#3 髪にもすがる素行調査

 二階堂榛那。

 それは突如私の目の前に現れた、奇妙奇天烈な魑魅魍魎の名前だ。シェパード犬ばりの嗅覚と、グルメ漫画の登場人物じみた超人的な味覚を兼ね備えた、神出鬼没の都市伝説。

 だけど二階堂榛那は――いちおうは――この星花女子の生徒であるはずだ。部外者の立入が制限された学園内に、制服を着て存在している。つまり彼女は人間だ。

 人間ならば、つけいる隙がある。どこかに致命的な弱点があるに違いない。


「フフフ、覚悟しなさい二階堂榛那。あなたの弱点を暴いてみせますわ……! それもクールに……!」


 昼休み。

 あの魑魅魍魎が潜んでいないか周囲を見回しながら定食をかき込んだ私は、食堂からそのまま図書室へ向かった。図書室には出版された書籍はもちろん、学内の新聞や冊子のバックナンバーが保管されている。あれほどの奇人変人ならば、どこかに情報が残されているはずだ。


「すみません、学内新聞のバックナンバーはどちらに?」


 受付カウンターの奥でお弁当を突いている図書委員に声を掛ける。カウンターのネームプレートには、担当者と思しき女子生徒の名前が刻印されていた。水藤叶美と言うらしい。


「ひょっとまっへね。いまおふぇんとう食べてるから」

「ええ、待ちます」


 もぐもぐタイムを続ける水藤の背中に早く食べ終われと念を送っていると、ふいに肩を叩かれた。なんぜ突然のことだ、当然私の反応は――


「ひいいいいいいいっ!?」


 思いっきりすってんころりんして顔を上げると、水藤とは別の女子生徒が立っている。カメラのフラッシュが焚かれて写真を撮られたことに気付き、開けっぴろげになった両足を急いで閉じた。ていうか盗撮だ。


「な、何をしているんです! 盗撮ですよね今の!」

「大丈夫大丈夫、下着は映ってないよ。映ってたとしてもうまいことボカすから」


 へらへら笑ったカメラ女子に手を差し出され、私はその場に立ち上がる。タイの色を見るに、この生徒も図書委員の水藤と同じ、高等部三年生らしい。


「ちょうどよかった、恵玲奈。そちらの生徒さんがおたくの新聞を読みたいんだって。案内してもらっていいかな?」

「おたくの新聞? えっちなイラストとかでしょうか……?」


 水藤と恵玲奈と呼ばれた女子生徒は一瞬顔を見合わせてから笑った。瞬間、私は天然ボケをやらかしてしまったと理解する。

 おたく違い。クール・ビューティーどこ吹く風だ。


「あはは、君は面白いね。まあ、たまにそういう記事も載せるのがうちの新聞なんだけど」

「うぐ……。そんなに笑わなくてもよくありませんか!?」

「ごめんごめん。私は新聞部の西恵玲奈。ここ三年間の記事は把握してるから、知りたいことがあるなら質問して?」


 なんという僥倖。渡りに船とはまさにこのことだ。三年分の新聞を調べる手間が省けるのはとてもありがたい。活字を読むと眠くなってしまう体質だから余計にだ。


「ああいえ、二年生の二階堂榛那……先輩の記事はないかと思いまして」

「二階堂榛那……? 聞いたことある、恵玲奈?」

「二階堂ねえ……」


 水藤も西も名前を呼んだままうなるばかりだった。なにより学年が違うのだ、無理もないことだろう。それに私が新聞部なら、あんな魑魅魍魎の類を取材して新聞に載せたいと思わない。ていうか載せたりしたら「オカルト記事を書くな」と苦情殺到だ。

