従し、部室と俺の鼓膜で虚しくこだました。

 「おい! おいおいおい! せいせいせいせい!」

 四人のキョトンとした目線が刺さる。心に。

 「え? 何でそんな目すんのよ」

 思わず口にしてしまったのも、人間として仕方ないことだろう。人間として。

 四人の目線に動揺せざるを得ない。

 たった今、『なんでもかいけつしちゃうぞ部』部という名称の、噛んでも噛んでも止まない素晴らしさを語った所じゃないか!

 「まぁ、お前だけが悪いわけじゃない。お前のセンスを信じた私が悪いんだ、うんうん」

 「まぁ何だ……、ガムでも噛むか?」

 「あんたは疲れてたのよ」

 「すべてにゼロを掛けるが如きセンス野郎め」

 「優しくしていそうでその実俺を責め立てる、そっとガムを差し出す、シンプルに気遣う、そしていつも通り罵詈雑言を持って殴りに来る、そんな愛すべき部員達よ!」

 一人一人にポージングを決めながら、最後に「ジーザス!」と叫んだ。

 「いやいや、良いでしょうこれで。何が気に入らないんですか」

 「先程叫んだだろう。私はこれでは気に入らん。全く以て現状に胡坐をかくことは許さん」

 「まぁ、確かに朧飛に言われると幼稚なイメージはあるなぁ。酒美鳥には申し訳ないけれど、このままでは依頼も来にくいかもしれないなぁ」

 む、同学年の馬鹿者共は歯牙にも掛けないが、颶風さんに言われると少し弱い。

 「おい、今なんか失礼なこと考えただろ」

 「ちょっとこっち向きなさいよ、おいこら」

 キャンキャンとうるさい連中だ。そんなんだからお前らはいつまでも、あだ名が「わろりんぬ丸」なんだよ。

 「言われてねぇよ」

 一方で、颶風さんと響さんは二人で話を進めていく。

 「やはり、漢字などで体裁からまずは知的さをアピールするべきだろうな」

 「何より、何をやっている部活かを伝えないとな」

 「しかし、『なんでもかいけつしちゃうぞ部』部という名称を承諾する生徒会も生徒会だ。文句の一つでも言ってやろうか」

 「ははは、生徒の自由度を重んじる弊害の一つだな。恐らく、生徒会も名称はそんなに気にしてないのだろう。大事なのは本質だ、そんな結論が出ていそうだ」

 「しかし、あの生徒会長がそんなこと通すものなのかな」

 「別にガチガチの思考の持ち主ではないからな、案外、面白がって採用したのかも」

 二人でテキパキと新しい部活の名称の草案が完成しつつあった。

 「ちょっと、ちょっと! ちゃんと俺らも混ぜてくださいよ。俺らもちゃんとした部員ですからね、そこんとこお願いしますよ」

 「ちゃんとした部員ならば、ちゃんとしたものを提出しろ、馬鹿者」

呆れたような目を向けられるが、しかし、「しょうがない」と言って結局、みんなで意見を出し合うスタイルを取ってくれた。



 気を取り直して、それぞれがホワイトボードの前に立つ。そして、それぞれがホワイトボードを自分色に染めるためのペンを持っている。

 「いや待て、おかしくないか。お前らが意見を言って、私がそれを書き込んでいけばいいだろう。何故、ここにいる。カオスの産声が聞こえるぞ、私には」

ホワイトボードに顔を向けたまま、嫌な予感がすると言う響さん。

 そのホワイトボードには、中央に大きく『厄難万象浄化連合部』とある。その下に小さく、『なんでもかいけつしちゃうぞ部』という文字が申し訳なさそうに張り付いていた。

 「いやいや、嘘でしょ。嘘でしょ響さん。え、違いますよね? これ、新しい部活名の先輩の案だとか言わないですよね?」

 「いや、その認識で合っているぞ。思春期と言う多感を極める時期における生徒それぞれ、一人一人の抱える災厄や難問の悉くを解決し、先の見えない不幸から解放させ、円滑に学校生活、引いては日常を過ごしてもらうことを目的とする生徒の集団、という意味だ。これでも縮めた方だ。長くては見づらいし、読みづらいからな」

