第13話 少年、常識をぶっ飛ばす

「させない!」


 セレネディアは先程の動揺から立ち直ると収納空間から自身の最高傑作の一つ、【虚海の剣】を取り出して迎撃する。

 この剣の刃に触れたものは尽く消滅せしめる凶悪な力を持った神器だ。


 そして激しくぶつかり合う剣と剣。


 その隙きに乗じてダグネが伊織の確保に向かうがシャーランが収納空間から自身が持つ最高にして愛用の斧槍【ブリュンヒルド《戦乙女の信念》】を待って立ちはだかる。


「彼は渡しません」


「……貴女の事も存じておりますよ、シャーラン様。 そして、貴女の伴侶となる条件も」


「それがどうしたと言うのです? 今のこの場では関係ない事」


「そうでもないでしょう? 貴女の主様は其処の彼にいたくご執心の様子。 そうなると貴女も――」


 言い終わる前に斧槍の槍先でダグネの口目掛けて刺突するシャーラン。


「……その減らず口、今此処で叩き斬ってあげましょう」


 ダグネを睨み見据えるシャーラン。


 伊織はシャーランの様子がおかしい事に気付く。

 彼女の横顔が何処となく赤く、熱を帯びている感じがする。


「シャーランさん、大丈夫ですか! 病気か何かで体調が悪いんじゃ……」


 彼女の事が心配になり声を掛ける。


「い、いえ! 大丈夫! 大丈夫ですから!」


 普段、冷静な彼女が初めて見せる動揺する姿に困惑する伊織。


「ふふふっ、可愛らしい方ですね、貴女は」


「シャーラン! ペルセリオンがそっち行ったわ!」


「!?」


 ダグネはもとからシャーランの動揺を誘い、隙きを突くつもりだったのだ。

 そしてその策は見事嵌まった。


 だがしかし、今度は味方である筈のユティーファがペルセリオンに立ち向かう。


「愚かな! 傀儡と化した屍人形とは言え、それでもペルセリオンには敵わないと言うに!」


 全身毛むくじゃらの黒狐の獣神に変幻したユティーファは指先から鋭い爪を伸ばして構えると、背に生える翼を一度羽ばたかせてからペルセリオンに向かって突撃した。


 力の差は歴然。

 実践経験の乏しい伊織ですらその差が分かる程。

 しかし彼女は、ユティーファは引かず、怯まず、それ処か果敢に向かって行く。


 長剣程に伸ばした爪でペルセリオンの首を狙うユティーファ。

 それを異に返さずペルセリオンは大剣の刃に灼熱の炎を迸らせてユティーファに斬撃を見舞う。

 

「駄目だ! ユティーファ!」


 伊織がそれに気付き、彼女に注意を促すが既に遅かった。

 

「ぐうっ!?」


 彼女がペルセリオンの首を落とすと同時に灼熱を纏う大剣が横薙ぎに彼女の胴体を真っ二つに焼き斬りる。

 上半身と下半身を切断されたユティーファの体はそのまま地面に崩れ落ちた。


 首を跳ね飛ばされたペルセリオンの体は地面に落ちた自分の頭から生える髪の毛をむんずと掴むと無造作に首の切断部分に押し付けて頭を体に差し込んむ。


その一連の様子を見ていたユティーファの母――ダグネはボソリと呟く。


「愚かな。 たかだか男一人の為にその身を犠牲にするとは……」


 その呟きが聞こえた伊織の心の中から得も言われぬ感情が湧き上がる。


「……何してんだ、あんた。 ユティーファはあんたの娘だろ?」


「元凶であるお前がそれを言うか!」


 今まで冷静を装っていたダグネが初めて見せる怒りと憎しみを孕んだ表情。


「お前に妾達の何が分かる!! 小童が偉そうにほざくな!!」


「そんなの、オイラには分からない!! 分かるのは、ユティーファを助けなきゃいけないって事だけだ!!」


 そう叫びながら伊織は急いでユティーファの下に向かった。


 向かう途中に上着の腰の辺りにあるポケットの中の【アガトゥース】を取り出し、元の大きさに戻すと柄から黄金に輝くドリルが飛び出した【アガトゥース】に、伊織は手早く何事かを行う。


 下半身を失ったユティーファの下に辿り着いた時、彼女の状態は酷いものだった.。

 胴体の切断面は完全に炭化して最早手の施しようがない。


 そんな状態の彼女に、伊織は躊躇う事無くユティーファの心臓目掛けて【アガトゥース】のドリルを突き刺し、回転させて穿ったのだ!


「「「なっ!?」」」


 伊織の行為にペルセリオン以外のその場に居る一同は、驚きに目と口を大きく開く。


「何をしている! 助けると言いながらユティーファにトドメをさす…と……わ?」


 怒りに満ちた言葉を叫びながらダグネがユティーファに目を向けると、信じられないものを目にする。


 下半身を失い、死が目前に迫っていたユティーファの顔がみるみる生気を取り戻していくではないか!

