第12話 少年、元凶と対峙する

 あれから数日。


 伊織は鍛錬名目で暇を持て余したセレネディアの相手をさせられていた。


 だが、力が衰えていようと神は神。

 人類のカテゴリに入る伊織では神器【アガトゥース】を使った処で勝てるものではない。


「人間のオイラが神様に勝てる訳ないよ……」


「あら、そんな事無いわ。 神に勝った人間だって居るのよ」


「でもそれって、”勇者”や”英雄”って呼ばれるたぐいの人でしょ? オイラ、そんなド偉い力なんて待って無いよ……」


「我が創った【ブレイブエンブレム】を持っていたでしょう。 そもそも、あの力に余裕で耐えられる器を持ってるんだから資質は十分あるわ。 後は鍛錬あるのみ! 頑張れ頑張れ!」


「オイラの本分は神様の力を借りる事で神様と戦う事ではないんですが?」


 伊織はこれでも由緒正しき神官と巫覡ふげきの血筋。

 彼の主張は正論である。


「ならば、私が伊織の力となろう」


 そう言って一歩前に出る狐獣の女神ユティーファ。

 此処数日、伊織と交流する事で仲良くなった彼女が伊織に代わってセレネディアにリベンジマッチを申し込む。

 その度に彼女に嫉妬してムキになるセレネディア。


 それもその筈。


 あれからユティーファは伊織と寝所を共にしていた。

 今まで浅い眠りしか取れないユティーファだったが、伊織と一緒だと何故か安心して熟睡できた。

 こんなのは生まれて初めてだと言う。

 そう言われては無碍に扱う事が出来ず、仕方なく一緒に寝ていると言う訳けだ。


『我も我も!!』


 と、一緒に寝る事を当然のように要求するセレネディア。


『あ、貴女は駄目です。 寝ている間に何するか分かりませんからね』


『ガ~ン!?』


 だが、それを素っ気なく拒否する伊織。

 で、今のこの状態である。


「むき~っ! 伊織の力になるのは我の役目よ! お前の出る幕はない!」


 ユティーファに対抗意識を燃やし、本気を出す。

 見た目は大人なのに実に大人げない。

 でも伊織としては面倒臭いセレネディアの相手をしなくて済むので凄く助かっている。


 そんな此処最近の定番のような展開になり掛けたその時、何やら外が騒しくなった。

 どうやらエンシェント・ドラゴン達が工房の外で吠えているようだ。

 次いで轟音と共に物凄い地響きが起きて工房が激しく揺れる。


「何事!?」


 ワルプルギスでは地面は空に浮いている。

 よって、地殻の変動で地震や火山の噴火は起きない


 この世界に来て初めての異変にセレネディアを先頭に慌てて外に出る面々。


 すると其処には工房の周りを警戒し守っていた筈のエンシェント・ドラゴン達が傷付き地面に倒れ伏して、その上空には二つの人物が宙に浮いていた。


「母上!」


 ユティーファは魅惑の体と美貌を持つ女性に対して母と叫んだ。

 彼女こそユティーファの母であり闇と褥の女神アナリータの娘――黒夜と白夜の女神ダグネだ。

 その隣には神々の王にして太陽神ペルセリオンを伴っていた。


 ダグネはユティーファをチラと横目で見ただけで後は居ないものとして無視、セレネディアに視線を向ける。


「セレネディア様とお見受けしますが、如何か?」


「如何にも! 我が原初の神の一柱にして万能を司るセレネディアよ! お前がユティーファの言っていたダグネね!」


 優雅な動作でセレネディアに一礼する女神ダグネ。


「その通り。 お初にお目に掛かれて恐悦至極。 妾が黒夜と白夜を司るダグネと申します」


「直接、我の所に乗り込んで来るとはいい度胸ね! それにしても、どうしてこの場所が分かったの?」


「ふふふっ! ユティーファには監視の”目”を付けていますから。 それに何もない場所にその図体のデカイ竜達が集っているのです。 何かあるだろうと馬鹿でも気付きますわ」


 エンシェント・ドラゴン達を睨み付けるセレネディア。


「こンの、バカ竜共っ! もっと気を付けなさいよ!」


「ディア様! それよりも彼女の隣りにいる太陽神を見て下さい!」


 シャーランにに指摘されてペルセリオンを観察するセレネディア。

 ペルセリオンの目は白く濁りきり、顔は青白いを通り越して土気色。

 体の所々が腐敗して蛆が湧き、白い骨が見えている。


「うっ!?」


 咄嗟に鼻を塞ぐ伊織。

 ペルセリオンの体から出る腐敗臭が伊織達の居る場所まで漂ってくる。

 

