第16話 少年、城内を駆け抜ける!

「くっそっ! 何処行った!」


「こっだよー!」


「あ、あんな所に!」


 伊織はあれからヴェデルを追っかけて城の中を疾走していた。


(何度よ、もう! 安全じゃないから閉じ込めてたんじゃ無かっのかよ!)


 だから実の両親にも合わせられない――ヴェデルは確かにそう言っていた。


「そもそも、人対神じゃあ能力的に話にならないだろっ!」


 独り言ちる伊織。

 それでもヴェデルを追うことを辞めない。

 出来る出来ないの問題ではない。

 これは意地なのだから。




☆☆☆☆☆☆




「そろそろかな?」


 ヴェデルは自分を追いかける伊織を様子を見ながら言う。


 今、この城は安全ではない――これは半分嘘だ。


 本当は伊織を――主に彼が所持する能力ユニークスキルを周知させる為の準備をしていた。


 今、城内には国内外の間者が彼方此方に散らばっている。


 とは言え、伊織の驚異になりそうな人間――特に口が上手く、奸計に優れ、捕縛・誘拐が得意な者、暗殺等の特殊な戦闘能力のある者を残す訳にはいかない。


 必要なのは客観的に正確な情報を報告する事ができる者だけ。

 それが出来ない者、それ以外に余計な能力を持つ者は要らない。

 そういう人間達は伊織の嫁という餌をぶら下げてセレネディアに協力して貰い、密かに排除していった。

 

 ヴェデルの目論見――それは次代王太子であり次次代のトリスヴァン国王の伊織に手を出せば”痛い目を見るだけじゃ済まなくなるぞ”と警告を発する為だ。


 自分や息子のイオルがいる間は良いだろう。

 しかし、居なく成ればどうなる?

 自分は神で人間と違い、寿命は永遠にある。

 だが、例えそうであろうと統治者としての寿命はその限りではない。

 神々の世界とは違い、いずれ新しい世代――イオルにその座を明け渡さなくては国というものは腐り果ててしまう。

 

 イオルが生きている間はイオルが何とかするだろうが、そのイオルすら居なく成れば巨大に膨れ上がったトリスヴァン王国は、嵐の中で舵を失い、制御不能に陥った船のように、やがては海の底に沈むだろう。 

 そして亡国と成り果て、歴史にその名を残すだけの存在としてこの世から消え去る。


 自分が愛した妻の国が、自分が愛する息子がいる国がそうなるのは忍びない。

 トリスヴァン王国や王家が少しでも長く続く為には此処でカンフル剤を注入しなくてはならない。


 それが伊織だった。


 これを思い付いたのは伊織がユティーファの命を救い、死んだ太陽神を蘇らせた光景を目にした時だった。


(伊織なら僕やイオルに出来なかった事を成し遂げてくれるだろう。 それなら、一発位殴られるのも安いものさ)


 だが、この時のヴェデルはまだ知らない。


 それが自分にとって悲惨な結末を迎える事になろうとは露程も思い至らなかった事を……




☆☆☆☆☆☆




「あっ! 【ブロック】の封印が解けた!」


 不意にのどのつかえが取れたような感覚がしたらユニークスキル【ブロック】の封印が解けていた。

 伊織に掛けられた封印は、ユニークスキルが体に馴染んだら自動的に解けるよう設定されていたのだ。


 その伊織は先ずユニークスキル【ブロック】を発動。

 ブロックを創り出し、能力を付与。

 それを自分の体に突き刺した。


「よっしゃ! これであのクソジジイを追い詰める事が出来るぞ! 待ってろよ、ド腐れジジイ! フハッ! フハハハハ! ケーケケケッ!」


 伊織は目を怪しく光らせ、口を三日月の形にして物語に登場する主人公が決してしてはならないような不気味な笑い声をあげる。

 今の伊織を見れば、頭とお尻に悪魔の触覚と尻尾が生えている姿を幻視させるだろう。




☆☆☆☆☆☆




 城内を疾駆する一つの影

 その影はとても焦っていた。


「み~つけた~……」


「ゲッ!?」


 伊織の心の内に抱えていた不満やストレスを怒りに変えてそれを自分に向けて吐き出させる。

 それが”鬼ゴッコ”という手段であった。

 自分を全力で追い掛けさせて、運動によってそれらを発散させる。

 当初、途中までそれは上手くいっていた。


「み~つけた~……」


「ヒッ!? また!? 何でっ!?」


 自分が行く先々に伊織が何故か居るのだ。

 まるで自分の行動を見透かしたように。

 それが何の力であるかは分っている。


 伊織の持つユニークスキルの力だ。


 この鬼ゴッコは伊織に全力を出させる必要がある。

 そうでなくては伊織は自分達家族やトリスヴァン王家にシコリを残す。

 そうであってはならない。


 その為には伊織にユニークスキルを使わせるのが必須。


 自分なら軽く凌げる。 これでも技巧と技芸を司る神。 何せ神話の時代から存在しているのだ。 経験値はそんじょ其処らの人間に超えられるものではない。 まして伊織が生きてきた人生はたった十三年。 


