第19話 少年の進路――輝導学園

 ――トリスヴァン城の中庭


 ヴェデルやシェラーナ国王夫妻に伊織の両親であるイオルと珠姫の王太子夫妻。

 更には国の中枢を担う宰相や重鎮達に護衛を担当する近衛騎士達が集まっていた。


 伊織はユニークスキル【ブロック】の能力を使い、雰囲気を出す為にブロックで次元のゲートっぽく組み立てて、それに能力を付与し組み合わせたブロックを取り付け、トリスヴァン王国にある王城の中庭と久那神社の敷地内に立っている自宅の中にあるリビングに繋ぐ。


  本当は未来から来たロボットの何処でも行ける扉を【ブロック】の能力で再現してみようと挑戦したのだが、試してみた結果、良く分からない謎空間に繋がった。


 ヴェデルが言うには其処は量子論で提唱されているような『可能性の世界』に繋がったらしい。

 

 その世界に踏み込めば己の望む可能性を引当て、自分の行きたい世界に行けるが、行けば最後、帰還はほぼ不可能であるとの事。


 幾ら試してもその空間に繋がってしまう為、諦めて場所指定で繋げる事にしたのだ。


 因みにヴェデルの司る技巧と技芸は本来であれば似たような意味合いだが、此処では技巧を技術の創造、技芸は技術の使用という意味としている。


「伊織、無駄に凝るねぇ……後でそれ移動するんだよ?」


「そう思って適当に作ったよ。 本気で作れば半日は掛けるよ」


「マジかっ!?」


 ヴェデルが驚くのも無理はない。

 この形だけのゲートをブロックで作るのに要した時間はおよそ十分。

 なのにとても適当に作ったとは思えない完成度だったのだ。


 ゲートのスイッチを入れると3Dパネルが表示され、それを操作する人間の顔認証や網膜認証をするセキュリティシステムまで作る凝りようだ。


 ツールデヴァイスとして【ブロック】に取り込まれた神器【アガトゥース】のお蔭で、組み立てた部分で気に入らないブロックがあれば、その箇所を一々分解する事無くブロックの形状の変更や変形、削除を手軽に変更できたり、失敗してもその前の作業まで戻せたりと、作業の効率化でより自分のイメージ通りに作れるようになり表現力が増した為だ。


 伊織は問題ないかゲートを起動させてみる。

 すると、ブロックで作った枠の向こう側が今まで城の中庭だったのが、空間が一瞬歪んでボヤケた後、何処か建物の室内を映し出した。


 其処は伊織が過ごしてきた懐かしい空間、伊織の過ごしてきた自宅のリビングだった。

 その向こう側には二人の人影が。

 武昭と雫だ。

 

「伊織!」


 二人は伊織の姿を確認するや、ゲートを潜って伊織の下に駆け寄り抱きしめる。

 雫は愛おしそうに伊織の顔に頬ずりする。


「ホントに、無事で良かった……」


「心配掛けてゴメン……」


「伊織が悪いわけじゃないわ」


「話は聞いたそ。 全ては傍迷惑な女神の誤解だったと。 今は居ないらしいが、今度会ったらとっちめてやる!」


 セレネディアに対して怒り心頭の武明。


 そんな三人に珠姫がゆっくり歩いて近寄る。

 近づく珠姫に気付き珠姫を見る武明と雫。


「父さん、母さん……」


「おお、珠姫。 直接会うのは十三年振りか……」


「元気そうで良かったわ」


「二人こそ……。 伊織を私達の代わりに育ててくれてありがとう……」


 其処でヴェデルが珠姫達に声を掛ける。


 因みにヴェデルの顔は伊織が治癒無効化の効力を打ち消したので元の顔に戻っていた。

 ヴェデルと合う時、事情がバレたら自分が怒られる。

 武明に……ではなく、雫を恐れての事。

 雫は本気で怒ると武昭を凌駕する恐ろしさなのだ。


「武明殿、雫殿。 此方にテーブルと椅子を用意しのでゆっくり話をしましょう」


「……貴方が我が神社の祭神様であらせられます久那様か。 此度は娘と孫が大変お世話になりました」


「いえいえ。 広い意味では武昭殿も我が子。 親が子の面倒を見るのは当然の責任ですから」


 久那家とトリスヴァン王家の面々は王城の広い中庭に用意された椅子に腰掛けると、それを見計らって背が低く恰幅の良いドワーフのメイド長が給仕係に指示して各人のテーブルにお茶を用意させる。


「さて、先に大事な話を済ませてしまおう」


 ヴェデルは伊織に視線を向けて話し始める。


「僕は昭殿と雫殿に連絡を取り、事前に話をさせて貰ったけど、伊織にはこの王城から久那神社を経由して日本の学校に通学してもらい、そうして徐々に此方の世界ワルプルギスでの生活に成れていってもらうつもりだ。 此処までは良いね?」


 其処で武昭が申し訳なさそうに話に割り込む。


「すみません、久那様――いえ、此方の世界ではヴェデル様でしたか? ……実は伊織の通う学校に関してなのですが……。 今朝、日本帝国政府から連絡がありまして、スキル検査を受けるよう言ってきました。 その結果次第では学校を変更するとも言われました」