「我が夫は我が母アナリータの手により既に冥府の住民です。 今頃、あの世で二人仲良く乳繰り合っている事でしょう。 まあ、死んだ後でもその魂は意思のない操り人形ですが」


 ダグネはセレネディアから視線を外し、今度は伊織に目を向ける。


「それよりも本題に入りましょうか。 其処に居るトリスヴァン王国の国王にして技巧と技芸を司るベデェルの孫を渡して頂きます。 渡して頂ければ今回、貴女方は見逃しましょう」


「……へっ? トリスヴァン王家? 何それ?」


 ヴェデルの事情は聞かされていたが、王家だの何だのと言うの言葉を初めて耳にした伊織は混乱する。


「神々もつい最近迄知り得なかった事実ですが、今まで身を隠していたヴェデルが名をオーグと偽り、大国トリスヴァン王家の王女と婚姻を結んで国王となっていたのです」


「あっ、そう言えば。 伊織に混じっているハイエルフの血筋の方はトリスヴァン王家ってなってたわね」


「そう言う大事な事は先に言おうよ!?」


「いや~、我にとってはヴェデルの方が重要だったから、頭からスポーンと抜け落ちてたわ!」


 ごめんちゃい、許してね!テヘペロ☆と舌を出してお茶目な仕草で許しを請うセレネディア。

 主のその仕草に頭痛で思わず頭を抱えるシャーラン。

 此処に来て更なる重要事をカミングアウトされた伊織は自分のキャパシティを超えた問題に最早どうすれば良いのか分からくなっていた。


「そもそもの話、ヴェデルは其処に居る太陽神に殺されたんじゃないんですか?」


「そ、そうよ! ヴェデルは自分の脅威になると思われたペルセリオンに殺された筈よ!」


「そんな事実はありませんが? そもそも、脅威どころか自分のトラブルを解決してくれる存在のヴェデルに家出されて困っていたようですよ」


「家出?」


 ダグネの言葉に伊織はセレネディアを見る。


「はぁ……ディア様はその様に思い込んでいるようですが、ヴェデル様はディア様とペルセリオンとのイザコザで起こるトラブルに嫌気が差して家出され、そのまま行方知れずになったのですよ」


 頭を振りながら盛大な溜息を吐いて伊織にそう説明するシャーラン。


「思い込みなんかい!」


 伊織の突っ込みに途端に動揺し眼が泳ぐセレネディア。


「わ、我を置いてヴェデルが家出するわけないじゃない! だから! ペルセリオンに殺されたのよ!」


 ただ単にヴェデルの家出に自分が原因の一端を担っている事実を認めたくないが為、彼女は自分の都合の良い虚構の物語を描いてそれがさも真実であるかのように思い込んでいただっけだった。


「それよりダグネよ。 貴方達は伊織を手に入れてどうするつもりなのです?」


 シャーランが主に代わってダグネに問い質す。


「勿論、人質として活用します。 ヴェデル様は我が母アナリータの野望を知って以降、邪魔ばかりされていますから。 其処に降って湧いた死産した筈のヴェデル様の孫の召喚事故。 これをチャンスと思わない者はいないでしょう? ヴェデル様は情に厚い男。 其処の少年を確保できれば彼に対する牽制として十分役立つでしょう」


「イオリは渡さない!」


 今まで黙って話を聞いていたユティーファが伊織の前に出て背に庇う。

 ダグネはそれを訝しみながら彼女に言う。


「何をしているのです、ユティーファ? お前にはその少年を捕らよと命じた筈。 何故、その少年を庇うのです? もしかして、その少年に籠絡されましたか?」


「そんな事、母上には関係ない!」


 今まで従順に従ってきたユティーファの初めての反抗。

 それが是である事を雄弁に物語っていた。


「成る程……まさか、本当にそうだとは。 ですが邪魔です。 退きなさい。 例え娘と言えど、我が母アナリータの命に逆らうのであれば排除します」


 だが実の娘である筈のユティーファに、ダグネは躊躇せず攻撃すると堂々宣言すると、彼女はゾンビと化したペルセリオンを伊織にけしかけた。

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