第20話 暗雲立ち込めるワルプルギスと日本帝国

 後ろを振り向くと、大いに不満気な顔をしたユティーファが立っていた。


 ――すっぽんぽんで。


「っ!?」


 驚きに声を上げそうになった伊織。

 周囲の人間も驚いて声を上げる。


 だがその瞬間、少し強めの風が吹き、それに耐えられず手で目を押さえる周囲の人々。


 伊織も堪らず目を瞑り、風が収まるのを待って目を開ける。

 するとユティーファは白いワンピースを着ていた。


「えっ??? 今のは気の所為?」


「失礼致しました。 時間が無かったもので少々強引な手を使い、皆様には目を閉じてもらいました。 その間にユティーファ様には服を着て頂きました」


 ユティーファの隣にはいつの間にかドワーフのメイド長が立っていた。


「いつもながら凄い早業ね、ルビア」


 シェラーナがメイド長の名を呼び、彼女を褒める。


「恐れ入ります」


 伊織は怪訝な顔をする。


「オイラ、まだ城の人にユティーファの事、話してない筈だけど?」


 ヴェデルがその事について説明する。


「ルビアは数少ない【解析】持ちなんだ。 だから彼女の事を知る事ができたんだよ。 それに伊織が生まれた時、【ブレイブエンブレム】を持っている事にいち早く気付いたのも彼女だよ」


「……その所為でイオリ様には余計な苦労を掛けさせてしまいました。 オーグ陛下――いえ、ヴェデル陛下にちゃんとお知らせしていれば、その様な事には――」


「いや、私が黙っているようルビアに命じたからだ。 彼女は忠実に私の命令を守ったのだ。 だから、彼女に責任はない」


 イオルがルビアを庇う。

 それに対して伊織は何でも無いように言う。


「もう済んだ事だし、それはいいよ。 それにそのおかげで、日本で暮らす事が出来たから。 オイラとしてはその方が良かったんだ。 それより今はユティーファだよ。 ユティーファ、傷の具合はどう?」


「……もう大丈夫。 何ともない」


 仏頂面で答えるユティーファ。

 何故かとても不機嫌な様子の彼女に首を傾げる伊織。


「どうしたんだい、ユティーファ? すっごく機嫌が悪そうだね」


「……イオリは、このままでいいのか?」


「うん? 何が?」


「自分の望まぬ事を他人に無理に押し付けられる事が、だ。 王太子になるのは嫌なのだろう? なのに何故、素直にそれに従う? 私は今まで母や祖母に無理やり力ずくで従わせられてきたから分かる。 それはとても痛くて、苦しくて……悲しい事だ」


 そう言う彼女の顔は悲し気だった。


彼女自身、幼い頃から肉親である母や祖母に虐げられてきた経緯がある。

 そんな自分と伊織を重ねているのだろう。


 自分の事を親身になって考えてくれるそんな彼女に問いに対して、伊織は苦笑いというか困ったというか、そんな顔をしながら答える。


「別に素直に従ってる訳じゃないよ。 糞ジジ……国王陛下にはそれ相応の報いを与えたし。 だけどね、ユティーファ。 人は……人だけじゃない、生きている者は皆、何かしらのしがらみに縛られているんだ。 それは社会だったり、学校だったり、家族だったり。 でもそれは悪いものばかりじゃない。 柵があるからこそオイラ達は生きていけてる部分もあるんだ。 だから、逃げ出せば解決できる――なんて、そんな簡単な問題じゃないんだよ」


「イオリ……」


「柵もまた大切なものもなんだ。 例えば、ユティーファだってオイラに取ってはとても大事な柵なんだよ。 時にはその柵に潰される事もあるけど……同じ柵を持つ者同士、助け合う事だってある。 ユティーファならオイラを助けてくれるだろ?」


「勿論だ!」


 伊織に頼らる事が嬉しくて、ぱあっ!と花咲くような満面の笑みで答えるユティーファ。

 

「ああ、伊織様……またド天然が炸裂して女の子をその気も無いのに口説いて……」


「あの容姿に加えて、あんな事を平然と言うものだから、女の子達が勘違いするのですの。 かくいう、あたくし達も……ぽっ♡」


「アイツ、あんなこと言うからストーカーが後を絶たないんだ……」


「まあいいじゃないですか。 それだけ良い子に育ってくれたと言う事で」


 伊織に見惚れるロスマリンとロミナの姉妹。

 孫に苦労させられている武昭にちょっとずれた事を言う雫。

 そんな彼等とは対象に周囲はビックリお目々で伊織を見ている。


 伊織にとって神社に参拝に来る人々や周囲に建っている商店街のおじさん、おばさん達の受け売りは良い道徳の教材となっていたようだ……多分。


 メイド長のルビアがユティーファの為に他のメイドに指示して椅子を持って来させる。

 その間に伊織は気になった事をヴェデルに尋ねた。


「……今更なんだけど、世界を行き来できるゲートなんて勝手に作ってよかったの? そんな事したら、重罪だったと思うけど……」


「その点は抜かり無いよ。 ね、ロスマリン」


「はい、陛下。 伊織様、その点は御心配無く。 ゲートに関しては皇家の管轄ですので既に設置の許認可も得ております。 ゲートの設置以降、久那神社とその周囲1km圏内は特別指定地域に指定されます。 その代り、伊織様にはもう一つ――一般人向けのゲートを建造して頂きたく」


