第15話 少年の婚約者
「ホントはね、最低でもあと三年は向こうで過ごしてもらう筈だったんだ」
あれからヴェデルは伊織達と夕食を摂りながら話を続けていた。
彼の弟子である双子の姉妹がメイド服を着て黙々と給仕を務める。
「その言い方だと、いすれこの国に戻される予定に聞こえるんですけど?」
「その通り。 ……イオルと珠姫さんに子供が生まれればその限りじゃあ無かったんだけど、僕もイオルも子供が出来難いみたいでね。 一人しか作れなかったんだよ……」
「今からでも遅くないと思いますけど? だって、ヴェデル様は神様だし、イオル様はハーフとは言えハイエルフでしょ? 珠姫様だって、どうせ術か薬で若さや寿命を延ばす事くらいはしてるでしょうし。 それ以前にこっちの世界でも、王侯貴族なら王妃様や側室さん、お妾さんに愛人さんが一杯作れるでしょ? それこそ、弟のペルセリオン様みたいに子供の二人や三人なんてポコポコ作り放題でしょう? 何処に何の問題があるんです?」
伊織はヴェデルを見ようともせず、食事を摂りながら会話する。
「……物凄~く、棘がある言い方だね。 まあ、そんな嫌味を言われても仕方ない仕打ちを君にしたのは確かだ。 でもね、せめて……家族に対して”様”は外して欲しいかな~と、お爺ちゃんは思う訳だよ」
苦笑するヴェデル爺ちゃん。
伊織としては、今更自分の生き方や人生に口出しして欲しくはない――ただそれだけなのだ。
だからこそ、目の前に居る祖父や未だ顔を知らない父母に対して様付けしているのだが。
伊織が醸し出す重苦しい空気の中。
シャーランや――特に此処まで家族関係がこじれた原因を作ったセレネディアは、自分に矛先が向かうのを恐れてただひたすら空気と化していた。
「子作りに関してだけど、僕とイオルは伊織が言う、その方法を取るつもりはないよ。 僕は妻のシェラーナが一番大事だし、イオルはそんな僕の背中を見て育った所為で珠姫さん一筋になっちゃたし」
「それでオイラに子作りマシーンに成れと? それこそ冗談じゃあないっ! 自分達の不始末を子供や孫に押し付けるなや!!」
此処にきて伊織の感情が爆発した。
自分の将来ばかりか女性関係も決められてしまったも同然。
怒らない訳がない。
「……うん、伊織の言う通りだよ。 僕やイオルを恨んでくれて構わない。 でもね、もう遅い。 事態は既に動いてるんだよ」
ヴェデルがパチン!と指を鳴らと、それを合図に後ろに控えていた双子のエルフ姉妹が伊織の直ぐ横に並ぶ。
「爺ちゃん、伊織にこれ以上嫌われるのは忍びないけど。 この際だ、仕方ない。 ここで全部バラすね」
何をと、言葉を続けようとした伊織だが。
その言葉を双子姉妹が遮る。
「……伊織様、改めて自己紹介を致します。 わたくしの名はロスマリン。 そしてもう一つ――日本帝国での名は天上院・
「あたくしの名はロミナ。 もう一つの名は天上院・
自己紹介と同時に二人の姿が変じる。
年齢は伊織と同じくらい、前髪を額に垂らし切り下げて、後髪は腰の辺りまで伸ばした着物姿の少女。
此処までは共通している。
金髪の姉のロスマリンは黒髪で翡翠色の瞳で紅い
双子とは言え二卵性双生児なので容姿は違えど二人共美人だ。
「真理様と美七様!?」
伊織は驚きの余り、思わず二人の日本名を叫んでいた。
二人は伊織にニコリと微笑む。
「伊織様、お久しゅうございます」
「まさか、この様な形で再会するとはあたくし共も思いませんでしたの」
天上院・
天上院家は天皇家に繋がる血筋――と、婚約者として初めて二人と出会った時、祖父武昭からそう紹介された。
