第11話 狐獣の女神ユティーファと神器【アガトゥース】

 彼女の名前はユテイーファ。


 変幻を司る狐獣こじゅうの女神だと言う。


 見た目の年齢的には伊織と同年代。


 腰の辺りまである長い髪に巻き髪気味の髪質、少し紫掛かった黒髪に紫水晶の瞳、それにほんのり薄桃色を帯びた白い肌の、とても美しい容貌の少女。


 体型は少女特有の、まだ大人に成りきれてないほんの少し膨らみ掛けの胸。

 そして線が細く凹凸が少ない体つき。

 

 彼女の能力はその名の通り【変幻自在メタモルフォーゼス】。

 あらゆるモノに化け、あらゆるモノを变化させる事ができる。


 ユティーファは語る。


 独身主義者だった神々の王でもある太陽神ペルセリオンは百年前に突如妻を娶った。


 それは冥府を支配する神の一柱――闇と褥を司る女神アナリータの娘で黒夜と白夜を司る魅惑と美貌の女神ダグネ。


 その間に生まれた娘が自分だと言う。


 彼女は更に語る。


 ペルセリオンは女神ダグネといたした時についでに母神のアナリータともいたして、その時油断しからアナリータに心を支配された。


 アナリータはペルセリオンの心を操り、世界各地で戦乱を誘発、憎悪と怨念を貯めに貯めて世界の各所にある冥界に通じる門を拡大して生者と死者の境界を取り払い、ワルプルギス自体を冥界の闇に沈め、そうして最終的にはこのワルプルギスを支配する積りなのだ。


 朝食後に彼女が語った太陽神ペルセリオンに関する話の内容に、大笑いする万能の女神セレネデイア。


「ア~~~ハハハハハハハッ!! お、お腹痛っ!!」


「端ないですよ、ディア様」


「だっ、だって! こんなの笑わずにいられないわよ! ププッ!」


 笑い転げて床を拳でドンドンと叩くディアを注意するシャーラン。


「ペルセリオンのヤツ、いい気味よ! ……とは言え、この世界を好き勝手されるのは気に食わないわね。 ペルセリオンはどうでもいいけど」


「確かに。 ペルセリオンはどうでも良いですけど」


 ユティーファの話しによれば、現在ペルセリオンはアナリータと体を重ねる度に生気を吸い取られ、今では殆ど死にかけらしい。


 そう遠くないうちに生気を全て抜き取られて死ぬだろう。


 そのペルセリオンはアナリータに操られて彼女を幼少の頃から虐待し続け、母のダグネはただそれを傍観していただけだと言う。


「だからあんな奴、大嫌いだ。 生きようが死のうがどうでもいい」


「でも、それは操られているからだろう?」


「それでも大嫌いだ」


 伊織が優しく諭すが、彼女は頭を左右に振り、自分の父親を拒絶する。


 相当に根深い。

 彼女の心の傷も。

 だが少なくとも今は関係ないのでこの問題は放置する事になった。


「ユティーファは何でオイラを捕まえに来たの?」


 彼女が伊織を確保しに来たのは母であるダグネと祖母のアナリータの命令らしい。

 それ以上の事は聞かされていないので彼女も知らない。


「恐らく、イオリの血筋や生い立ちに関係しての事でしょうね。 イオリ、お前には人間以外にハイエルフと……後、神の血が混じってたわ。 それも、ヴェデルの血統よ」


「ええっ、まさか!? ヴェデルって、確か弟のペルセリオンに殺された技芸と技巧の神様ですよね? いくら何でも異世界の神様とかありえないでしょ」


 セレネディアの告白に伊織は懐疑的でそれを否定する。


「ディア様、まだその様な事を。 ヴェデル様は――」


 シャーランがそれについて何事かを言いかけるがセレネディアが癇癪を起こして途中で話が遮られる。


「確かにそう””んだもの!! 我だって分からないわよ!! 」


 自分の能力を疑われ、嘘つき呼ばわりされたも同然なのだ。

 怒るのは当然だろう。


「それも【鑑定】のスキルで視たんですか?」


「【解析】でね。 このスキルでも血統を辿って一族の人間の情報を調べるなんて芸当は流石に無理だけど。 イオリと出会った時から我はどうしようもなくお前の事が気になって、【解析】で調べてみたの。 そしたら血統がそうなってたわ……」


「……オイラ、小さい頃から両親が居ないのを何とも思わなかったんだ。 爺ちゃん婆ちゃんに偶に聞いても『遠い所に居る』って言葉で納得しちゃうし……。 女神様に自分がこの世界の生まれだって言われて始めて疑問に思ったんだよなあ……」