 しかも穴が空いた服の中から除く、彼女の胸の白い素肌には傷一つ無かった。


「オイラの中で休んでな」


「うん……」


 そう言って伊織がユティーファの手を握ると、ユティーファは自身のスキル【変幻自在】の応用で伊織の体組織に変幻しながら同化する。


 伊織の手に握られているアガトゥースの柄頭には円柱形の二つのブロックが嵌っていた。

 一つは【ジョイント】――ブロック同士の連結以外にブロック以外の物にも連結可能。

 もう一つは【死殺j活生】――死を殺し、活力を生み出す。


 これは伊織のユニークスキル――




 【ブロック】Lv5=ブロックに属性・機能・能力を一つだけ付与




 ――の能力である。


 伊織は創り出したブロックに属性・機能・能力【死殺j活生】を【ジョイント】でアガトゥースに連結。

 それらを使ってユティーファの命を見事救ってみせた。


 伊織の行動はこれで終わらない。


 新しく三つの円柱形のブロック【精神矯正】【韋駄天】【ジョイント】を創り出す。


 【精神矯正】は失った正気を取り戻し、【韋駄天】は脚力が優れているとされる神の能力を再現する。


 アガトゥースからブロック【死殺j活生】【ジョイント】を取り外し、【精神矯正】を追加で連結。

 残り二つのブロック【韋駄天】【ジョイント】は連結して【ジョイント】の凸部分を自分の体に突き刺す。

 そして連結された三つのブロック、【死殺j活生】【精神矯正】【ジョイント】を握りしめ、目にも留まらぬ疾さでペルセリオンに向かって駆け出した。


 指物、ゾンビと化したペルセリオンでも韋駄天の能力を得た伊織の動きには反応する事が出来ず、体が触れられる至近にまで接近を許してしまう。


「神々の王なら!! そんな簡単に死んでないで、とっとと生き返って自分のケツ拭けや!!」


【死殺j活生】【精神矯正】が連結された【ジョイント】の凸部分を、怒りの感情のまま眼の前のゾンビと化したペルセリオンの腐肉の体に思い切り突き刺した。


「グゥオオオオオオオオオオオォォオオオォォォォォォーーーーーーッ!!!!????」


 ブロックを突き刺した所からペルセリオンの腐敗した細胞が蘇り、体中に血液と活力が駆け巡る。

 そして体の外からマナを取り込み、それを己力に変え、神の力が体と魂を満たす。


「――………あれっ? 俺、今まで何してた?」


 正気を取り戻し、完全に生者として蘇った神々の王――太陽神ペルセリオン。 


 想像を超える非常識な異常事態に、この現象を引き起こした本人以外――この場に居る一同全員が大いに驚く。


「……あれは、神格化? いえ、違う。 神に成らずに神の力を再現したと言った方がいい。 その上、死んだ神をも蘇らせた……」


「さ、流石……我が婿へと望んだ男……常識をブッ飛ばしたわ……」


「う、嘘っ!? 何よこれっ!? い、生き返った?? しかも、正気に戻ったですって?? 訳が分からない!!」


「あ、お前はダグネ!! よくも俺を謀ったな!!」


 ダグネに気付いたペルセリオンが彼女に詰め寄る。

 形勢が逆転して一気に不利になるダグネ。

 表情には出さず、しかし心の内では状況を打開してこの場を乗り切ろうと画策する。


「何を人聞きの悪い。 妾は言いましたよね? 妾の純血を捧げる代わりに”一つ欲しい物を下さい”と。 貴方は最後まで話を聞かずに妾を奪った。 そればかりか、妾の母上とも――」


「そういう風にお前やお前の母親のアナリータが仕組だんだろうが!! 俺が意識を失う前にアナリータが『供した酒や食事に媚薬に精力剤に催淫薬をしこたまブチ込んだ。 これでお前は私のモノだ』――笑いながらそう言ってたよな!!」


「あら、覚えていらしたんですか? 残念……。 でも、貴方は女性に――特に美女にはお優しい方。 妾に手をあげるなんて致しませんよね?」


 ペルセリオンに対して上目遣いで男に媚びるような目で見るダグネ。


「それはだ!! お前等は見てくれはいいが中身は醜い!! それに俺を殺した!! 遣り過ぎたんだよ!! 流石の俺でもブチギレるわ!!」


「ぐぶッ!?」


 ペルセリオンはダグネの左胸に抜き手を差し込み、心臓をワシ掴んでそのまま引き抜く。


「お前は見た目だけなら美人だからな。 殺しはせん。 だが、心臓これは俺が預かる。 心臓これが俺の手元にある限り、お前は現世に出られんぞ! 常夜じょうやの闇に去れ!」


 自分の妻であったダグネに、彼女から引き抜いた血塗れの心臓を見せ付けて言い放った。

 ダグネの体から引き抜いて奪った彼女の心臓は実質、ペルセリオンが彼女に突き付けた離縁状の様な物だ。


「おのれっ! ペルセリオン、覚えておけ! 妾は再び現世に戻って来るぞ!」


 女神ダグネは捨て台詞を吐きながらその身を夜闇に包んでこの世から去って行った。

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