第18話 家族

 その後、諸侯や各国の大使が集まっているの丁度良いという事で様々な行事がついでに開催された。


 夜には晩餐会が開かれ、昼に行われた謁見の間で発表された国王の退位と次期王太子についての話題で持ちきりだった。


 晩餐会は城内にある式典など様々な行事が行われる場所で開催され、食事は立食形式で行われた。


 会場の彼方此方では貴族の派閥で固まり情報交換をしている。


 ペルセリオンは早々に帰還――せずに会場の華である令嬢達をナンパしてお持ち帰りしようと企んでいた。


「娘達よ、我が住む神界の神殿に来ぬか? ――って、痛!?」


 が、それをセレネデイアに邪魔されていた。


「変な事して伊織の足を引っ張るんじゃない!!」


 その様子を近くで見ていた貴族の令嬢、令息達。


「あの話はホントだったんだ……」


「キャ~、あれが異世界で言うツンデレなのね!」


 彼等彼女等は二人がデキていると勘違いしていた。


 実は神話として伝えらているものの中には同人誌的な創作物が混じっており、ペルセリオンがセレネデイアをヴェデルに取られたくないが為に封印し、独占したと言う話もあった。


 ブルッ!?


「「な、何故か急に寒気がっ!?」」


 周囲が自分達に向ける熱い視線と異様な空気に寒気を催す二柱。

 実は意外と気が合うのかもしれない。


 それは兎も角。


 次期王太子に指名された伊織はこの国の正装を着て、腫れた顔を再び仮面で隠した国王ヴェデルと妃のシェラーナは次期国王で実父の王太子イオルとその妻で実母の珠姫の間に挟まれて挨拶に来る自国の貴族達や諸国の大使達に対応していた。