 そして伊織に全力を出させた後、わざと負けて一発殴られる予定――の筈だった。


「ばっ、馬鹿な! ユニークスキルは確かに協力だが、それでも神の持つ力には叶わないは筈!」


 そう、伊織は神であるヴデェルを翻弄しているのだ。


 まるで予知能力で行き先を知っているかのようにヴェデルの行く先々に現れる伊織。


「違う! あれはそうじゃない! あれは僕の行動を操っているんだ! そうなると精神支配か汚染系の能力の類――」


「ブブーッ!! ざ~んね~んで~した~!!」


「なっ!?」


 伊織が【ブロック】に付与した能力は【必勝】。

 如何なる相手、如何なる状態、如何なる現状においても敗北を捻じ伏せ、必ず勝利もたらす。


「これでも喰らえ、ド腐れジジイ!! 」


 伊織はユニークスキル【ブロック】の能力の一部と化した【アガトゥース】のドリルをヴェデルに向けて幾つも放つ。


「この手の武器の原理はダーナの四宝、クラウ・ソラスとルーの長槍で散々学んだよ!」


 追尾と急所への攻撃能力は大抵が対象を読み取り、その存在の根源に攻撃を加えて倒すというもの。

 伊織の放った【アガトゥース】のドリルを神の力で自分の存在を一時的に消すか、武器の攻撃対象への情報を書き換えれば無力化する事が可能だ。


「……って、嘘っ!? 効かない!?」


 だが、【アガトゥース】のドリルには何故かそれが効かなかった。


「うわ~~~~~~っ!?」


 【アガトゥース】のドリルに服の両肩を貫かれ、服に引っ掛かったまま【アガトゥース】のドリルにまるで御主人様が投げたフリスビーを口に咥えたワンコの如く、伊織の下にヴェデルをぶら下げて連行する。


「さて、覚悟はいいか、ド腐れジジイ!」


 ニヤリと、口を三日月の形にして目を怪しく光らせる伊織。


(こ、これは、嫌な予感しかしないっ!!)


 慌てて何とか逃れようとするヴェデルであったが、ドリルが器用にヴェデルの動きに合わせて動くので逃られない。


「あわわわわっ!? いっ、!! だけだからねっ!! ねっ!!」


「アンタが勝手に言ってるだけだ。 んなもの、オイラは知らんっ!! 」


 そして惨劇の幕が上がる。

 主にヴェデルにとっての、だが。




☆☆☆☆☆☆




 伊織は城で一番高い場所にある屋根の上にヴェデルの服の両肩を【アガトゥース】のドリルで縫い付け、吊し上げた。


 そのヴェデルの顔面はボッコンボッコンに腫れ上がり気を失っていた。


「うおーーーーーーっ!! 勝ったどーーーーーー!!」


 伊織は城内の廊下の窓から勝利の雄叫びをあげた。

 実に清々しい笑顔だ。


「うははははっ!! あーーースッキリしたっ!!」


 この時、城内に居た間者達はその光景を目撃し、戦々恐々としながらも自身の上司や雇い主に伊織と言う少年が如何なる者かを報告した。


曰く、死に瀕した女神を取り込み神の力を得たと。

曰く、少年は冥界の女神によって死した神々の王を甦らせたと。

曰く、少年は肉親に対しても容赦しない残虐で凶暴な性格だと。

曰く、少年は神々のトラブルを一手に引き受け、解決してきた技巧と技芸の神を容易に下してみせたと。


 彼等は報告を終え己の務めを果たすと、トリスヴァン城からその姿と痕跡を消し去った。

 その後、彼等の姿を目撃した者は誰もいないと言う……


 確して、ヴェデルの目論見は成った。

 予定とは些か違うがほぼ想定内、と言えよう。

 自分が酷い目に遭った以外は……

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