020 チミー族

 しかし改めて、ネズミがあげた勝ち星は驚くべきことである。この眼でしかと目撃しなければ、とても信じられる戦果ではない。

 そう思ったのはもちろん東雲だけではなかった。酒宴の勢いで半信半疑のまま盛り上がってはいるが、ほとんどの島民は小さい戦士の功績に懐疑的な様子であった。

 だがしかし、事実には確固とした裏づけがあるものだ。

 幾人かの青鬼が、そういえば、と思い出したように呟いた。


「しばらく前に、南端の都市がひとつチミー族の襲撃でとされたと、噂で聞いたことがある」


「俺もだ! ミクトランの街だろう?」


「そいつは凄ぇな! チミー族といやぁ、昔からちょいちょい反乱騒ぎで有名だったが、ついにやりやがったってわけか!」


 興味深い話である。ミクトランという響きは東雲にも聞き覚えがあった。確か、トトの恐ろしく長ったらしい名前の末尾が、そのような単語で締めくくられていたはずだ。

 日ノ本でも名字として出身の土地を名乗ることがままあるが、彼の場合もその類だろうか。


(やけに戦士、戦士と言っておったが、まことに赤鬼と戦を起こしていやがったとは……)


 酔っぱらいたちの脈絡のない会話をつぎはぎして推測するに、チミー族とは東大陸において、唯一赤鬼の支配下に隷属していない種族であるらしい。――まつろわぬ民、と言えば聞こえはいいが、その実態は家畜にもならない役立たず、最下層民の烙印であった。

 労働力としての力もなく、ただ数が多いだけの彼らは、社会に不要な害獣として辺境の地へ追い払われた。

 岩と砂だらけの乾燥した厳しい土地で、彼らは長いこと迫害の手から隠れるように身を寄せあって暮らしていた。しかしそれも鬼の国土が広がるにつれ、だんだんと限界となり、もはやこれ以上は生きていけない場所まで追い詰められたチミー族は、ついに反撃の狼煙をあげたのである。

 しかしながら、生まれもって宿命づけられた種族の格差は埋めようがなく、窮鼠のささやかな噛み痕など、鬼の堅固な地盤には痛くもかゆくもない。

 長いこと、そう思われていた。


「それでも我らには、あらがうほかにみちはなかったのです」


 いつの間にか食堂はしんと静まり返っていた。杯を片手に、誰もがネズミの語りに耳を傾けた。

 小さく力無い彼らは、かわりに知恵を絞った。気の遠くなるような歳月と、おびただしい犠牲を払い、策を練り、研鑽けんさんを重ねた。弱き者が強き者を倒すための方策を、たゆまず探り続けた。

 そしてついに、失われた故郷のひとつである南都ミクトランを奪還したのである。

 東雲は得心した。砦で繰り広げられた攻防は、偶然でも破れかぶれの蛮勇でもなかったのだ。そのような背景を持つ一群の戦士であったならば、あの目を見張る戦績も必然であろう。

 もはやネズミの武勇伝を疑う声は消え失せていた。

 弁舌が巧みだったからではない。トトの一言一句に熱い血肉が通っていることを、この場に居合わせた者すべてが感じ取ったからであった。

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