第17話 少年、王太子になる
「陛下、どうしてイオリに会わせて下さらないのですかっ!!」
トリスヴァン城――国王の執務室にて二人の人物が言い争っていた。
一人は一見美青年の優男に見えるが、その実この国を取り仕切るトリスヴァン王国国王オーグ・ガウル・トリスヴァン。
だが国王オーグの正体は神々の王である太陽神ペルセリオンの実兄で技巧と技芸の神ヴェデル。
その正面には彼の妻シェラーナ・ガウル・トリスヴァンとの間にもうけた唯一人の息子――王太子イオルだ立っていた。
イオルは執務机の前に向かって椅子に座るヴェデルに詰め寄っていた。
「まだ心の準備がお互い出来てないからだよ。 此方は伊織の事を良く知っているけど、伊織は全くっていい程知らないんだ。 イオルは感動の再開を期待しているのかもしれないけど、彼が君と会ったのは生まれた時だけ。 覚えている訳がない。 その上、自分に両親が居ない事に対して疑問を抱かないよう暗示を掛けた。 ……伊織は君の事を父親とすら認識してくれないよ?」
「それでも! 私はイオリに会いたい! 会って謝りたいんです! この城に滞在しているセレネディア様が創り出した神殺しの呪――ギフト【ブレイブエンブレム】の所為とは言え、息子を捨てるような真似をしたのですから!」
感情的になり、ついうっかり呪いと口を滑らせそうになったが、何処に間者の耳があるかも分からない。
改めてギフトと言い直すイオル。
「だから~、伊織としてはそんなもの要らないの。 だって、そんなの知らなかったんだし。 珠姫殿の実家の跡を継ぐ宮司見習いとして育ってきたのに、今更『実は君は、異世界の国の王子様なんだよ!』って言われた方が迷惑なんだよ。 其処を理解せず、無理に話を通そうとすれば嫌われちゃうよ? いいの? 君は兎も角、珠姫さんも巻き添えにしちゃうよ? 一緒に憎まれちゃうよ?」
「うぐっ!? そっ、それは……」
「まあ、憎まれるのは僕も一緒さ。 だって、君が伊織の身を案じて異世界にある珠姫さんの実家に伊織を預けたのを黙認したんだから……」
「父上……」
ヴェデルは目を瞑り、感慨深げに眼の前の息子に語る。
「しかし、血というものは恐ろしいね。 隔てられた世界にも関わらず僕の血を引く子供達が出会い、結婚するんだから。 しかも、セレネディア様とセリオンのトラブルに巻き込まれるのもね」
ヴェデルは溜息を一つ吐くと、瞑っていた目をゆっくりと開ける。
その目には強い決意を秘めていた。
「此処は僕に任せてくれ。 何、悪いようにはしない。 せめて、君と珠姫さんの二人が憎まれないよう僕が盾となろう。 それが君の父親としての僕の役目だ」
「……分かりました。 父上が其処までおっしゃるのならば、お任せ致します」
☆☆☆☆☆☆
国王が公式の場を設け、幾つかの重要事を発表すると言う事で、国内にいるトリスヴァン王国に属する貴族のみ成らず、周辺諸国の大使達をトリスヴァン城に招待し、一般の体育館位の広さがある謁見の間に集められた。
そして、イオルと珠姫は謁見の間にて念願の伊織と漸く対面する事に相成った。
顔に仮面を付けた玉座に座る国王ヴェデルの前で。
(昨日の夕食から姿を見せないと思っていたら、あの仮面姿……一体、父上はどうしたというのだ?)
