第8話 氷点下の行
数年前、氷点下の夜になると偶に思い出し笑う・・・
いつも通ってた武道場、氷点下になると体の芯まで
寒さが突き刺さる。
武道場には柔道、剣道、居合道などの修練者が四隅
のコーナーを上手く振り分け合って、日々猛練習に
打ち込んでいる。
時には警察官が逮捕術なる格闘訓練もやっている日
もあり、警官たちと同じ館内で気合を飛ばしあうのも
妙な気分になるが、ドラム缶に打ち込む轟音と気合に
警官たちも振り返り変な目でジロジロ見られている
のが分かるが、そんなものは気にしないのも鍛錬の
内である。
底冷えの極寒に吐く息も煙のように真っ白に、霧氷に
なりそうな過酷さだ。
その日もコーナーの一角に独り、黙々と鍛錬を続けて
いた。
おうりゃあー!うりゃあー!どりゃあー!
お手製のサンドバッグならぬサンド・ドラム缶が唸り
を上げる。
ズ・ド・ド・ド・ドオーン!
分厚く硬いフローリングの床板が軋み音を発する。
ミシ・ミシ・ミシィ~~~、館内中に凄まじい衝撃音
が鳴り響くと同時に、床板からも地響きのような鈍い
振動音が重なる。
お手製というのはガソリンスタンドから譲り受けた
空っぽのドラム缶を洗浄し、分厚いゴムラバーを巻き
接着し、砂を90kg位まで充填し、ヘビー級並みの
男ほどの重量に見立てた正しく
実戦鍛錬用に自ら考案し作り上げた”お手製”である。
そこに薄いグローブと脛当てを付け、突き、蹴り、
500本ずつ打ち込みをする荒行を常としていた。
並みの男がやれば手首は先ず折れるだろう、脛には
ヒビが入るだろう。
そんな狂気の鍛錬を続けていた・・・。
余りの過酷さに少しやっても息が切れる、しばらく
一息を付いて休憩していた。
柔道をやってる小学生の子供たちがまるで珍しい奴
を怖いもの見たさで恐る恐る近寄ってはまた逃げて
行ったり来たり繰り返していた。
その時、一人の男の子が俺を見て叫んだ、
「あっ おじちゃんの頭から煙が出てるよ~!」
クスクスクス、ケラケラケラ、フフフ・ハハハハ~
俺は「おい、小僧!おじちゃん?お兄ちゃんだぞ!」
子供たち「はあ~い!でも何でおじちゃ・・あっいや、
お兄ちゃんの頭から煙が昇ってるの?」
俺は笑いを堪え「煙じゃねえだろ!俺の頭は煙突かあ?
これは湯気ってんだよ~!」
子供たち「ギャハハハハハハハ~~~」
子供らは笑うだけ笑うとゲラゲラ、クスクスしながら
柔道場に戻って行った。
俺も頭から水蒸気が昇っているのが何となく分かり
SLみてえだな~と小学生たちのお声掛けが可笑しく、
また可愛らしく、しばらくは含み笑いをしていた。
すると今度は3人の体格の良い厳つい面構えの若い
男衆が再び柔道コーナーから、のっし、のっしと肩を
怒らせ、ニタニタしながらガニ股歩きで近づいて来た。
「おっす」「うっす」「ちわ~っす」
俺も「おう、うっす」訳が分からん挨拶を交し合ったが、
屈強そうな3人衆が
「俺たちもやらせてもらっていいっすか?」と尋ねて
きたのだ。
「おう、いいぞ、やってみいや」俺は躊躇なく返事して
やった。
空かさず何と3人衆がいきなりの飛び蹴りをドラム缶
目掛けに一斉に浴びせた!
ドドドォォォ~~~ン!ドガアァァァ~~~ン!
ドタア~、バタア~、ドスン!
ドラム缶はビクともせず、ぶっ飛んで倒れ込んだのは
屈強な3人衆の方だった。
「イタタタ・タタァ~!」「いてぇー!」
「アッツツウゥ~!」
何という事か、恐るべしお手製のヘビー級ドラム缶の
物凄さ!
「おい、大丈夫かあ~?」俺は一応は人情?で心配する
様な言葉を掛けてやった。
3人衆「あ、ありやと、やんした」「す、すんません」
「痛え、あ・つ、てて、お、お邪魔しやしたぁ・・・」
3人衆は足を引きずりながら、今度は肩をすぼめて
背ぼんこの姿勢でスゴスゴと
柔道コーナーへ引き上げて行った・・・。
俺は内心含み笑いを浮かべながら、己の実戦鍛錬の
実感を間違いなく受け取った。
よっしゃ、もういっちょ、やるかあ~、
おりゃあー!どりゃあー!うりゃああぁぁぁーー!!
ズドドドドオォォ~~~ン!ドダダダダァァ~~~ン!
ズズズズズズシ~ンン!
武道場の武道練習者が大勢居る中で、ただ一人だけが
益々にアタマから煙が黙々と昇っていた・・・。
オウリャアアァァァァァァ~~~~~!!!
ドダダダダダダァァァァァ~~~~ン!!!
ズズズズズズズシ~ンン~~~~~~!!!
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