「まさか!? これって貴方の仕込みですか!?」
「半分はね。 もう半分は天皇家。 ああ、武昭殿はこの事は全く知らないから、責めないであげてね」
伊織の実家は歴史ある由緒正しい大きな神社――久那神社。
その祭神は久那と呼ばれる
そして伊織はその跡取りで宮司見習い。
なので結婚相手は幼い頃から選定が始まっていたが、その成果は今一つ。
理由は伊織が一切の術スキル適正を待っていなかった事が主な要因だ。
この世界の日本では神社の神職に付くには必須ではないが術の一つや二つ使え無ければいけないのが暗黙のルールになっていた。
最も、それはギフト【ブレイブエンブレム】を抑える為、厳重な封印を施されていた影響なのだが、本人達はその事を知る由もない。
ゆえに伊織は他の神社関係者からは”無能者”と影口を叩かれていた。
その自分にある日、天皇家から声が掛かり、天皇家に縁ある家柄の女性を、しかも二人も婚約者を得る事になった。
それが目の前にいる二人だった。
ちなみみに、日本帝国の婚姻形態は一夫一妻か、もしくは一夫多妻である。
過去には一妻多夫と言う世界でも一風変わった形態もあったが、刃傷沙汰や財産分与等、他の婚姻形態以上に多くの問題が噴出したので廃止となった。
「え? じゃあ、今までエルフに化けてたんですか?」
「違いますわ。 逆です。 こちらがわたくし達の本当の姿ですわ」
そう言うとまたメイド服を着たエルフの姿に戻る二人。
「伊織様にあたくし達に対する抵抗を減らす為、年齢・髪色・髪型を変えていおりましたの」
ロスマリンは翡翠色の瞳に金髪にふんわりロングパーマの女性。
ロミナは琥珀色の瞳で銀髪でストレートロングをアップにした女性。
そして二人の年齢は二十歳。
伊織との年の差は七歳。
これはさすがに大きい。
そう考えての処置であったと彼女達は語る。
「じゃあ、天皇家の血筋は云々は嘘……」
「それは嘘ではありません」
「伊織様、ワルプルギス人が初めて日本人と接触した時の事――歴史はご存知でしょう?」
「確か、元号が明治に変わる前年、天皇陛下が宮中で祭事を執り行っていた最中に現れたんでしたよね?」
「そうです。 そして、その中にいたエルフの女性に一目惚れした陛下は彼らを手厚くもてなし――やがて彼女は陛下の寵愛を賜った。 それがわたくし達の曾祖母であり天上院家の始まりでもありますわ」
「あたくし達の家、天上院家は主に日本帝国とワルプルギスの国々との橋渡し役を代々仰せつかっておりましたの」
「それが今回、ヴェデル様よりお声が掛かり、光栄にも次期王太子に成られます伊織様の婚約者に姉妹揃って内定したのですわ」
「そう言う事。 いや~、可愛い孫にしてた隠し事、全部カミングアウトして心スッキリ! 爺ちゃん、気持ちが軽くなったよ!」
憎たらしい程、晴れ晴れした笑顔で宣う祖父ヴェデル。
「~~~こっ…の、ド腐れジジイがあ!!!!」
伊織は座っている椅子に敷いてあったクッションを素早く抜き取るとヴェデルに投げ付けた。
それをヒョイッと横に躱したヴェデルは部屋の入口へと跳躍する。
「ふはははは!! いいよ、いいよ!! その調子でかかって来なさい!! もし、捕まえる事ができたら……そうだね、僕を一発殴らせてあげるよ!!」
ヴェデルはそのまま部屋の外へと駆けて行く。
そしてその後を追う伊織。
「絶対に逃さん!! とっ捕まえてそのすました顔面殴りまくってボッコンボッコンにしたる!!」
確して、”ヴェデルを一発殴る権利”を掛けた鬼ゴッコが開始された。
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