「初めましてイオリ様。 今後、よろしくお願い致します」


「此方こそ」


 流暢に異世界の言葉を操る伊織。

 実はこの世界の言語にそれほど詳しくない。

 せいぜいが学校で習った程度。


 なら何故、普通に会話が成立しているのかというと。


 神であるセレネディアやペルセリオン達は会話ではなく頭の中で考えた言葉を直接伝える念話という手段で遣り取りしているので言語は必要としない。


 伊織の母である珠姫、それにヴェデルの弟子であるロスマリンやロミナはそもそも日本帝国人であるので日本語での会話が可能だ。


 ヴェデルに至っては長い年月を日本で過ごしていたので当然。

 他にも世界各地を旅していた経験から他の国々の言語も操れる。


 イオルやシェラーナはそのヴェデルから日本語を習ったので日常会話くらい余裕で熟せる。


 そして問題の伊織はユニークスキル【ブロック】の能力を活用していた。

 スキルでブロックを創造し、それに能力を付与して体に突き刺せば、あら不思議。

 この世界の言語を瞬時に喋れる様になるのだ。


 なので伊織は今、耳朶にピアスに見える円形状で平べったいブロックが突き刺っていた。




☆☆☆☆☆☆




 漸く、貴族達の挨拶が終わったのは晩餐会が終わりに近づいた時。


 普段の晩餐会で行われる挨拶は他国の大使や自国の主だった諸侯達だけなのでこんなに時間は掛からないとロミナとロスマリンの二人が教えてくれた。


 晩餐会が終わり、国王一家が使うリビングで遅い食事が行われる。


 晩餐会では主賓である自分達は食事を摂る暇もない。


 普段使われる王族専用の食堂ではなくリビングとしたのは、伊織と積もる話もあるだろうとヴェデルの計らいであった。


 セレネディアとシャーランは久しぶりに神界に戻ってみると言って、ペルセリオンの襟首を引っ掴んで行ってしまった。


 リビングに向かいながら伊織は思う。


 母は写真で見た事あるからまだしも、父はそれすら無いから全然親近感が沸かない。

 しかも、謁見の間で初めてあった時から二人とは必要な事以外の会話はしてない。

 正直、どう接して良いのか良く分からない――と。


 そう変えに没頭していたら、行き成り抱きしめられた。


「うわっ!?」


 伊織はいつの間にかリビングに到着していた。

 其処で抱きしめてきた相手は伊織の母――珠姫である事に気付く。


 珠姫の容貌は面影が祖母に似て優しそうで、目元は祖父に似て切れ長の美人だ。

 美しい黒い髪が腰辺りまであり、その黒髪によく映える白いドレスを着ている。


「……ああ…もう一生会えないと思っていたのに……。 伊織とまたこうして会えるなんて……」


 慈しむ母の胸に抱かれる伊織。

 その暖かさに次第に懐かしさが込み上げてくる。


「珠姫さん、私にも孫を抱かせてくれないかしら?」


 珠姫には悪いと思うが、自分も初めて合う孫の伊織を抱きしめたくてウズウズしていたシェラーナ。


「あっ、はい。 御義母様……」


 名残惜しそうにしつつ、伊織から離れる珠姫。


「イオリ、初めまして。 私が貴方のお婆ちゃんのシェラーナ・ガウル・トリスヴァンよ」


 シェラーナにそっと、前から抱きしめられる。


 祖母と言いつつ、さすがはハイエルフ。

 シュラーナは老齢にはとても見えず、二十代前半の美女にしか見えない。


 そうやって抱きしめられている間に、ロスマリンとロミナの二人がリビングのテーブルに食事の準備を整えた。


 中々伊織を離そうとしない母にイオルが業を煮やして声を掛ける。


「母上、私にも――」


 自分も伊織を抱きしめたい――母に訴えようとしたその時。


「それより、早くご飯を食べよう。 皆もお腹が空いてるでしょ」


 ヴェデルがイオルの言葉を遮り、食事を急かす。


「それもそうですね。 珠姫さん、伊織、食事にしましょうか」


「そうですね、お義母様。 伊織もお腹空いてるでしょ?」


「あ、はい」


 その言葉にイオル以外の皆が賛同し、ボーゼンと佇むイオルを一人残して皆が席に着く。

 我が子を抱きしめようとして開いたままの手をワキワキさせながら恨めしそうにヴェデルを向かって言う。


「それにしても父上があの有名なヴェデルだったなんて知りませんでしたよ」


「私も謁見の間で聞かされて初めて知りました」


「え? 母上はご存知では無かったのですか? その割には落ち着いていましたが」


「一国の妃があれしきで動揺してどうしますか。 ……でも、そうね。 内緒にされていた分、後でそのお顔を一発殴らせて頂きますね。 その顔なら今更一発くらいどうって事はないでしょう?」


「いやいやっ!? 今も物凄く痛いの我慢してるんだよ!! 勘弁してよ、シェラーナ!!」


「父上、その顔はどうしたのですか?」


「ん? 謁見の間で言ったろ。 伊織にやられたって。 もうね、抵抗する暇もなくボッコンボッコンにやられたよ! 一発だけって言ったのに! しかも治癒が効かないんだよ! 伊織! 治癒が効かないように殴ったね!」


「そりゃそうだよ。 だって、腹立つ事言うわ、オイラの知らない所で勝手されるわ。 ご近所でも温厚で有名なオイラも、今回の事はさすがに鶏冠トサカに来たからね! 一ヶ月はそのままで居てもらうよ!」


「……ご近所って……確かに此方の都合を押し付けたのは悪かったとなと思っているよ。 でも、それはさすがに酷いよ! イオルも同罪だ! なんだったら次いでに殴っとく?」


「え”っ!?」


「……いや、辞めとく。 イオル……様にはそういう気が起きないから……」


「イオリ……」


 自分の息子に様付して呼ばれて寂しく感じるイオル。

 これなら父と同じ様に殴られたほうが何倍もマシだと思った。


「僕なら良いの!?」


「アンタに遠慮してたらとんでもない事になりそうだから」


「僕は”アンタ”呼びなの!?」


 可愛い初孫にアンタ呼ばわりされる哀れなヴェデル。

 ”様”付けの方がまだマシだと思うも、自業自得なので仕方がないかと割り切る事にした。


「そんでオイラ、もう日本帝国に……久那神社に帰れないの?」


 食事をする手を止めてヴェデルに尋ねる。

 ナイフとホーク持つ手が心なしか震えている。

 このまま久那神社の祖父母に会えなくなるのが嫌だし怖いし悲しいのだ。


「いや、もう帰ってもいいよ。 学校も大学部までは向こうで通っていい。 ……ただし、生活の基盤は此方に移してもらうよ。 部屋も用意させよう。 って言うか、今の伊織なら自力で往来できるでしょ?」


 ヴェデルの言葉に拍子抜けする伊織。


「……多分できる。 でも良いの? 向こうに帰ったら、もう戻って来ないかもしれないよ?」


「それならそれで仕方がない。 でも、伊織はそうしないでしょ? 無理に押し付けられたとはいえ、其処まで無責任じゃない。 でなけりゃ、全部投げ出して、とっくに日本に帰ってるだろうからね。 それに、君が能力を使って此処と久那神社を繋げる事ができれば、武昭殿や雫殿が何時でも珠姫さんに会える様になるし、あの二人はとても喜ぶ。 そうなれば君は凄く嬉しい――でしょ?」


「え? 伊織?」


 目を見開いて驚く珠姫。

 まさか、伊織がそんな事を考えているだなんて思ってもいなかったのだ。


「……何もかもお見通し、なんだ」


 ジト目で睨む伊織。

 自分の考えや心情を見抜いた眼の前の狸親父に対して、これが伊織に出来る精一杯の反抗だった。


「はは、僕も其処まで完璧じゃないよ」


「ありがとう、伊織!!」


 珠姫は喜びの余り、隣に座る伊織を抱きしめた。


「うわっ!? ちょっ!!」


 珠姫に勢い良く抱きつかれた拍子に椅子ごと倒れそうになるのを何とか堪える。


「それより食事が冷めてしまう。 さぁ、食べよう」


 その日、父と母が揃っての初めての食事は日本に居た頃よりも少し賑やかだった。

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