「……ロスマリン、ロミナ。 君達は何か聞いてるかい?」


「いえ、私達は何も」


「皇室からの連絡は一切来ておりません」


「フム……どういう事だろ?」


「先方の話し方からして、伊織の【ブレイブエンブレム】の封印が解けかかっている時に伊織を診察した医者が情報を漏らしたようです」


「うん? もしかしてギフトである事がバレた? でも国の専門機関に居る【解析】持ちなら兎も角、地方都市の病院なら【鑑定】持ちしか居ない。 ならギフトなのか判別つかないと思うけど?」


「恐れながら、陛下」


「何かな、ロスマリン?」


「恐らくその医者は伊織様の持つ【ブレイブエンブレム】と他のギフト持ちのデータを見比べて、それにより類似点を発見し、ギフトであると見当をつけたのではないでしょうか」


「ああ、なるほどね。 だからスキル検査か。 ……でもおかしいね。 珠姫さんの事も含めて久那神社に関しては皇室から日本帝国政府に圧力を掛けてもらってアンタッチャブル《触れてはいけない案件》に指定されてる筈なのに。 何故だろ? 政府の担当者はその事を知らない? それはないよね……ね?」


 ヴェデルは顔を強張らせ、ロスマリンとロミナに尋ねる。

 尋ねられた本人達はサーと血の気が引いて顔が蒼くなる。


「ロミナ! お願い!」


「はい、お姉様! 直ちに確認致しますの!」


「……しかし、困ったね。 今の伊織はギフトは無くなったけど、代わりにユニークスキル持ちになった。 結局、学校は変わる事になるか……」


 ギフトやユニークスキル、術系統、それ以外に何らかの特殊なスキルを持つ所持者ホルダー達は日本帝国政府が管理・運営する輝導学園に集められ、生徒達は徹底管理される。


 彼等の能力は強力で危険な力であるので致し方ない面もあるが、それと同時に国益となる大事な研究対象でもあるのだ。


 暫くして戻って来たロミナ。

 その顔色は先程よりも更に血の気が引いて蒼白となっていた。

 それはヴェデルの予想が当たっていた何よりの証。


 ロミナが皇室を通して政府に問い合わせてみた結果、申し送りの不備で担当者が知らなかったらしい。


「申し訳ありません、ヴェデル様。 此方の不手際です」


「いや、皇室は此方の意に添うよう動いてくれている。 君達が悪いわけではない。 だから気にしなくていいよ」


「すいません、私が迂闊でした」


「武昭殿も悪くない。 此方の想定が甘かっただけだから」


「……もしかしてオイラ、学校は輝導学園になるの?」


「そういう事になるねぇ。 行き成り方針転換する羽目になるとは思わなかったよ……。 輝導学園は悪い学校ではないんだ。 寧ろスキルを効率的に伸ばせて効果的に運用する方法が学べる。 それに寮制と通学制の二つに対応している。 ……ただ、【ギアス】がねぇ、厄介なんだよ」


 輝導学園に通う生徒は【ギアス】と呼ばれるスキルを制限するマイクロチップを体内に埋め込まれる。

 学校では授業内容によってその制限を開放するのだが、学校外――普段の生活では年齢や免許を得る事でスキルを扱う事が可能となる。


 ただし、スキルを使用した犯罪行為を行った者は適用外となり、下手をすれば生涯【ギアス】によりスキルの使用は不可能になる。


 無論、マイクロチップを無断で摘出する事も犯罪行為に該当する。


 チップからは定期的に特殊な信号が発信されており、もし無断で体内からチップを除去すると、チップに組み込まれたセキュリティが働き信号が途絶える。


 すると、マイクロチップを管理する政府機関――この場合は警察のスキル犯罪を担当する部署――にその信号が途切れた事が分かり、チップを除去しようとしたその違反者を速やかに拘束に向かう。


 例外としてこのマイクロチップを合法的に体内から除去する方法が一つある。


 それはこの世界ワルプルギスに永住する事だ。

 この世界ではそもそもスキル制限を管理する機関が無い。

 余程重要なスキルでなければ国やギルド等が管理に乗り出す事は無いし、そもそもしない。


 そしてチップを埋め込んでもスキルの使用制限を一切受けない方法がある。


 皇族と婚姻を結んでその一員となる事だ。

 皇族もこのマイクロチップを埋め込む義務から逃れる事は出来ないがスキル制限は無い。

 どちらかというとスキルが暴走した時の為の安全装置としての役割を担うのだ。


 しかし皇族との婚姻は社会的地位や立場、それに経済力等が加味され、その殆どがお見合いなどの政略結婚である。


 伊織の場合、ロスマリンとロミナとの間柄はまだ婚約段階なので適用されない。


 恋愛も無くはないが非常に難しい。

 だからこれは、普通はありえない非現実的な方法なのだ。


「オイラがもし国王になったら久那神社は誰が継ぐの?」


「それは変わらず伊織が宮司だ。 だけど、国王になるとそうそう宮司の仕事は無理だからね。 ロスマリンやロミナの二人のどちらかが宮司代理――になるよ。 伊織と二人の相性はとても良いんだ。 その為の結婚でもあるから。 ……ただ、伊織の後ろに居る娘は不満のようだね」


 苦笑いするヴェデル。


「え?」


 後ろを振り向くと、不満気な顔をしたユティーファが立っていた。

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