伊織との鬼ゴッコの翌日にヴェデルはこの発表の場を設けていたのだが、まさか伊織に顔面の原型を留めない程に殴られるとは思わず、腫れ上がった顔を隠す為に仮面を着用していた。
(……うう~、仮面を被っているだけでも痛いのに、喋ると尚痛い。 治癒が殆ど効かないから腫れが全然引かない……。 伊織の奴、治癒を阻害する能力を組んで殴ったな)
息子のイオルやその妻である珠姫を含む、この場に居る者全てが仮面を付けたヴェデルの姿に動揺を隠せないでいた。
唯一例外があるとすれば、ヴェデルの仮面の下の事情を知る妃のシェラーナと彼が顔を隠さなければ人前に出られない姿にした張本人の伊織だけ。
「……さて、この場に集ってくれた者は既に承知しているだろうが、改めて名乗ろう! オーグとは世を忍ぶ仮の名。 余の真の名はヴェデル! 技巧と技芸を司る神である!」
ザワつく謁見の間。
そこかしこから声が上がる。
「やはり、あの情報は真であったか!」
「ではイオル様は半神か!」
「するとあそこに居るのが、例のあの……」
会場内にいる者の視線が伊織に集まる。
さすがに内心ちょっとビビる伊織。
「静粛に! まだ話の途中である!」
「余はいずれ神界に帰らねばならぬ時が来るだろう。 だが、それは今ではない。 しかし、その準備はしようと思う」
一度、玉座から謁見の間を見回してタメをつくる。
「余は此処に宣言する! 十年後、余は王太子イオルに王座を譲ろう!」
”おお~~~っ!!”
「そして次の王太子には、闇と褥を司る女神アナリータから我が弟にして神々の王、太陽神ペルセリオンを見事救ってくれた、此処に控える余の孫の伊織を正式に指名する!」
”ザワッ!? ざわざわ!!”
「お、お待ち下さい! 陛下!」
其処で国王であるヴェデルに対して一人の貴族から待ったを掛ける声が上がった。
耳の上部が尖り、頭部をハゲ散らかした、図体がデカく、しかしその腹にはブヨブヨの脂肪が詰まっているであろう太った男――ピグナシオン・ブオート侯爵だ。
「ん? 何だ、ブオート侯爵。 余に意見すると言うのか?」
「恐れながら、不敬を承知で進言致します!! 王太子には我が息子ファイを指名するのではなかったのですか!!」
国王の前で図々しくも自分の息子が王太子であると言ってのけるブオート侯爵に対して大勢の貴族達や諸侯、他国の大使達が眉を顰める。
王家に最も近しい公爵家は女性ばかりで男は一人もいなかった。
皆、婿を取るか他家へと嫁いでしまっている。
次に近いのが侯爵家。
その中でも一番有力とされていたのがブオート家の嫡男――ファイだった。
「王太子候補は居ると言ったが、それがファイであると余は一言も言っておらぬぞ」
「しかしながら、イオリ様は病弱で生後間もなく、医術が発達した異世界の日本帝国に送られ、其処で治療を受けながら暮らしていたと伺っております。 その様なお方に王太子が務まるとは――」
「お主が申しておる事、正確ではないな。 我が孫、伊織は原初の神の一柱にして万能を司るセレネディア様がお創りになられたギフト【ブレイブエンブレム】を授かった」
「なっ!? 今までの歴史上、誰も手にする事がなかったセレネディアの呪のギフト、神殺しの【ブレイブエンブレム】を!?」
謁見の間に緊張が走る。
【ブレイブエンブレム】とはセレネディアがペルセリオンを殺害する隠し玉として用意したもの。
現在、この
その殆が太陽神を王とし、従う眷属神や配下の神々である。
それは即ち、ペルセリオンを信仰しているも同然。
そのペルセリオンを殺す為のギフト――【ブレイブエンブレム】を所有するという事は、神に弓引くも同義。
見つかればタダでは済まない。
もしそれが例え大国の王子の子であったとしても、庇えばペルセリオンの名の下に、国が滅ばされる可能性は大いにあった。
最も、今までこのギフトを所有する者は歴史上現れる事は無かった。
【ブレイブエンブレム】はセレネディアが当時、自身が持ちうる神力の殆を注ぎ込んで生み出したものである。
原初の神である彼女の神の力はペルセリオンを上回る。
つまり、少なくとも神の力の塊である【ブレイブエンブレム】を受け入れるにはペルセリオンを上回り、彼女と同等以下のキャパシティを持つ存在でなければならない。
故に幸いにして、今までこの
「原初の一柱であるセレネディア様に対してお前ごときが呼び捨てにするでないわ!! しかも、セレネディア様がお創りになられたギフトを言うに事欠いて呪などと!! 口を慎め!!」
「はっ、ははっ!! 申し訳ございませぬっ!!」
「とは言え、【ブレイブエンブレム】はセレネディア様が予の弟であるペルセリオンとの行き違いと誤解から生じた憎しみにより創出したもの。 そのペルセリオンを殺害せんが為に生まれたギフトである事は認めよう」
「では、やはり!」
「その方の様に皆に誤解を与えかねない故、イオルの妻である珠姫殿の実家に預けたのだ。 信心に逸る気持ちを抑えられず、伊織を殺害せんと目論むであろう者達の手から守る為にな」
「……」
「だが、皆の者! 安心するが良い! イオリの中にあった【ブレイブエンブレム】はセレネディア様の下に還った! そして、セレネディア様とペルセリオンとの和睦も成った! 最早、何の憂いもない!」
”おお~~~っ!!”