「むう! イオリ! 我を何時まで他人行儀な呼び方してるの! 我の事は! ディアと呼びなさい!」


「はいはい、ディア様」


「我の扱いが雑!?」


 此処でシャーランがセレネディアに変わって伊織が自分の両親や出生に疑問を抱かなかった事に対して仮説を立てて説明する。


「それは多分、イオリが疑問を持たないように術か何か暗示を掛けて、それが【ブレイブエンブレム】の覚醒で吹き飛んで解けたのでしょう」


「ああ、なるほど!」


 シャーランの辻褄の合う説明に納得する伊織。

 次に彼女は自分の主であるセレネディアに今後の指針を尋ねる。


「ディア様、これからどうするおつもりですか?」


「最初はペルセリオンをブッ殺して、心スッキリ!……って、思ってたんだけど、イマイチ状況が良く分からないわ。 だから、エンシェント・ドラゴン達にでも情報を集させて、その間に神の力を回復させるわよ」


「確かに。 今は力を取り戻すのが先決ですね」


 分からない事を幾ら議論しても仕方ない。

 なので、この話も一旦保留にしてセレネディアはかねてより宣言していた伊織の護身用の武器製作を始める事にした。


「イオリ、どんな武器が良い?」


「急に言われても思い付かないよ。 竹刀や木刀なら兎も角、刀とか使った事も無いし……」


 学校の授業では剣道を選択しているので竹刀を使うが、飽く迄も競技用の道具だ。

 剣術は祖父の武昭に習っている。

 しかし使っているのは木刀で、真剣なぞ使う機会は無い。


「それじゃあ、普段使い慣れた道具とかって無いの?」


「う~ん、武器とは違うけど……」


 服のポケットから初等部の卒業と中等部の入学の兼ねた祝いに祖父母から貰ったピンバイスと、それに嵌めて使う収納ケースに入れた棒状ドリルを取り出してセレネディアに見せる。

 伊織はこれを気に入り春休みの間、服のポケットに入れて持ち歩いていた。


「……これって、ドワーフが作った物にエルフが祝福の祈りを込めてあるわね。 それでこれ、どういった道具なの?」


 ピンバイスとはホビーなどミリ単位の精密な穴を開ける時にその細いドリルを固定する為の棒状の固定具の事で手に持って回して使う。

 伊織はブロックを自作する時に穴空け作業で良く使う。


「穴を開ける道具か……。 それなら本体はあの世界樹の古木の枝を使って……銀色の金属部分はミスリルを……この捻れてる金属部分はオリハルコンを使うでしょ。 ちょっと寂しいから装飾も施して……それでコアに世界樹の生命力の結晶を使って。 後は色々機能を付与して安全機能と防犯機能も付けて、っと……」


 ディアは自身の収納空間から世界樹の枝を取り出し、それ以外の金属素材は工房の棚に収納されている棚が勝手に開いて中に収まっていたミスリルやオリハルコンの塊が独りでに浮き、彼女の下に引き寄せられるように飛んで行く。

 彼女はそれら素材を指揮棒を振るように指を動かして製作作業を行う。


 素材は彼女が司る万能なる神の力によって、みるみるうちに形を変え加工されていき、その加工された部品が瞬く間に組み上げられて通常より三倍大きいピンバイスが完成した。


「――ハイ、出来たっ!」


 世界樹の枝とミスリルで作られたピンバイスの柄にチャックで固定されたオリハルコン製の棒状ドリルの刀身は、持ち主の意思に反応して長さと太さが変化し、更にドリルはルーターのように高速回転する。


 しかも刀身の棒状ドリルは遠くに何本でも思った場所に思った通りに飛ばせたり、飛んで行ったドリルが勝手に戻って来たりしてピンバイスに自動で回収される機能付き。


 それにドリル刃が無い部分は打撃武器としても使えるし、ドリルが止まっている状態でも対象に密着して引けば刃物のように斬れる――と言うか、抉れる。


 それ以外にも持っているだけで害意ある攻撃から身を守ったり、伊織以外は触れる事すら出来なかったり。

 自己修復で手入れいらず、何処かに置き忘れても戻ってくる等々、色々な機能が過剰に備わっているが普段は手の平サイズの、ちょっと装飾が華美なピンバイスとしても使える。


「……何故だろう。 妙にしっくりくる。 手に凄く馴染む」


「それはその道具とイオリの相性がとても良いからよ。 ホントはソレ、仮として適当に作った物なの。 何せ、今の我は長い間の封印生活でブランクがあるから腕が鈍ってるし。 でも、かえって力が抜けて逆に良かったみたい」


「因みに、万全だったらどんな物ができたんですか?」


「そうね~、どんな強力な不死の化物だろうと一撃で消滅する次いでに大陸を砕く――そんな感じね!」


「物騒すぎるよ!? これで十分だよ!!」


「そう? 残念……」


 物凄く残念そうな表情をしているセレネディア。

 美女にそんな顔をされると心が揺らぐが、そんなおっかない物を持たされるのは流石に勘弁だ。


「その武器は伊織の物よ。 だから名前を付けてあげて」


 暫く頭を悩ませた伊織が口にしたのは【アガトゥース】。

 単純に、ドリル⇒穿つ(Ugatu)をローマ字に直してそれらしく呼んだだけである。


 こうして万能の女神に適当に作られ、その持ち主に適当に名付けられた神器は、しかしこれが後にその名を世界に轟かせる事になろうとはこの時の本人達は知る由もなかった。

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