第1話 男

理由はない。

ただなんとなくだ。

人気のない森を散歩してみたくなった。

その自然を感じ取り俗世から離れ世捨て人の気分を味わいたいとなんとなく思ってなんとなくの好奇心で森に入った。

特に何も感じることなく、想像していた満足も得られぬまま適当に歩いてそろそろ帰ろうかと思った時だった。

人の気配がした。

おかしい。こんな場所に人がいるはずなんてない。

だけど気配がした方へ歩いてみると、1人の女がいた。

ひどく、美しい瞳をしていた。

その眼には、何が映っているのだろう。

その眼は、何を憂い何を想っているのだろう。

僕はただ興味が湧いたんだ。

彼女と話してみたいと思った。

だから、湖に何の躊躇いもなくザブザブと、しかしこれまた流れるかのように、まるでそれが自然かのように入っていく彼女に声をかけた。

どう見たって彼女はこれから入水自殺をしようとしているのだ。

別にそれを止めようと思っているのではない。

彼女が死んで逝ってしまう前に、ただ今考えていることを、思っていることを、感じていることを知りたかった。

最早これは病気に近い。恋愛とかそういった類に似て非なるものだ。

「あの。」

女が振り返る。こちらを見る。

彼女が僕を見た時、ただ何の感情もないままにひたすらと綺麗だと感じたのだ。

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