謁見の間に漂っていた重苦しい雰囲気とそれに伴う緊張が解けて、代わりに貴族達から歓声が上がった。
「イオリにはセレネディア様より迷惑を掛けた詫びとして、【ブレイブエンブレム】の代わりに大いなる力を授かった。 その力は、余との力比べで神の力を行使した全力の余をいなしおった。 この顔がその証拠よ!」
ヴェデルは仮面を脱ぎ捨て、その下にある腫れた素顔を謁見の間に居る全ての者に見せた。
「ち、父上!? その顔は一体!?」
「コヤツめ、少々やりすぎて余の顔をこんなにしてくれたわ。 ……ブオート侯爵よ、これでも信用できぬか」
「そ、それは……」
目を泳がせて、何か言葉を口にしようと必死になって頭を巡らせるブオート侯爵。
しかし、目の前の国王の顔を腫らした姿に困惑して言葉が出てこない。
「どうやら、まだ納得できない様子だな。 ――では証人を呼ぶとしよう!」
それが合図となり、ヴェデルの眼前、玉座の下の段に一瞬だけ二本の光の柱が出現した。
光が消えると一本の柱からは赤いバラの様なドレスを着た悩ましい魅惑的な体と美の代名詞であるエルフをも上回る美貌の絶世の美女が、もう一本の柱からはトーガを着た逞しい体を持つ此方もエルフなど足元にも及ばない絶世の美男子が現れた。
原初にして万能を司る女神――セレネデイアと、神々の王にして太陽を司る神――ペルセリオンだ。
”なっ、なんと!?”
”あれが神々の王、ペルセリオン様か!”
"太陽神殿の壁画に描かれている姿そのもの! いや、 それをも超えるお姿!"
”では! 隣りにいる女性が神話の時代に封印されし女神――セレネデイア様なのか!”
”なんとお美しい……”
「やっと我の出番ね! あっ! お前達が我の伊織にケチ付ける輩ね? いい、お前達! もし、伊織に文句があるのなら、我が相手してあげるわ!」
謁見の間に居る諸侯に対し、睨みを利かせ威圧するセレネデイア。
神の力を込めた威圧に固唾を飲むトリスヴァン王国の貴族達。
「神使いが荒いぞ、兄者! そもそも、神の王が人の世界に干渉するのは――って、ぶわははっ!! 何だその顔!!」
ヴェデルの腫らした顔見て、腹を抱えて大爆笑するペルセリオン。
「そのブロック、伊織に頼んで引っこ抜くよ?」
「俺が悪かった! 許してくれ!」
速攻で土下座するペルセリオン。
ペルセリオンは美しい女性と兄にはめっぽう弱かった!
「あっ、イオリ! 叔父である俺の命令だ! このブロックをどうにかしろ!」
胸に刺さったブロックを指さして言う。
「え~、出来なくはないですけど、ヴェデル陛下に止められてるんで無理!」
「兄者!」
「いや、だって、枷の一つも付けてないとセリオン、また馬鹿な事やりそうだから」
「兄者は鬼だ!」
非難の言葉を浴びせるペルセリオンを無視して謁見の間に居る全ての諸侯を見回しながら口を開く。
「これでもまだ信用できぬものは居るか?」
シ~ンと静まり返る謁見の間。
誰も、何も言わない。
言える雰囲気ではない。
諸侯のいる前でトリスヴァン国王のヴェデルに意見したブオート侯爵すらも。
自分達の目の前には神であり証人であるペルセリオンとセレネデイアがいる。
下手な発言をすれば首が飛ぶ――物理的に。
その事を本能で理解する、トリスヴァン王国貴族や諸国の大使達。
「沈黙は肯定と受け取る! では、これにて余の話は終了とする!」
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