 二階堂榛那の情報収集は失敗かと思った矢先、何かに勘づいたのか西が顔を上げた。


「ああ、そういえばそんな名前をどこかで見たね……」

「本当ですか!?」問いかけた私に、西は指先を眉間に当てて唸る。

「ええと、あれは……。そうだ、4月号だ。去年、立成16年。たぶん書架にあるはず。叶美」

「待ってて」しばらく後、書架へ入った水藤がスクラップブックを持って帰ってきた。


 『新聞部作成 学内新聞』の表紙書きには、去年の年度が記されている。図書委員が所蔵しているバックナンバーだ。水藤はページをめくり4月号を見せる。


「……あった。ここ、編入学者リストのところ」


 西の指摘通り『あたらしい星花のおともだち』と題された三面記事に、その名前があった。

 高等部編入、二階堂榛那。顔写真付きだから間違えようがない。


「間違いありません、この人です……」

「この人がどうかしたの?」

「この人は――」


 この人はどうかしてます! と言いかけて、さすがに妙な噂を吹聴するのは危険だと思って言い換える。


「――いえ、ちょっと気になりまして」

「それにしても恵玲奈、こんな小さな記事の内容までよく覚えていたね? 本当に全部丸暗記しているの?」


 尊敬というよりは呆れ混じりの水藤の問いかけに、西は唸るばかりだった。

 が、一瞬置いてすべてを思い出したとばかりに手を打った。記憶にかかっていた靄が晴れたような、そんな心境なのだろう。


「やっと思い出した! 二階堂さんは一時期噂になってたんだよ」

「噂?」思わず背筋が伸びた。あのの噂かもしれないと構えていると、西はまったく違うことを告げた。


「二階堂さんは、菊花寮を蹴って桜花寮に行った生徒でね。あなたも知ってるでしょ? うちの二つの学生寮について」

「ええ、多少は……」


 星花女子学園には二つの学生寮がある。

 ひとつは二名一室の桜花寮。一般的な星花女子の生徒に与えられる部屋だ。それとは別に、菊花寮という一名一室の――いわば専用個室の寮部屋がある。

 菊花寮へ入寮する条件は、部活動や学業、その他個人活動において優秀な成績や才能があると学園側から認められること。一芸に秀でた生徒の才能をさらに伸ばすため与えられる菊花寮は、ある種の称号とも呼べるものだ。


「つまり二階堂さんには、菊花寮に入れるだけの才能があったということ?」

「そう。でも彼女はなぜかそれを蹴って、一般生徒と同じ桜花寮に起居している。それが謎だったから覚えてたんだよ」

「才能ですか……」


 二階堂榛那の顔面偏差値3の顔が過ぎった。

 彼女は、髪の毛の匂いだけで私の居場所を追跡し、味だけでシャンプーの銘柄を当ててしまう女だ。その常軌を逸した能力を才能だと呼ぶのであれば、たしかに彼女は菊花寮に属していてもおかしくはない。


 でもあんな才能、どこでどう役立てるつもりなのだろう。

 二階堂に菊花寮行きを打診した学園側は何を考えているのだろう。


「謎を謎のまま放っておくなんて恵玲奈らしくないね? 特ダネかもしれないなんて言って、飛びつきそうなものなのに」

「デリケートな問題かもしれないから、本人に確認する訳にもいかないでしょう? だからそれとなく、打診した先生に聞いてみたんだけどねー……」

「話してもらえなかったんですか?」


 西は大きく首を縦に振った。


「生徒の情報は売れないよー、だってさ。だから二階堂さんの話はここで終わり。ごめんね、あんまりチカラになれなくて」

「ああいえ、とても参考になりましたわ。ありがとうございます、水藤先輩、西先輩」

「あ、待って」


 立ち去ろうとした所で、西に呼び止められた。振り向きざまにフラッシュが焚かれる。また盗撮だ。本人の同意なしに写真を撮影した場合は肖像権の侵害で、えーと……あとは忘れたけど。


「もう、また撮りましたね!?」

「これは情報料ってことで!」


 デジタルカメラのモニタ――振り向く私の姿が映っている――をこちらに向けて西は笑った。


「むう……」

「そうむくれないの。せっかくいいことを教えてあげようと思ったんだから」

「なんですの、それは」

「二階堂さんに菊花寮行きを打診した先生が誰か、知りたくない?」

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