「ん~……」


 右手の人差し指を折り曲げ、それを唇に当てながら暫し考えを巡らせた後、ロスマリンにその真意について自分なりに予想したものを言う。


「もしかして、オイラ専用のゲートの存在の隠蔽次いでに、その一般向けのゲートから物流を盛んにしようとか思ってたり? 最近、また日本に対して外国の輸出入の規制や税金引き上げが厳しくなってきてるのに関係してる、とか?」


「……その通りです。 実はまだ公にはなっていませんが、ロシアとアメリカが裏で何やら動いているようです。 その為、有事に備えて物資を準備しておく必要が出て参りました」


「また、戦争になるのかな。 中国みたいに……」


 つい三年前まで日本は中国と戦争をしていた。

 その最中でも外国から――特にイギリス・ロシア・アメリカの三カ国が頻繁に艦隊や航空機を差し向けて、邪魔をしては日本を苛つかせた。

 

 その記憶がまだ新しい中での再びの戦争――に、なるかも知れない状況。


「それは……まだ何とも言えません」


 重苦しい雰囲気。

 そんな中、ヴェデルが口を挟んできた。


「日本帝国もだけど、ウチも……と言うか、この世界ワルプルギスもちょっと差し迫った問題があるんだよね……」


「え? 女神アナリータの事なら解決したんじゃ無いの?」


「彼女はシツコイから……ほとぼりが冷めた頃にまた何か仕掛けてきそうだけど。 そっちは取り敢えず置いといて。 今は”ウブレックゴレーム”の方が大事になってるんだ」


「”ウブレックゴレーム”?」


 ウブレックゴレームとはスライムが起源の自然発生型のゴーレムを意味する。


 元々は五十年前、此処より遠い別の大陸にあったテクノロジアと言う国の魔術師、錬金術師、鍛冶師の三つの組織が一つに纏まって、ドラゴンのような大型の魔獣にも対抗出来る強力な兵器を生み出そうとウブレックゴレームを研究していたのだが、それが何かの切っ掛けで実験体が暴走。

 そしてテクノロジアを滅ぼし、野に放たれた実験体は自然界に存在する動物や魔獣、時には人類や神族までも喰らい吸収して己の力血肉にし、自己進化してしまった。


 その大陸は今やウブレックゴーレムの巣と化し、其処から溢れたウブレックゴーレムが他の大陸に飛翔して其処に住む生物達を駆逐して生息域を奪って行くのだ。


「それが魔獣に次いで人類と神族、両者共通の脅威に成りつつあるんだ」


「そんな中で、アナリータはこの世界ワルプルギスを支配用としたの?」


「神である自分ならどうとでも出来る――そう思ったんだろう。 けど、奴等は神すら喰らうんだ。 アナリータは――奴等を舐めてる。 とは言え、ウブレックゴーレムはとても美味しい資源でもある。 なんせ、鉱山開発せずにウブレックゴーレムを倒せば、奴等が吸収した鉱物が手に入る。 ウブレックゴーレムを倒す為の技術――マシンギアも開発したしね。 ……ただ問題は、ウブレックゴーレムの繁殖力だ。 一匹見つかれば千匹は確実にいるからね。 その上、アナリータが戦乱の火種を彼方此方に振りまいてくれたもんだから、その混乱と減ってしまった人工の所為で奴等の対処が進まない。 それで増え過ぎた奴等を駆逐するのに中々手が回らなくてね。 お陰でこっちは苦労してるよ……」


「まるでGのような奴等だね」


「日本帝国とは当初、この世界と貿易する条件として武器や兵器関連等の物品及び知識や技術の遣り取りを禁止させたんだ。 でないと、ミリタリー・バランスが一気に崩れて、両方の世界に戦乱が押し寄せてくるからね。 ……ただ、これも時間稼ぎに過ぎなかった。 何れはワルプルギスにも地球の知識や技術が流入してくる事は想定済みだった。 スキルの力が向こうの世界に流出していったようにね。 でも、此方の世界もようやく技術が進んで地球世界に追いついて来た。 今後、一部の武器や兵器の輸出入の制限を撤廃する。 ……でも流石に、化学兵器や生物兵器、核関連は絶対にやらないけどね!」


 化学兵器や生物兵器、特に核関連技術は人類の手に余る。

 いや、神々の手にも余るとヴェデルは考えていた。


「こっちの世界もあっちの世界も未だ混沌としてるけど、それは大人達に任せて。 今の伊織の仕事は学んで知識と力を得て、それを正しく育てる事だよ」


 そう言うとヴェデルは真面目な話は此処で区切り、自分に仕えてくれる重鎮や忠臣の騎士達に改めて伊織や久那家の武昭と雫、それに獣神の女神ユティーファを紹介して回った。


 今まで余り公にされていなかった王太子妃である珠姫の出身家――久那家について興味津々だった重鎮や騎士達の質問攻めにあい、タジタジの伊織と老夫婦であった。

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