 「いや、重くない? 背負い過ぎてない? 何か使命感半端なくない? 俺らって英雄かなんか何ですか?」

 「何を言っている、そんな大層なものではないだろう。ただ、心意気、目標は大きい方が励めるというものだ」

 「そこに異論はないんですけど……、いや、伝わんないかな、この気持ち。なぁ、冬ちゃん」

 「あぁ、別のベクトルを持った馬鹿だな。名前負けの典型例だ。名は体を表すと言うが、この名前では身体との乖離が果てしなさ過ぎて、いつか俺らは廃人と化す」

 「そうね、漢字だらけって固く多様な意味と知的さをアピールできるけど、この漢字の盛り方は……、背伸びとこじらせて地に落ちた感性よね」

 「それだそれだ、一般的には厨二病と評されても仕方がないような文字列であり、かつ、韻すら踏めていない。フロウではどうにもならないような、ある意味負のパンチラインを持ったリリックだぜ」

 「お前たちは批判側に回ると凄いたくましいな……。リリックではないけど」

 ところで、響さんは顔を赤くしてプルプルと震えていた。

 「響さん、最初はそんなもんですよ。一歩ずつクリエイターの階段を上っていきましょう」

 「『なんでもかいけつしちゃうぞ』も、よっぽどだけどな」

 「冬がそれ言っちゃうと、響先輩が何てツッコんでいいか分からなくなるでしょ」

 「いや、芽乃琉さん、ファインプレーだ。この僕たちのやり取りが朧飛に考える時間を与える」

 「ええい、うるさいぞ! お前たちっ!」

 うがーと吠えながら、彼女は『厄難万象浄化連合部』という文字を乱雑に白に戻した。

 「よし、始めようか!」

 最高の笑顔でこちらを振り向くが、その笑顔は悲しく映った。無理をして作った雰囲気がどことなく流れていたからだ。しかして、その笑顔には有無を言わさぬ圧力のようなものも宿っていた。文句を言おうならば、途端に首が飛びそうな力の波動が渦巻いているのだ。

 つまり、自分の要求を通すという目的を達するための最高の笑顔だった。

 この布陣を壊せるものがいるだろうか。憐憫と暴力の二段構え。笑顔は二度刺す。

 「じゃあ、まずはこんな感じかな」

 流石、颶風さん。場の雰囲気を察して、まずは一筆入れてくださった。

 そこには、“加勢”、“救援”、“支援”の三つの語句があった。

 「とりあえず、お助けしますよって印象は与えないとな」

 「加勢は大仰で少し物騒なイメージ、救援は命にかかわるイメージ、支援が無難ですかねぇ」

 「でも、無難で良いのか? 冬ちゃんよぉ」

 「よし、加勢だな」

 冬冬狼の持つ青色のペンが描く線が、“加勢”の字を丸く囲んだ。

 「大丈夫か? 加勢に続く語って難しくないか?」

 「任せてくださいよ、響さん。加勢の前に語句を持ってくればいいんですよ。要は、何に加勢するかを伝えればいいんでしょ? ほら」

 そう言って俺は、大きく“なんでも”と書いた。

 「ん? 悪夢再び?」

 「学習をしないのかお前は」

 「執着が凄いわね」

 「酒美鳥は一心不乱だなぁ」

 非難の合唱と共に、俺の案は視覚的にもかき消された。

 「みんな、きっと漢字に囚われてるんですよ。ここはまず既存の概念を打ち破らないと。ブレイクスルーですよ、ブレイクスルー」

 久遠が得意げに語る。しかし、もっともらしいことを言っている。

 確かに、人を助けるときには、多角的な視点でのアプローチや、奇を衒った方法での解決法の模索も必要になるだろう。それを体現しようというのだ。

 冬冬狼の言っていた“名は体を表す”。それを看板に掲げれば意識的にそれらが身に付き、実行へと徐々に近づけるのではなかろうか。なるほど。

 そして、久遠は女子らしい丸っこい字で“everything”と書いた。

 「いや、既存の概念打ち破れや。バジの“なんでも”引きずってるやんけ」

 「不思議系アイドルのファーストシングルみたいだな、『everything加勢』」

 「着眼点までは良かったのになぁ」

 「何かそこら辺にある物が全部加勢してきそうな勢いがあるな」

 もちろん久遠のアイデアは冬冬狼、俺、響さん、颶風さんに完膚なきまでに却下されたが、横文字を使うという方向性は高く評価された。

 それから勢いに乗った俺たちは、次々とアイデアを生み出し、推敲を重ね、どんどんと高みを目指した。

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