第5話騒動と終止符と英雄の死

 朧飛響和音という人物の跡形もなく、取り乱したように彼女は激しく腕や首を振りながら、理性を無くした叫びに似た感情の吐露をぶちまける。

 「何だ! なんでもかいけつしちゃうぞ、って! 軽いわ、弱いわ、薄いわ、安いわ、浅いわ! 気さくなイメージを狙っているのか? 逆効果だ、ちゃらんぽらんな雰囲気しか匂ってこないし、それに準じて仕事出来ない印象バリバリだ! 消せ! この拭いきれない子供たちのお遊戯感を消せ! 何よりも部部の部分だ! 何故連れ添っている! 何故スタンドバイミーなんだ! どんな表現技法だこれは!」

 矢継ぎ早に放った言葉の数々は部室を跋扈し、散々に壁や床を駆けまわった。当然そこには俺らが存在し、例外なく俺らもそれらの言葉に打たれた。

 余すところなく感情を振りかざす彼女に応えるように赤熱する言葉には、悲痛なまでの負荷がかかり、世界にそれの自浄作用では抑えられないほどの歪みを生んだ。

 言葉が流れ出すことに合わせて、また感情が勢いを増すにつれて、激しさを一層高めていくその彼女から溢れだす手や身体、首の動きは、理不尽へ翻す反逆のように、不条理へ突き付ける中指のように、それらに亀裂を入れるが如く、現状への反乱の意思を示している。

 そして言葉を生み出し続け、世界へと激情を紡ぎ続けるその叫びの口は、もはや感情の泉が枯れるまでその命を滾らせ続ける永久機関と化し、そのエネルギーは一片の欠片もなく、主人の意思に従い続けた。もう、目の前の長机を食べそうな勢いである。これも主人の意思なのか。

 「もう……鍛え終わった馬鹿の看板じゃん!」

 締めくくるようにして投げ出された最後のその言葉は、野を超え、山を越え、地球を飛び出し宇宙を飛び回り、天国や地獄のような異世界をも旅した。

 その出発点であるこの部室に、その声はよく、響いたのであった。

 残響をそのままに、誰も動かず、誰も口を開かない時間が続いた。

 時間にして、数分だろうか、数時間だろうか。もはや時間の感覚さえもなくした俺らには、それを知る手立ては、時計を見ること以外にはない。時計ですべてが分かる。あ、二分だね。

 しかし、俺らは確かに、そこに永遠を感じた。

 不思議なものだ。何故かこんなにも、心が豊かだ。

 おれは、永遠を感じたからであろうか。もしくは、どこかで悠久の旅を経験したような感覚が足元に転がっているからであろうか。

 いや、それらは些細な問題だ。

 俺らはただ、この温かく包んでくれるような感覚に身をゆだねていれば――

 「どうなんだ、お前らは!」

 その言葉に、ハッと現実に戻る。

 それは他のメンバーも同じだったようで、皆一様に反応が遅れている。

 しばらくたった後に、ようやく沈黙が破られた。

 「つまり、朧飛は『なんでもかいけつしちゃうぞ部』部という名称が、何か、こう……幼稚で不細工だから気に入らないということなんだな?」

 「そうだ、概ねそういうことで相違ない」

 次々に部活名にぶつけられた怨嗟に似た文句の数々を、二つの熟語で鮮やかに片付けるという見事な手腕を見せた颶風さん。

 なるほど、多種多様な表現で私怨を燃え上がらせてたあの言葉の数々の意図は、そこにあったのか。

 「仕方ない……。では、漢字にしますか」

 「そういうことではない! 漢字にしたって隠しきれない軽薄さが残るだろうが! それに何より、連なる部の文字の件が解消されていない! なんならあれが一番のウェイトを占めているのだ!」

 「仕方ない……。では、一方はカタカナにしますか」

 「なぁ、何で小手先の馬鹿の塗り重ねなんだ? なぁ、何で根本的問題は放置なんだ?」

 カタカナ……、その手があったか流石冬ちゃん! と思っていたが、実際はそういう事ではないらしい。恐らく、惜しい線までは行っているのだろう。

 素晴らしき、文字形態の変換という鬼策であったが、時代が彼を選ぶことはなかった。

 ……ローマ字、というのはどうだろうか。

 しかし何故だろう、これを響さんに提言しようとすると、手が震える……。

 「分かりました。部部の二重苦を取り除く秘策が私にはあります」

響さんが希望の目を向ける。

 その目尻にはうっすらと光るものが見えた気がするが、気のせいだろう。

 「頼むぞ、芽乃琉!」

 「はい、先程の会話は覚えてますでしょうか。その時の会話を利用するという、叙述トリックの使い手もビックリな方法です。つまり、『なんでもかいけつしちゃうぞ部 わっしょい』という形にすれば解決し――」

 「何てことだ! 私の拳がとてつもない破壊衝動にとり憑かれている……! 何故だ、何故解決策を求めているのにっ……、更なる災厄を呼ぶ奴しかいないのだっ……!」

 頭を抱えるようにして天を仰ぐ朧飛響和音。哀れな姿だ。

 いや、真に哀れなのはその過去を悔いるような懺悔に似た姿ではなく、彼女を囲む俗物たちなのだ。

 まさか、そんな考えしか浮かばないなんて。嘲笑を飛び越えて、むしろその手にお金を握らせたい気持ちにもさせるその残念さ加減。涙なしにはその頭の中を覗けないのであろうな。覗くというか、もう、この話し合いの場から除きたい。

 見ていて痛々しいだけだ。あの子らは。

 どれ、そんな頼りない奴らとは隔絶した世界に居座る私が、あの天を衝く慟哭を上げる獣に力を貸してあげようかの。

 「部長、そんなときは、ローマ――」

 「そもそも誰のせいだと思っているぅぅぅぅ!」

 響さんから放たれた右ストレートが的確に俺の顎を打ち抜き、プロボクサーもかくや、と思われる程の技量の前に俺は倒れた。どこからともなく試合終了を知らせるゴングが鳴り響き、俺は瞳を閉じた。

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